百十六話 番犬、パーティーで挨拶をする
パリス「今日はボクさ。いやぁ、ドレスなんて久しぶりに着たなぁ。体のラインが見えるようなドレスなんだけど、ちょっと気に入っているんだよね。ま、今回もよろしくね」
『えー、今日は、なんだ。俺のために集まってくれてありがとうございます。……ちょっと待ってくれ、台詞を忘れた』
俺がメモを探してあたふたしていると、会場が穏やかな笑いに包まれた。俺はそれどころじゃないんだがな……。あと、あのカギ括弧はマイクの表現だ。
額にわく冷や汗を袖で拭って、俺はようやくスーツのポケットに見つけたそれを開いて話を続けた。
今日は新たなる幹部のお祝い。
主役の俺は人の姿で慣れないスーツを身に纏い、脇にまで汗をかいている。本当になれない。俺は本来、あの橋の前で寝ているだけの番犬だったはずなのに……。
そんな俺の心境などどこ吹く風。魔王城の三階に広がる大広間には、幹部が全員に商人まで。さらに外を見れば子供達までもが騒ぎ、食い、楽しんでいる。
俺は深呼吸をしてメンタルを整える。すると俺を呼ぶ声が聞こえた。
「あんた、全然スーツ似合わないわね……。パーカーの方がお好きかしら?」
「ぜひそうしてもらいたいところだよ」
深紅のドレスに身を包んだアイーダが、ワイングラスを片手に俺に話しかける。ドレスで着飾られたアイーダはどこか妖しげな雰囲気があり、また胸元がひかえめだが開かれているのを見て、俺は思わず目をそらす。
その視線の意味を知ったのか、アイーダが顔を少し赤めて目を尖らせる。
「……あんたね」
「いや、すまない。男性としての本能的行動だ許してくれ」
「はいはい。……ま、付き合ってるわけだから、別に……」
途中もごもごと口ごもるアイーダ。何かを頭から追い出すように大きく頭を横に振って、俺に人差し指をぴっと向ける。
「ま、まあいいわ! ……あとであたしの部屋、来ても、いいんだからね」
「お、おう。……わかった」
「じゃあね!」
投げやりに会話を終わらせて、足早にアイーダが去って行く。後ろから見ても、その耳は真っ赤だ。思わず微笑ましくなって、俺はワインをあおる。
……仕方が無い。アイーダがいいというのなら。
「何をニヤニヤしてるのかな?」
「うおっ?!」
突然背後からそう訊かれ、思わず体を大きく揺らして情けない声まであげてしまった。手元のワインがこぼれなかったのが幸いか。
俺はその声の主に言う。
「……なんだ、パリス。せめて前から話しかけてくれないか」
「いやぁ、そんなことしたら幸せそうな微笑みを指摘せずにはいられないじゃないか」
白い白衣ではなく、白いドレスを着たパリスがおそらく俺よりもにやけながらそう言う。というかそれ自体がもう指摘なんだよ。俺は「幸せそうな微笑み」の裏にある意味を考える。
そんな余裕も与えずに、パリスはさらに爆弾的な発言をする。
「それで、未来人の正体はわかったのかな?」
俺は飲んでいたワインを戻しかける。
げほげほと咳き込む俺を楽しそうに笑うパリス。口元を袖で乱暴に拭いながら俺は苛立ち混じりに応える。
「……わかったよ」
「誰かに言ったのかな?」
「言っていない。知ってるのは魔王と俺と……お前もか?」
「まあね」
パリスは静かにうなずいて、自分のワインを口に運ぶ。
これで、あいつらの正体を知っているのは三人、か。
「ボクもアイーダとは仲が良いわけだし、それに、ダイアと名乗っていた時のあの魔力を見れば、知っているひとならわかるはず、なんだけど」
「俺は微塵も気づかなかった」
隠す必要もあるまい。確かに、今思えばそうだったな……。温度を変えたりとかは、すでに零雪原でもみせていたわけだし。
「それに、名前も逆にしただけだしね。ルーケルに関しては結構適当だから一周回ってわかりにくいけど」
「……確かに」
「君、ボクの後釜務まる?」
いやはや耳が痛い……。しかもそんなこと言われると余計に自信がなくなる。
「正直、それは本当に不安なんだよ……」
俺は窓枠に肘を掛けて体重を預ける。俺の口調のトーンが落ちたのを察して、パリスもその隣で手すりに寄りかかって言った。
「まあ、成り行きだったとはいえ、君もちゃんと自分でやると言ったんだ。それ相応の働きはしてもらわないといけないと思う」
ぐさりとその言葉が刺さった。そうだ、俺は流されたわけではない。きちんと自分の意思でやると言ったのだ。そうしてあの魔方陣に乗ったのだ。
俺は自信の決断の是非を自分の中で考える。俺は間違っていない。
「でも、何を言おうが言われようが君は新人だ」
パリスは笑って俺の肩に手を置く。
「言われたことはちゃんとやる。気になったことは報告する。自分がやりたいことは自分でやる。それでいいんじゃないかな?」
そう言われた瞬間、俺の肩が軽くなった気がした。
「そうか、それでいいんだ」
言われたことはきちんと、気になったことは報告、やりたいことはやる。
俺が助けたかったら助ければいい。俺がこうしたら良くなるのでは、と考えたならまずは報告すればいい。俺の決断で、誰かを助けられる。
ああ、なるほど。
「……幹部っていうのも、悪くはなさそうだな」
「そうだろう? ボクが何を目的に研究を続けてきたのかっていう理念の一部だよ。ありがたく先輩から受け取るといい!」
薄い胸を目一杯に張るパリスは、どこか格好良く見えて。
「ありがとうな先輩」
「えへへ。そう言われるのも悪くないね」
無邪気な笑顔で小さな先輩は笑って去って行った。
そして今度は間を開けずに俺の隣に巨体が滑り込んでくる。
「我が新幹部よ。気分はいかがか?」
「……その話し方の違和感が半端じゃないな」
俺は上司としての魔王の態度に苦笑する。魔王も違和感があったのか、自分で苦笑しているのが見えた。
俺たちは無言でグラスを交わし口に運ぶ。
「不安はあるか?」
「さっき先輩に助言をいただいたんでな」
「なるほどな。なら大丈夫だ」
俺がその人物へ視線をやると、魔王もうなずいた。
俺たちは特に何を話すわけでも無く、ただ二人で広間を眺めていた。
「これからこの空間の人々を守っていくわけだ」
「それはだいぶ、重たい仕事だな。なんだ、俺にさらに不安という名の重圧をかけるつもりか?」
「はっはっは! そんなつもりはわずかにしかない!」
わずかにあるのかこのくそ親父め。もう二度と親父なんて呼ばない。いやそれ前もどこかで決意したな。最近すぎる。
そこでふと俺は未来のアイーダたちを思い出した。
「……以外とショックを受けたりしたのか?」
「ん? まあな」
「気に掛かるか?」
俺が訊くと、魔王は窓の外を見ながら考える。
「……そうだな。俺は――俺の家族を信じる」
魔王が言ったその時、俺のグラスの中の液体がぐらりと揺れた。
「失礼しますっ!」
広間の開け放たれた扉に、なじみの部隊長が血相を変えて飛び込んできた。
全員の視線がその一点へ向けられる。
「どうした」
魔王が厳かな声で尋ねると、部隊長は言う。
「凶王の各領地で、暴走が!」
パリス「最後まで読んでくれてありがとうね。どうだったかい? なんだか急展開だけれど、ボクも出なきゃいかないことになるかも。……まあ、まだあいつのところには行ってやらないよ。それじゃ、次回もよろしくね」




