九十五話 番犬、魔王を哀れむ
シクル「う、こ、今回は私か……。何気に一番最初に出た幹部だが、なかなか出番がないものだな……。ま、まあ本編だ。最後まで見ていって欲しい」
「お母様ー。失礼するわよー」
そう言って、パッと見怖気付いてしまうような荘厳な桃色の扉を開く。
ううむ。俺が言っていいのかはわからないが、家族とはいえマミーは女王……まあいっか。
なんか変なことを考えそうになったので、俺は水に流してアイーダとともに部屋に入る。
ちなみに俺は今すでに小さくなっている。その方が持ち運びが楽だからということ。持ち運び……?
というわけで、俺はアイーダの肩の上で揺られながら脚をプラプラしているわけだ。髪の毛の香りが……。
理性をなんとか保っていると、アイーダにこつんと指で額をつつかれる。何事かと顔を見ると、
「脚、肩にすごい当たってるわ」
「おう、すまん」
理性を保とうとするあまり、脚に力が入ってしまったようだ。素直に反省するとしよう。
ちなみにスモール粉。物質にも効果があるので、俺の服はそのままである。原子レベルで変化するらしいのな。よく知らないが。
だから服ごと小さくなっている。戻る時も同じだ。
俺は素直に謝り、脚を止める。行儀が悪いとマミーにも怒られてしまうな。
そんなことを思って、部屋の主を見る。
「あら、アイーダ。どうしたの?」
マミーこと女王のカミラは、今日も美しかった。
淡い桃色の髪は今は下ろされ、日光に反射してキラキラと輝いているようだ。顔も化粧がないにもかかわらず、真っ白な肌が赤い唇と桃の眼を引き立てている。
しかしそれよりも特筆するならば……。
パジャマ姿であった。それですら麗しい。魔王はよくこんな美人を捕まえたな。考えられん……。
人間の思考でマジマジとマミーを観察していると、ちょうど目が合った。
「あら、小さいお客さん……ケルベロス?」
「そうよ。よくわかったわね」
小さくなったので必然的に声は小さくなる。それを見越してアイーダが代弁してくれた。
「パリスのお薬ね。ふふっ、可愛いじゃない」
やめろ可愛い言うな。男子はかっこいいと言われたいものなのだ。
そんは意味を込めて、じっとマミーを見つめるが、ふふと微笑んで視線をアイーダに向けた。
「それで? 今日はどうしたの?」
「ケルベロスと一緒に人間界に行ってくるわ」
「わかったわ」
結構すんなりだな。
俺は少し驚いたが、アイーダは「ありがとう」と嬉しそうに笑っていた。
「送る分の魔力は協力してあげるけど、そうね、お土産が欲しいわね」
「何がいいの?」
うーんと、眉間にシワを寄せ真剣に考え込むマミー。
少しすると思い出したのか、ぱっと顔を上げた。
「あれがいいわ! ガム!」
「ああ、いつものあれね」
「そうよ。察しが良くて助かるわ。丸いガムがいっぱい入ったオレンジ味のあれね♪」
いつになく上機嫌で、マミーはそう注文する。ガムか……俺が全く知らないってことは、もしやマミーこっそり一人で嗜んでたな?
アイーダが「一応」と前置きして尋ねる。
「お父様のは」
「うーん、そうね。いらないんじゃないかしら」
母辛辣っ!
「そうね。面倒だし」
親子よ……。
仕方がない。俺がこっそり買って行ってやろう。……いや、あいつは無断で試練中に俺をもふってたっけな。ちょっと考えよう。
そんな馬鹿なことを真剣に俺も考えていると、いつのまにか話は終わったよう。俺たちは部屋を出て、アイーダがいつも移動に使っているという魔方陣のある部屋へ。
その部屋には部屋の中央にある魔方陣以外なにもない簡素な部屋だった。
「それじゃ、ちょっといじるから降りてなさい」
俺は素直に従い、方を降りる。この姿だと自分の能力は一切使えないので、巨大化を使いたいのもやまやまだが、諦めて石畳の上に着地した。
このサイズだと、いつもは気にしない人工物にも興味がわくから不思議だ。ほう、この石畳はつなぎ目が綺麗に舗装されているな。さすがの技術だ。
しかし、俺がこれから向かうところはさらにすごいところなのだろう。
俺は何やら作業をしているアイーダをみやる。アイーダが魔方陣に触れながら何かを唱えると、魔方陣がいろいろな色に輝いては消える。
しばらくすると納得のいく調整ができたのか、ふうと息を吐いて額の汗を手の甲で拭い、地面にあぐらをかく俺に手を差し出す。俺も無言でその手のひらに乗った。柔らかい。
「では、私の力を貸しましょう」
「ええ、ありがと、お母様」
「どういたしまして。気を付けるのよ? アイーダはもとより、ケルベロスも男の子だからって油断しないこと」
心配そうなマミーに向かって俺は一度うなずく。まあ、俺がそこらのぼんくらに喧嘩で負けるとも思えない。一応魔王軍幹部だからな。だが、もちろん警戒はしよう。
何しろ、これから俺がおとずれるのは、全くの未知の場所。大森林などとは比べものにならないほどの異世界なのだから。
俺は自然と緊張した体をほぐすように、首を鳴らす。
「それじゃ、行くわよ。ケルベロス」
「任せた」
耳元でそう呟くと、「くすぐったいわね」と苦笑いするアイーダ。ちょっと悪戯ができた気がして得をした気分だ。
それはともかく、アイーダは魔方陣の真ん中に立って、呪文を唱えた。
「じゃ、行ってきます」
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
控えめに言った俺の言葉は届いていただろうか。
俺は久しぶりに母に送り出される感覚に、むずがゆさを覚えたのだった。
そして、視界が白く染まる――
シクル「最後まで呼んでくれてありがとう。ど、どうだった? 人間界か。うらやましいが、なかなか王女様女王様に迷惑は……。無理だ、卒倒してしまう。じ、次回もよろしくな」