四十三話 零雪原に来た魔女
パリス「やあ。今回は僕さ。まあ、魔女って言ったら僕しかいないだろう?それに、久しぶりの出番だから嬉しいね。じゃあ本編だ」
『本当か? 本当に何も無かったのか?』
「あ、ああ。先程から本当だと・・・・・・」
吹雪の中をシクルを背にのせ駆け抜けながら、俺はシクルにそう質問を繰り返している。
どうにも不安が拭えないのだ。まだ、まだ何かがある気が・・・・・・。
「ケルベロス殿。本当の本当に大丈夫だぞ」
『・・・・・・ならいい』
シクルがこれまでに見ないような真っ直ぐさでそういうので、俺も問いかけるのをやめた。
今思えば、なんと無礼なことをしていたことか。
『すまんな』
「ケルベロス殿がそんなことを言うことはないぞ!」
そうなんだかんだとしていると、吹雪も晴れてきて、駐屯地も見えてきた。
なんだか忙しかったな。とりあえず、パリスらへんにでも相談しようか。・・・・・・親父はなんの役にもたたなそうだしな。
「じゃあケルベロス殿。今日はゆっくりしようじゃないか」
俺はそう言うシクルの顔をじっと見つめる。
「・・・・・・ど、どうかしたか? な、何か顔に付いてるとか・・・・・・」
『お前、ダイアじゃないよな?』
「ダイア? それは一体誰のことだ?」
ふむ。本当にシクルなのか・・・・・・。
『今日はやけにペラペラと喋るじゃないか』
「へっ?! そ、そうか? そんなに変か?」
こいつ本当にダイアじゃないだろうな。言動がなぜあいつと同じなのだ。
そんなことを考えながら、駐屯地の説明はろくに受けていなかったのを思い出した俺はペンの元へと行く。
温まりたいしな・・・・・・。
そう思ってテントの入口を開けた。
「やあ。ケルベロス。僕の薬を忘れるなんて珍しいね。とりあえず、副作用と人化がどんなものか僕に見せてもら」
俺はすっとテントを離れた。
「け、ケルベロス殿?」
『俺たちは何も見なかったし、誰がいたのかもわからなかった。いいな?』
「あ、ああ。わかっ」
「ちょっと?!」
どこか焦った様子の、見慣れない厚着に身を包むボクっ娘魔女様がテントから飛び出てきた。
「せっかく様子を見に来てやったのに、なんで僕をいない子扱いするのさ!」
『いや、なんか悪寒が・・・・・・』
昔のトラウマが蘇ったから仕方ないのだ。
「はぁ・・・・・・。ケルベロス、何か報告することがあるんじゃないの」
『・・・・・・知ってるのか?』
それはまるで、ダイアと男を知っているかのような口ぶり。そこに俺は食いつく。
「さっき、来たよ。ダイアっていうシクルもどきが」
「わ、私の偽物か?!」
『じゃあ話が早いじゃないか』
そうして俺とパリスは空いているテントの中で情報の交換をする。シクルには説明が面倒だから、一度ペンのテントの中で待ってもらっている。
張り詰めた空気。それを壊したのは・・・・・・。
「まったく。なんで中和の薬を忘れるのさ」
『いやそのことかよ』
少しも関係の無いことを呟いたパリスであった。
まあ、薬については俺も言いたいことがあるから言うか。
『なあ、あれ副作用なしにできないのか? 中和の薬を作れるなら簡単だろ?』
「簡単に言うけどね・・・・・・」
呆れ顔のパリスがめんどくさそうに説明を始める。
「いいかい? 二つのものをひ一つにまとめるっていうのはとても難しいんだ。だったら、一つ一つで効果を出してもらえれば上等。というか、人化と中和剤、この二つで済んでるのは普通じゃない。僕の功績なの。わかる?」
『わ、わかったわかった。そんな熱弁しないでくれ・・・・・・』
字がぎゅうぎゅうで見にくいったらありゃしない・・・・・・。うん? これは別の話だな。
で、そろそろ本題に入りたい。
『あの二人から何を聞いた?』
俺は率直にそう尋ねる。が、返ってきた返答は・・・・・・。
「残念ながら、僕はダイアにしか会っていないよ」
肝心な男の情報をパリスが持っていないという事実だった。
『いなかったか? ローブに身を包んだ男』
「いいや、見てないね」
そう・・・・・・か。
俺は一番の疑問を解消できないことに、もやもやとした感じを覚える。
「でも、いろいろ聞いたよ。ここに今から《アイス》が現れるってこととか」
『・・・・・・今から?』
俺は聞き捨てならない言葉を再確認するように尋ねる。
「ああ。今から。吹雪が始まったら現れるってーー」
ズンッ。
パリスの言葉を遮って、地面から体の芯にまで響くような鈍い振動が体を震わせる。
・・・・・・これは。
「大変だ!」
ばっとシクルが入ってくる。そして、その開いた入口から見えるのはーー視界を奪う猛吹雪。
それとシクルの反応を考えるに・・・・・・。
「《アイス》様が来る!」
いくら五大凶王とて唐突過ぎるだろう!
俺は地鳴りに恐怖を覚えながら、シクルに尋ねる。
『《アイス》ってのはそんな巨大なのかよ!』
「し、知らない! 私が会話したのは、《アイス》様のほんの一部だ!」
つまり、あの時俺に語りかけてきたあのクリスタルは、通話用の分身か!
俺はパリスとともに猛吹雪の中に飛び出す。
そこで目にしたのはーー
『・・・・・・嘘だろ』
「五大凶王。本当に未知だね」
雲をも貫くほど巨大な氷の亀であった。
パリス「最後まで読んでくれてありがと。どうたったかい?それにしても、ケルベロスの言ってる男って誰だろうね?・・・・・・ダイアの方はちょっとだけわかった気がするよ」




