表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/137

百二十六話 決着

 ーー魔王の力を感じる。


 マトイの飛び蹴りを躱す。


 俺は先程まで感覚で避けていたマトイの攻撃を、今初めて目視で、頭で考えて避けることができた。


 その些細なことが、俺に勇気と余裕を与えてくれる。


「お前との付き合いは実は短くてな。知ってるか? 仲良くなってからまだ二年ぐらいだぞ?」

「ああ、そうだったな。それまでは毛だけ貰ってたよ」

「それで、そろそろその俺の毛の使い道を教えてもらいたいんだが」

「今回までの下準備で大いに役立ってくれた!」


 マトイの拳をいなしながら、俺は雑談を交わす。これだけの力があると、何故だろう。欲しくなるのだ、今までと同じやり取りが。


 マトイは尚も殴るのを止めない。


「お前は自分がヤバいってことに気づかない! スキル三つとか、いや、癒やしも含め四つだ! 馬鹿だろ?! 存在自体がチートだ!」

「いや、別にそんな強いスキルじゃないんだが」

「それでも四つは規格外だ!」


 そう言われれば俺も嬉しくなってしまう。


 そうだ、せっかくだしーー


「なら、その力で反撃させて貰おう」


 俺は透明化を、強化を同時に発動させる。


 眉間にシワをよせて唇を噛むマトイ。そのマトイへ、不可視の右フック。


 マトイは高速の俺の拳を、やはり見えてるかのように腕で受け止め、しかし勢いは収まらず大きく吹っ飛ばされる。


 空中で体勢を整えるマトイへ、追撃のために跳躍する。


 そして、大声で叫ぶ。


「ーー俺は、お前を手にかけたくない!」


 壁に着地したマトイの左肩を薙ぎ払うような俺の脚が捉える。


 また大きく宙を舞い、民家に突っ込むマトイ。石の壁は崩壊する。


 そして俺はまたマトイの方へ行こうとしてーー


 頬を掠めた鉄の感触に、全ての思考が止まった。


「ーー即効性じゃねぇってことは、人間のあほのおかげでわかってんだ」


 マトイの埋まる瓦礫は、元は鍛冶を行っていた店のようだ。金床、槌、レンチにーー剣。


「魔王の呪いがなんだ! 契約がなんだ! 俺はーーここで死んでもいい!」


 マトイは、魔王に左腕を代償に剣と魔法の使用を禁止されていた。


 はず、だった。


「……なぜ、持てる」

「自分の国に帰ったんだよ。サトルとツヨシ。あいつらが、俺に魔法陣の組み方を教えてくれた」

「それが目的で馬鹿みたいに突入してきたのか」

「ああ、そうだ。大変だったぜ? アクアの目を盗んで、あいつらと会うのは」


 その話ぶりだと、どうやらアクアの暴走前にすでに邂逅を果たしていたようだ。アクアよ、ザル警備ではないか。


 ……まあ実際のところは、こいつの実力か。


 などと考えていると、突然マトイの右腕が黒いモヤに包まれた。


「……まあ、せいぜい一時間だな。手にかけたくないだと? ならーー頑張って耐えるんだな」


 マトイは剣を両手で持ったまま、俺の方に飛び出してくる。


 俺は縦に振られるその剣の刃を受け止めようのしてーー止める。


 その結果、胸に浅く切れ目が入った。全力で強化を発動し、防御力を上げているのにもかかわらず、だ。


「ああ、惜しい!」

「惜しくねえ!」


 俺は体勢を整えて着地し後ろに下がる。どうやらマトイが居たちょうど鍛冶屋の跡だったようで、俺は目につくもの全てをマトイに投げつける。


 そのどれもを、一見なんの変哲もないような剣でバターのように、いや、粘土を細い糸で切るように切り裂いていく。馬鹿言え、最高級品の金床だぞ、多分。


「時間稼ぎはそこまでにしてもらおう!」


 マトイが接近。俺はマトイの剣撃を、なんとか紙一重のところで躱す。先程とは動きが別人だ。


 背後に気をつけ、足元を掬われないようにし、マトイの剣を避ける。さすがにこれを続けるのは無理がある。


 と、ふと俺の左脚あたりに魔力を感じる。


 はっとしてマトイを見る。


「ーーボム」

「くそっ!」


 俺は咄嗟に体を右に蹴り飛ばす。俺がつい二秒前にいた場所は、拳サイズの隕石が落ちてきたかと思うぐらいのクレーターが空いていた。


「馬鹿、殺す気か!」

「そうだよ! ーーあぁ、調子が狂う!」


 マトイが魔法も駆使して俺を追い詰めようとする。


 それにしても魔法まで使うか。これはいよいよ、まずいのではないだろうか。


 俺が、時間切れを狙えば、マトイは死ぬことになる。


 ただ、あいつを救って、ハッピーエンドを迎えるならば……。


 やはり、俺が止めなければ。


 魔王よ、カミラよ、アイーダよ、力をーーそして、


 俺よ、限界を超えろ。


 右手を巨大化。そして、切られるのにも構わずにマトイを捕まえ、握る。


 手の中から、握力を強化するためのトレーニング器具のような強烈な反発力を感じる。


 俺は諦めて、腕を振り上げ地面に叩きつける。だが俺の手のひらが地面につくことはなかった。


 マトイが地面に足を踏ん張り、俺の手を受け止めている。そして、案の定マトイによって手のひらが切り裂かれる。


 強化も十分にかかっていない俺の手は無惨に切り裂かれる。それもお構い無しに、俺は再び、それも両手を上げた。


 そしてマトイへ叩きつける。家だったものが弾け飛び、埃は視界を遮る。


 俺は無我夢中で攻撃を続ける。大丈夫だ、このくらいならマトイは死ぬまい。


「死んだら責任とってくれんだろうなあ?!」


 マトイが俺の手首を切りつける。腱が断ち切られるブチッという音がした。巨大化が解ける。


 俺は内心舌打ちをしながら生意気に答えてやる。


「ああ、とってやるよ! 遺骨は元の世界に帰してやる!」

「生意気だ!」


 手首から先がだらんと下を向いた腕で、俺はマトイの剣を受ける。前腕の骨まで届いて剣は止まる。


 俺は痛みに歯を食いしばって、剣を蹴り飛ばす。マトイの手を離れた剣は弧を描きながら曇天の下を踊り、カランと瓦礫の向こうに横たわった。


 よし、あとはーー


「油断するなよ!」

「わかってる!」


 マトイの回し蹴りを深い切り傷のある前腕で再び受け止め、俺はムチのように強化した腕を叩きつける。その時、感覚で手首の腱が治っていることに気づいた。


 癒しのケルベロス様々だ。


 マトイはそれを知らない。だからだろうか。先程までは狙ってこなかった、俺の顔面へ拳が伸びる。


 それを、真正面から掴んだ。マトイがぎょっとする。そのまま、腕を思いっきり引っ張る。マトイは体勢を崩し頭の位置が下がる。


 チェックメイトだ。


 渾身の一撃。膝をマトイの顔面にめり込ませた。


 マトイは為す術なく、手も地面につけずに顔面から倒れ込んだ。


「……動けねぇ」


 マトイはそう言って体を仰向けにする。俺も荒い息をつきながらただその場に立つことしかできない。というか動けてるじゃないか。


 俺はマトイに告げる。


「……これで、終わりだ」

「ああ、そうだな。……そうだな」


 マトイの声は震えていた。顔を腕で隠し、表情を隠さんとしているが、それも大した効果はない。俺は苦いものをかみ潰したような気になる。


 勝ったというのに、守ったというのに、なんだ、この虚しさは。俺はーー勝敗と共に、何かを失ったのではないか。


 俺はようやく腰をついた。それを見計らってか、マトイがおもむろに口を開く。


「……良い国だよな、ここ」

「なんだ、突然」

「聞いてるだろ。サトルから、俺から、人間の国のこと」

「ああ。なんというか、醜い人間らしいというか、切羽詰まっているような気がする」

「おお、当たりだ。その通りだよ」


 口元を歪ませてマトイは笑う。


「人は寿命が少ない。なぜなら魔力量が激的に少ないからだ。この世界は魔力と寿命が比例する。……まあ本質的にはうちの世界もそうなんだろうな。だからだろう。魔力を大量に持ってやってくる異界人は、酷い扱いだ」

「力はお前たちの方が上だろう」

「そうなんだがな。変な契約を無理矢理結ばされるから、反逆とか、そういうわけにもいかない」


 そこまで言い終わって、マトイの全身から黒いモヤがついに溢れ出した。それは、魔王の契約を無視した代償の印。


「……語り終わることも許されないか」

「それぐらいは許されるわ」


 そう突然現れたのはアイーダ。


「さっき、魔王の力を扱ったのはあたし。だから、あんたの呪いだって解ける」

「俺は死んだ方がいいだろ。なんのメリットがあって助けるんだ?」

「あんたには、まだやってもらうことがあるわ」


 アイーダはマトイの隣に座って、マトイの胸の上に手のひらをかざす。すると、真っ黒なモヤの塊が浮き上がった。


 それへ何かを唱えると、今度はアイーダの手が俺の胸の上に伸びる。俺の中から光の塊が出ていく。心做しか、少し寂しい。


 なんて思っていると、アイーダがその二つの対称的な魔力をぶつけた。眩い光が起こり、その光の後には、二つの魔力の姿は無かった。


 アイーダは俺たちに笑いかける。


「これで、大丈夫よ」

「……それで、何をやってもらうって? もう、人の駒にされるのは散々なんだよ」

「ーーそれは、我が説明しよう」


 突然低い声とともに魔王の巨体が視界の端に映る。


 その来訪に、マトイはぎょっとして声を荒らげる。


「ばっ……嘘だろ?! うちの精鋭たち百五十人だぞ!」

「俺と凶王を甘く見すぎだってことだ」

「マジかよ……」


 マトイが一瞬持ち上げた頭を、地面に打ち付けるほどに倒す。その痛みにマトイが腕も動かせずに顔を顰めた。


 そのマトイの顔を、魔王は上からその顔を覗き込んでニヤリと口の端をあげる。


 そして、俺も驚いて口が開けなくなるほどのことを言った。


「さて、お前には、人の王になってもらう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どゆこと!? まさか…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ