三話 《快床商店》と番犬
ここまでペースを守れているのは、実は今回が初めてだったりする(おい)。
今日も番犬の朝は早い。
尻尾で抜けた毛を隅に寄せ、いつもどおり遠吠えをし、兵隊たちを癒し (精神的な意味で)、今日は特に汚れたり腹が減ったりしていないので、そのまま橋の前で寝ることにした。
「・・・・・・ケルベ・・・・・・ケロベロ・・・さん。ケルベロスさん」
誰かに呼ばれた俺は目を覚ます。
『どうした? 何かあったのか?』
「おお。やっと起きてくれたか」
いたのは、何の特別なオーラも感じない、色黒で金髪の平凡な中年男性。しかし、その見た目には見覚えがあった。
「快適な寝心地をお届け! 《快床商店》です!」
『なんだ。お前か』
やっぱ寝よう。
「あー! 待って! 寝ないでくださいよー!」
駆け寄ってきて、また俺の体をゆっさゆっさと揺らしてくる。
『・・・・・・はぁ。まったく。どうした?』
「どうしたも何も、もう《いつもの日》ですよ!」
いつもの日・・・・・・。
『知らん。寝る』
「ちょっとーーー!?」
まったく。騒がしい奴だ。
『で、なんだって?』
「はぁ。なんですか? 僕のことが嫌いなんですか? もう六十年の付き合いだっていうの
に・・・・・・。いつもどおり、抜け毛を貰いに来たんですよ」
抜け毛・・・・・・。
『あぁ、布団屋か』
「今ですか?!」
『すまん。ほんとに忘れてた』
なんか見たことあるなー・・・・・・とは思ったけども。
「はぁ。もう毛貰っていきますよ」
『持ってけ持ってけ。俺は寝る』
「・・・・・・ほんとに番犬ですか?」
だって暇なんだもの。仕方がないだろう。
「お、なんか今回は量が多いですね。ありがたいありがたい」
『そうか? 有効に使ってくれよ、”初代勇者様”』
「・・・・・・覚えてるんじゃないですか」
『そりゃあなあ』
そう、この男の正体は初代勇者であるサカキ マトイ。
六十年前の、最初で最後の魔王街襲撃事件。あれ以来。勇者と呼ばれる存在は現れても、あっけなく沿岸で門前払いされているが、この男だけはここにたどり着いた。この魔界唯一の”人間”だ。
「わかってると思いますけど、そんなこと他の皆さんには言ってませんよね」
『あたりまえじゃないか。まず、お前のことを人間と知っているのは俺と魔王とその幹部たちだけだ
ろう。心配などしなくてもいいではないか』
「いや、逆に心配になるんだけど・・・・・・」
はあ。と、ため息をつくマトイ。
『それにしても、お前はまだ生きていたのか。人間なのに』
「あなたこそ。まだまだ元気じゃないですか。犬なのに」
ちょっと険悪なムードが漂う。
「自分でも不思議ですけどね。ま、僕は戦いに来たんじゃないんで、仲良くしましょう」
仲良くしようといっても無理がある。それだけ、あの事件はひどかったのだ。
街は崩壊。七人の幹部も全員が”マトイ一人”に深手を負い戦闘不能。もちろん俺もズタボロにされた。そして、魔王が自らの左腕を代償にようやくこいつの暴走を止めることができたのだ。
『なぜ、帰らなかったのだ?』
ふと疑問になったことを口に出す。
そして、少し考えるマトイ。
「・・・・・・そうですね。考えてもみてください。剣の振れない魔法も使えない勇者なんていりますか?」
『いらんな』
「でしょう? それに、わざわざとどめを刺さないでくれた魔王様にも、恩があるわけですからね」
そう言って、魔王城の方を眺める。
「あの時から、僕のすべての忠義は魔王様に誓いましたから。・・・・・・それに、一緒に復興している間に、だんだんとこの街や人々が好きになってきちゃいまして・・・・・・。ま、自分で壊してるのに何を言っているんだとマリンさんにひっぱたかれましたけどね」
恥ずかしそうに下を向き、頭をかくマトイ。
「って、感じですかね」
『・・・・・・そうか』
もともと、俺はこいつのことが嫌いなのだ。それに、何気にまともに会話したのも、今日で何年ぶりか。・・・・・・まあ、俺が寝ているからなのだが。
「納得して・・・・・・もらえますかね?」
不安げな目でこちらを見てくる。
『そうだな。そういうことにしておいてやろう』
そして、復興のために一番働いてくれたのも、実はこいつだったことも知っている。
「なら、これからもよろしくお願いしますよ」
こちらに向かってそうはにかむマトイ。
『・・・・・・ま、お前がいないとこの毛の処理も大変だしな』
「僕もあなたがいないとやってけないですからね」
『俺の毛の毛布が人気なのか?』
「そうですね。実を言うと、あなたの毛で作った毛布と布団以外が全く売れません」
どんだけ俺の毛人気なんだよ。自分でも怖いわ。
「他の布団も売りたいけど、あなたの毛で作る毛布の方が注文多いし、いっそのことその布団を売るのを止めようとすると軽くデモが起こるし・・・・・・」
大変だなおい。デモってなんだデモって。
「ま、どっちにしろいろいろと助かってるんで、よろしくお願いしますねってことで、モフモフさせてもらってもいいですか?」
『だめだ。というか、実はお前今まで俺が寝てる間に触ってただろうが』
「なんでわかるの?! じ、じゃああれはノーカンってことで!」
『だめだ』
「えーーーーーー!」
そんなに「えーー」とか言うなし。
『はあ、仕方ないなあ』
「!」
『そっちにまとめてあるやつの中にでもダイブしてこい』
それを聞いた途端にがっくりと肩を落とすマトイ。
こんなムキムキの男にこの神聖なる毛並みを触らせてなるものか。女と子供と老人限定だ。
「うう・・・・・・。ちょっと期待したのに・・・・・・」
『上げてから落とすのが得意なんだよ』
「何その一番ひどい特技!?」
『俺に触りたいならせめてそのひげを剃ってくるんだな』
「一番大事なチャーミングポイントが!」
ひげを守るように顎に手を当てるマトイ。
まったく。愉快な奴だ。
『仕方がないな・・・・・・』
「どうせまた落とすんでしょ」
『・・・・・・やっぱやめた』
「ごめん。許して」
せっかくやる気になったというのに・・・・・・。
『ほれ。いいぞ』
いつも通り、首をさらけ出す。
「・・・・・・ほんと?」
『ほんと』
「避けたりしない?」
『しないしない』
「じゃあせめて腰を下ろそうよ」
む。ばれていたか。
仕方なく地面に腰を付ける俺。
「いいすか?」
『ああ、いいぞ』
と、俺が言う前にこいつは飛び込んできやがった。
「ヒャッハー! 本物だあ!」
わしゃわしゃと俺の毛を触るマトイ。
どうしようか。今すぐ振り下ろしたい。
『あ、そういえばさ』
「なんですか~?」
間抜けな声で答えるマトイ。
『いろいろと助かるってどういう意味なんだ』
「普通にお金的に助かってるんですよ~」
助かってる・・・・・・。
『おい』
「へ?」
『お前今まで気が付かなかったが、タダで持って行ってんな』
「・・・・・・なんのことかな~」
こいつ。絶対にわかってやっていやがる。
『・・・・・・ま、俺は金なんて必要ないから別にいいけどよ。この小屋ごと買っとかないと、とられっちまうんじゃないか?』
「た、たしかに・・・・・・。今やこの魔王街でのブランド品となったからな。そういうこともしないとか・・・・・・」
さっきからいろいろ気になるのだが、ブランド品ってなんだよ。
『俺はお前以外にこの毛の処理をさせる気はないからな』
「お。それは聞き捨てならないですね~」
うっかり本音を漏らしてしまった。
「もう一回お願いします」
腹の立つニヤニヤ顔でこちらを見てくるマトイ。
『・・・・・・他の奴に頼もう』
「あー! たんまたんま! 許してくださいよ~」
『じゃあまず俺からいい加減離れろ』
「うう・・・・・・。気持ちよかったのに・・・・・・」
名残惜しそうにそう呟かれても、かわいい俺の身がお前の液で汚れないかが心配なんだよ。
『ほら! もう帰れ帰れ! いっぱい喋っただろ!』
「えー。もうちょっといいじゃないですかー」
・・・・・・。
『魔王様にこの小屋買い取ってもらえばお前入れなくなるかな?』
「じゃ! ありがとうございました!」
バタンッ!
俺の言葉を聞くやいなや、一瞬で荷物をまとめ扉から出ていく。
はあ。やっと静かになったな・・・・・・。
キィ・・・・・・。
静かに扉が開かれ、マトイの顔が目に入る。
『・・・・・・なんだ、まだなんか用か?』
正直、ここまで来られると本当に魔王に相談しようか迷ってしまうのだが・・・・・・。
「あ、あの・・・・・・」
さっきまでとは打って変わって不安げな表情のマトイ。
「また来てもいいですかね?」
・・・・・・はあ。
と、心の中で大きなため息を吐く。
なんか前にもこんなやり取りをしたきがするなあ。
『あたりまえじゃないか』
これ以外の答えはないだろう。
「そうですか・・・・・・。お邪魔しました!」
最後だけ笑顔で立ち去って行ったマトイ。
ほんと、不思議な奴だ。
そういえば、あいつの名前は不思議な名前してるよなあ。
また今度聞こう。俺はそう思った。
最後までお読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか? 元勇者がなぜこんなに普通に生活しているのか、その辺の理由がちょっとあやふやかもしれない・・・・・・。ま、魔王様の心が広いってことで・・・・・・。