三十五話 番犬。気づかされる。
魔王「やあ、今日は俺だ。来てくれてありがとな。まったく・・・・・・。ケルベロスには手を焼かせられる。昨日も捕まえるの大変だったのだぞ? まあ、よかったら見ていってくれ」
「待て、魔王。俺は冷静な話し合いを希望する」
「魔王の顔を今だけ立てるのは違うんじゃないか?」
くっ。さすがにこんなちょろ親父でも、そんな手は効かないか。
魔王城入ってすぐの間で、俺は魔王の前で正座をしながらそう考える。
魔王め・・・・・・。こんな時だけ謎の本気出しやがって・・・・・・。なんで俺をそんなに任務に行かせたいんだ。
「・・・・・・あそこで小僧どもに会わなければ・・・・・・」
「不運だったな。まあ、彼らに会わなくても結果は同じだろうが」
・・・・・・調子乗って魔王ぶった口ぶりになりやがって・・・・・・。まあ、多分その通りになってただろうけどさ。
「シクル。もうちょっと待っていろ。今すぐこいつを拘束する」
「えっ?! こ、拘束!? そ、そこまでしなくても、わ、私たちは別に大丈夫ですから! いいんですよ!」
焦った口調でそう言うシクル。まったく俺もそうだと思う。
「ほら、可愛い可愛い若き部下がそう言ってるんだからさ、いいじゃないか、任務なんて」
「・・・・・・」
と、急に無言になる魔王。・・・・・・なんだこの空気。いやだなぁ。変な空気で、今にもなにか衝撃的なことがおこりそうな・・・・・・。
「ケルベロス。お前。今までずっっっっと自分がニートだって、気づいてたか?」
・・・・・・・・・・・・。
「ん、ん~?」
誤魔化すように口の中で音を発する。
「お前。今三百歳越えだろ? なのにニートってどう思う? アイーダでさえあんなに熱心に研究してるし、そこのシクルだってこの実績だぞ? それが、お前はどうだ。毎日寝てるじゃないか。したこととしても、たまたま見つけた魔方陣ぐらいだろう? それも偶然の産物で」
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺はダッシュで城を出た。胸に複雑な思いを抱きながら・・・・・・。
「話の続きだ」
「すいません。お願いだから早く小屋に戻らせてください」
「だめだ」
だめか・・・・・・。
「・・・・・・シクル」
「えっ?! えっと、そ、その・・・・・・」
「シクル。帰っていいぞ。いや、帰ってくれ」
「え、あ、う、はい・・・・・・」
ああ、最後の頼みの綱が・・・・・・。そうして、不安げにこちらを何度も見て去って行くシクルを見送る。
「ゴホンッ。えー。ケルベロス。気づいたか?」
「・・・・・・気づきたくはなかった」
「だろうな。俺もよくよく考えて驚いたぞ。隣の兵団の隊長もびっくりだ」
マジかよ。あの癒やしのケルベロスと呼んでくれたあの人もびっくりか。そりゃ大変だ。
「あ、そうだ。最近はあそこの兵どもにもふらせてなかったし、この機会に・・・・・・」
「おい。俺を馬鹿だとは思ってないだろうな。それに、今お前人の状態だろうが」
ですよねー。無理だよねー。・・・・・・はぁ。
「余計な傷が・・・・・・」
「自業自得だ。ほら、さっさと観念して準備を始めろ」
・・・・・・準備、か。だが、俺はまだ諦めない。ニートでもいい!
「魔王。今週一週間は好きにもふらせてやるから、その話はなかったことに・・・・・・」
「ならいい。そして今すぐ犬になれ」
「はーい。じゃあ犬になりま・・・・・・。・・・・・・魔王。お前そんなんでいいのか? なあ、我が親だと思うと複雑だよ?」
「かまわん。早く犬になれ」
おい。本気だよこの魔王様。・・・・・・これが俺の親父だと思うと複雑だなぁ。思わず喜びと疑問の融合が起こったよ。まあ、複雑だけど・・・・・・。
「ありがとよ親父ぃ!」
「それを言うのは俺の方だ息子よぉ!」
そして、俺は服だけ脱いで即座に人化を解く。解き方に関しては、なんとなくできるようになった。一週間この毛並みを好きにさせるのも癪だが・・・・・・。あんな零雪原とかいう、地獄とも言えるような激寒な地域になんて行けるか。否。行きたくない。本心である。ならば、魔王に体を預ける方がまだ幾分かはまし・・・・・・。
「あなた。ケルベロス」
突如かけられたその冷ややかな声音の声に、俺と魔王は体をびくりと揺らす。それはきれいな女性の声だった。きれいな、女性の・・・・・・。
「・・・・・・か、カミラ・・・・・・」
ほおから冷や汗を垂らす魔王が、階段の上から俺たちをのぞく張本人の名を呼ぶ。うう・・・・・・。か、カミラ・・・・・・。
「あなた。前々から計画していたでしょう? ニートを克服させる、そのプランを。それがどうなってるのかしら? あなた。このままあなた自身もニートになってしまうんじゃなくって?」
あ、相変わらず辛辣なお言葉・・・・・・。ちらりと魔王の方を見ると、焦りで苦笑いが顔にぺったりと張り付いて離れないようだ。魔王。どんまい。
「で、ケルベロス。あなたもよ?」
と、話の矛先が俺の方を向いた。
「ケルベロスも、何をそんなに嫌がってるの? 嫌だ嫌だと一点張り。我が息子ながら、悲しかったわ。言われたことはきちんとこなす、良い番犬だったのに・・・・・・。それも、二人ともシクルちゃんの前で、あげくには一人で帰らせる? 一体どうなってるの? そもそも、あなたたちねぇ・・・・・・」
母親の力というものを、改めて実感したよ。・・・・・・はぁ。
魔王「・・・・・・・・・・・・。あ、ああ。最後まで呼んでくれてありがとうな。・・・・・・。か、カミラ怖い・・・・・・。妻という者は恐ろしいものだ・・・・・・。じゃあ、次回もよろしくな」




