百二十二話 魔王街、戦闘開始
今野「最終決戦が始まります。彼らはここに来られるほど、余裕はないようです。どうぞ、最後までお付き合いください」
魔王街は、まだ無事だった。
俺たちが転移されたのは俺の小屋の前。街を見渡しても目だった損害も無く、また人通りもわずかにあって、だが暗い顔で世間話を交わしている。
俺は一通り見渡して、ケルベロスたちの方を見る。二人はローブを羽織り直してフードを深く被り、そして二人で顔を見合わせて俺の方を見た。
「俺たちはこれからマミーの元へ行ってくる。お前は……そうだな。心当たりがあるはずだ」
見透かしたような言葉だが、俺はうなずく。もとよりそうするしかないのだ。
アイーダが俺の元へやってくる。
「ねえ、折角だし、もふもふさせてよ」
『ん? いいぞ。なんならケルベロスもこい』
「いいのか?」
『自分の毛並みを自分で体感できるなんてことはこの先できないぞ』
「……そうだな」
俺は首をもたげ、アイーダは俺の首元に大胆と、ケルベロスは俺の背中にそっと体を埋めた。
街は沈黙を保ったまま。傍から見れば俺たちのいつも通りの行動は、異質で場違いなことに見えるし、思われるだろう。
俺にできることは期待に、願いに応えるだけ。……格好よくは言っても、ただ自分の体を触らせているということなのだが。
しかし、この静寂も唐突に破られる。
「やあ、未来人のお二人さん」
俺たちが同時に顔を声のする方、すなわち空中へ向ければ、黒い空をバックに白衣のボクっ子魔女、パリスが箒に腰掛けて浮かんでいた。
パリスはこんな状況だというのに、冷静に説明を始める。
「君たちの正体は、結構行き渡ってるから安心して活動してくれていい。……まあアイーダには言ってないけどね」
「さすがにバレているだろう」
「それがアイーダって結構鈍感なところあるからね」
「……自分には心当たりは無いわね」
そう言いながら、苦い茶を飲んだ時のような顔を背けるアイーダ。どうしたアイーダ。それ心当たりがあるんじゃないのか。
俺がじーっと見つめていると、アイーダが咳払いをして誤魔化して、そしてふくれっ面でケルベロスの腕を掴む。
「ほら、さっさと行くわよ! さっさとこの世界守るの!」
「へいへい」
ぶっきらぼうに言った台詞が十分かっこいいのはどうなんだ。
『かっこいいだろう? 俺たちの彼女』
ふと俺の脳内にそんな声が聞こえた。
俺は思わず口角がつり上がる。
『だな』
アイーダに引っ張られるケルベロスの横顔は、本当に幸せそうな笑みを浮かべていた。
そんな俺に、パリスが言う。
「のろけてる場合?」
『ヤキモチか?』
「別に? そういうわけでもないけど、単純にいびりたくなったからしただけだよ?」
『良い性格をしてるな』
「まあね。……それじゃ、頑張って」
『ああ、ありがとう』
そう言って、パリスも颯爽と飛び立って城へと消えていく。
俺はそれを無言で見送って、そしてゆっくりと後ろ足を起こして立ち上がった。緊張していたのか、アイーダが俺から離れてもそのままの体勢、すなわち首筋を見せたままで固まっていたらしい。
……それを理解したとたん、得たいの知れない後悔に襲われる。恥ずかしい。記憶から除外することに努めよう。
俺は頭の中で忘れるように別のことを思い浮かべて歩く。そういえば、サトルにやられたはずの脚の痛みがないことに気がつく。これが、俺の癒やしの力の力なのだろうか。ありがたい。そしてその脚が向かう方向は、すでに定まっていた。
俺はマトイの屋敷へと向かう。
さあ、開幕なんと言ってやろうか。まずは今まで俺を放っていたことについて問いただすとしよう。まるでメンヘラじゃないか。こうまでしたのはあんたのせいなんだからねっ!
なんて阿呆なことを考えているとさらに恥ずかしくなってきて、反射的に近くにあった池へ頭を突っ込んだ。
肺が少し苦しくなるぐらいまで息を止めてから顔を水面から出す。そしてぶるりと頭を振って水を飛び散らして、大きく鼻から息を吸って、水が鼻に入って大きくむせて、一通り痛みからの涙を流して、そして意味も無く頭を横にゆったりと振って、顔を上げる。
『行くか』
誰にともなく呟いて、脚を踏み出す。
その瞬間。
轟音が雷鳴のごとく町中に鳴り響いた。
俺は驚いてその方向を向く。
そこはマトイの屋敷の隣の隣の民家。
――それが、放物線を描いて宙を舞っていた。
俺は脚に強化をかけて跳ぶ。そして、視界に捉えた。同時に、脳内にある記憶が思い出される。
それは、俺が幹部になるときに見た光景。
『マトイイイイィィィィィィ!』
むき出しの土台の上に立つマトイは、俺の方をちらりと見て――
「――悪いな」
驚愕の速さで俺の元まで跳んできて、俺の尾を掴んで放り投げた。
ただただ慣性に身を委ねるしか選択肢がないまま俺は空を飛ぶ。
その途中、俺の真下にあったであろう民家の屋根が吹き飛んだ。




