三十二話 魔女と番犬
パリス「どうやら、今回で『魔女のいたずら! 編』が終わるようだね。まあ、よかったら最後まで見ていきなよ」
『あ、危なかった・・・・・・』
目の前にいた魔王が消えてホッとする俺。いよいよ本当にホラーだぞあれ。トラウマになる。
「なんだい。この前僕の家に来た時とは反応が大違いじゃないか」
『この前は実験されるって聞いてたからな。今回は魔王の方が怖かったってことだ』
実験よりも怖いことを見たあとは、パリスの実験が可愛く見えるというな。不思議だ。
「なるほどねぇ。でも、そのもふもふは僕も思わず顔を埋めたくなる衝動に駈られるから、あの魔王の気持ちも分からなくはないね」
『お前なら別にいいぞ?』
「え? いいの?」
『ああ。もちろん。俺は汗臭いやつと気持ち悪い奴ら以外は喜んでもふもふさせるよ』
そう。汗臭いやつと気持ち悪いやつ以外にはな。
「ふーん。じゃあお言葉に甘えて」
そう言って、ぽすりとパリスが俺の毛並みに顔を埋める。
「はぁ〜。久しぶりだけど、やっぱり気持ちいいね」
『そう言ってもらえて何よりだ』
この気持ちいいと言ってもらえる瞬間が、何よりも至高である。嬉しい。普通に。
「・・・・・・じゃあ、なんだっけ。君は首飾りをもらいに来たんだったよね?」
おっと、そうだったそうだった。すっかり忘れていた。首飾りを返してもらいに来たんだった。
『ああ、そうだ』
「じゃ、ちょっと待っててね」
そう言って、パリスが俺の毛から離れ、どこかへ駆けていく。
「はい。持ってきたよ」
と思ったら後に現れるのだから、心臓がもたない。
『転移魔法か』
「ご名答。驚いた?」
『サプライズ心満載でいいと思う』
正直ちょっと驚いたけどな。
「そ、そうか・・・・・・。じゃあはい。これでだろ?」
ちょっぴり残念そうなパリスが、あの首飾りを俺に向かって差し出す。
『そう。それだよ。ありがとな。ちょっと心配したんだよ』
「そんなに大事なものなのかい?」
『ああ。それはもう・・・・・・。俺の持ち物の中で一番大事なものだ』
そもそも物をそんなに持っていないが。
「へー・・・・・・。その話、聞いてみても?」
『・・・・・・聞きたいのか?』
「ちょっと興味があるかな」
そう言って微笑むパリス。まあ、こいつには話してもいいか。
『・・・・・・これはな。アイーダに貰った物なんだ』
「へー。あのお姫様に?」
『ああ。土産だと言ってくれてな。・・・・・・ちょっと嬉しくて、今でもつけてる』
それは、あの散歩の時のこと。・・・・・・あの時のあの生き生きとした表情が可愛かったのを覚えている。
『まあ、ちょっとだけ忘れかけていたのは申し訳ないけどな』
「忘れてたのかい」
『ああ。・・・・・・あ、そうだ。忘れたといえば、黒薔薇を知らないか?』
こっちはすっかりと忘れていた。あの探検の時にサリーから貰った花。
「黒薔薇・・・・・・は、ちょっとわからないかな」
『そうか・・・・・・。すまんな。ありがとう』
無くしてしまったか。・・・・・・あとで謝らねばな。
「じゃあ、この首飾りはどうするんだい?」
『もちろん着けるが・・・・・・。着けてくれるか?』
「まあそうなるよね」
パリスが俺の首に着けてくれる。
「・・・・・・好きな人以外に着けさせて、いいのかい?」
・・・・・・・・・・・・。
『え、は、ん?』
「あはは! すごい動揺してるじゃないか!」
そ、そんなに笑われても動揺するに決まっている。
『お、俺があいつを・・・・・・?』
「なんで自分で言ってるのに疑問形なんだい? ・・・・・・まさか、気づいていなかったとか?」
『う、ま、まあ・・・・・・』
もやもやする感情はあった。だけど、確信が・・・・・・。
「全く。もう少し人でいた方がよかったのかもね」
『そ、そうだな・・・・・・』
犬の体でこの疑問を考えるのは酷だ。・・・・・・アイーダ・・・・・・。
「・・・・・・面白いね」
『何がだ?』
「いーや。なんでもない。ほら、着け終わったよ」
い、一体何がだろうか・・・・・・。まあいいか。
「あともう一つ。渡したい物があるからついてきて」
『渡したい物?』
「ああ。君がいずれ、というか、もう今にでも欲しいものじゃないかな?」
俺がそこまで欲しがるもの? そんなものがここにあるのか?
言われるがままに俺はパリスの後について行く。
「ちょっと待っててね」
そして、パリスが一つの部屋の中に入って行ってしまった。
・・・・・・まずいやつだな。
いや、でもあいつは俺が欲しいやつって言ってたしな。なんだろう・・・・・・。俺が欲しがるもの・・・・・・。
「はい。持ってきたよ」
と、パリスが小瓶を持って出てきた。
・・・・・・あれは・・・・・・。
『おい。その禍々しいあめ玉はあれか』
「そう。やっぱりわかるかい? “人化の薬”だよ。欲しがるだろうと思ったからね」
そこまでバレていたか・・・・・・。だが、かなり助かるな。行こうと思っていたら場所がたくさんあるのだ。
「あと、おまけでこの副作用を中和する薬もあげるよ」
『ありがとよ。それがなけりゃ動けないからな』
というか、副作用が無くなるようにはしてくれてないのな。そこの方が重要だと思うんだが。
まあ、くれる分には嬉しいかな。
『・・・・・・にしても、お前も変わったなぁ』
ふとそう呟く。
「なんだい。急に」
『いや、だってよ。前会った時は今の十倍くらいは怖かっぞ? お前』
「そ、そんなに?」
『そんなにそんなに』
あの時は本当に恐ろしかった。目が合えば実験。挨拶を交わせば実験。何をしても実験と言って迫ってくるのだから、今の魔王波に恐ろしかった。
『それが、な』
「・・・・・・そんな感慨深いみたいなのはやめなよね。僕の方が年上なんだよ?」
『む? 本当か? ・・・・・・三百歳越え・・・・・・』
・・・・・・・・・・・・。
『ロリババア?』
「殺すよ」
『さーせん』
声に出てしまった。思わぬ失態・・・・・・。
『・・・・・・何をそんなに笑っているんだ?』
「いや、ちょっとね・・・・・・」
口を押さえて笑いをこらえるパリス。
・・・・・・?
「あはは! やっぱり面白いね!」
『? よ、よくわからんがよかったよ』
その時のパリスの笑みは、なんとも楽しそうだった。
パリス「最後まで読んでくれてありがとう。どうだったかな? これで、しばらく僕の出番はお預けかな。いやあ、なかなかに長かったね。まあ、これからもよろしく頼むよ。じゃあね」




