百十話 永炎の下の魔力
マトイ「…………お? 俺か! いきなりだからびっくりしたぜ。最後まで見ていってくれよな」
魔方陣をくぐり抜けると、そこは真っ赤な洞窟――否、空洞であった。壁からはところどころマグマが流れ出しているが、中央のダイアが魔法でこの空洞内の気温を操作してくれているため、大して苦ではない。むしろ心地良い。
きっと、この魔方陣を普通にくぐっていれば俺やルーケルは蒸し焼きとなっていたことだろう。美味しくはないぞ。
その空洞の中心には不思議な魔法石が置いてあるのが見えた。
『これは……』
「きっとそれがファイアを惑わせていたのだろう」
魔法石は無職でなんの光も発さずにただ浮かんでいる。そこに魔力は感じない。
「たぶんそうやな。魔力の残滓からするに、この魔法石は炎と闇属性をもっているようにも感じるで」
「炎はファイアの属性と合わせてあって、闇は幻惑系の魔法でもせっとしてあったっすかね」
『だろうな』
正体を察したファイアは苦い顔をして魔法石を睨む。そして何を思ったのか、唐突に拳を振り上げ、魔法石を粉々に破壊した。
俺たちはその行動にぎょっとする。
「ったく。勝手に人の動き操るもんやないで! まったく……。悪いな、憂さ晴らしや」
「ま、そういう気分の時もあるっすよ」
純粋なファイアの怒りを感じる。グレンのフォローのおかげで場も和んだ。
俺たちは空洞の奥をみる。そこには、俺とルーケル、そしてダイアが予想していたものがあった。それを初めて見るファイアとグレンは、その存在を認知して絶句している。
零雪原でみた魔力の流れだ。
「魔力の感じからするに、この魔力、零雪原のと同じだわ」
『色が白いままだ』
「そうね、でも性質や用途は一緒よ」
ダイアがそう言って腕まくりをする。これからダイアのすることを知らないファイアたちは俺たちの方を見た。
俺は何も言わずに顎でダイアを指し、そしてルーケルとともに治癒の準備をする。俺の方は原理もまったくわからないが。
視線をダイアに向ければ、すでに魔力の流れの目の前。深く深呼吸をして――流れに、腕を。
「――っ?! 嬢ちゃん?! 何しとるんや?!」
『見ていてくれ。そうしたらわかる』
「で、でもっすよ?!」
動転する二人にそうだけ言う。そのうちに、魔力の色は白から赤へと変わっていく。
その変化を眺めてまたファイアとグレンが驚いた様子でこぼす。
「あの量の魔力を、変化させられるってどんな魔力っすか……」
「わいも驚いたで」
「驚いてもらえたなら、何よりだわ。――っ!」
振り返ったダイアが得意げに笑うが、すぐにその顔は痛みの色に塗り替えられる。それを見てルーケルがダイアの元に行く。
ルーケルが何か言うよりも早くダイアが口を開く。
「あと少しよ。……変なところ触るんじゃ無いわよ」
「それだけ口が回るのなら大丈夫そうだな」
ダイアが腕を魔力の流れから引き抜くと、やはり真っ黒に焦げている。俺もダイアの元に寄り添う。ダイアは倒れること無く、ただ直立して荒い息を吐いていた。
グレンが焦った様子で駆け寄る。
「大丈夫っすか?! うちに救急キットあるから持ってくるっす!」
「大丈夫よ。こいつらの治癒力で十分。むしろ、魔力の穢れは魔力で癒やさないと」
「そ、そうなんっすね。それにしてはずいぶん堪能しているような……」
最後のグレンの呟きは耳には届かなかったが、まあ、なんだ。これでも治療中なのだ。
「やっぱり毛並みは長い方がいいわよね……」
ふと俺の体に魔力が走る。すると、突然なんの前触れも無く俺の体の毛が長くなり、ジミーにカットしてもらう以前と変わらないほどになった。
俺はダイアをジト目でみやる。しかしそんな俺の視線など上の空でダイアはひたすらに俺の毛並みをなで回した。上手い。
「ふふふ。やっぱりこっちの方がいいわ。もう長らく堪能してなかったんだし許してくれるわよね?」
「なんて素直な……」
『俺はむしろなでられている方が気持ちがいいから構わん』
一体どこでこんなテクニックを手にしたというのだダイアよ。こんな気持ちのいい感じで撫でられたら、撫でられている方もたまらんぞ。腹を見せたくなる。
と思ったら腹に手が伸びてきた。うむ。寝転がる以外に取る行動はあるまい。
「お前ってやつは……」
「ケルベロスさん、大胆っすね……」
「完全に犬っころやないかい!」
『治癒作業だ』
「見苦しい言い訳ね。ほらほらっ」
ついにルーケルに治療をさせていた左腕を解き放ち徹底的に俺をなで回すダイア。満面の笑みを浮かべるその後ろで射貫くように俺を睨んでいたルーケルには気がつかなかった。
マトイ「最後まで見てくれてありがとうな! どうだったよ? まったく、とんでもねぇのがあるなぁ。ま、次回もよろしくな」




