九十四話 番犬、緊張する
グレン「おっす! 今日は俺っす! なんで最近一章ぐらいでしか出番の無かったサブキャラが出ているんっすかね。まあ予想はつくっすよ! それじゃ、本編っす!」
別に今までだって意識していなかったわけじゃない。
俺はアイーダのことを昔から可愛いと思っていたし、ツンケンしている性格も好きだ。
だから、別にいつもは意識していなかったなんてことはない。ましてや、人の姿ならばなおさら。
しかし、パリスに話を聞いた今は、もう意識するしないの話じゃない。
目が追ってしまうのだ。
一言も喋らず固まっている俺に、アイーダがどこか気まずそうに身をよじる。
「……そんな見られても困るんだけど」
「っ、あぁ、すまない」
いかん、見とれていた。今はその思考も否定はしない。
例えばこんなところに意識がいってしまう。
膝上までのスカート。右耳に輝くピアス。化粧の施された顔。ゴシックな服。
どれもこれも、一度は見たことがある、なんてことのない服装なはずなのだ。
だがどうしてだ。胸の動悸が収まらない。
視線だけさまよわせていると、アイーダが口を開いた。
「で、ケルベロスはどうしてここにいるのよ」
「……橋の前でパリスに会ってな。ちょっと訊きたいことがあって、邪魔した」
「へーえ。訊きたいことって?」
……それは答えられないなぁ。
俺はなんて返したらいいかもわからずに、ただそっぽを向いた。その時意識して見ないようにしていたパリスと目が合う。
瞬間。ニヤリと悪魔のような微笑みを浮かべたのだ。
「そーだ! アイーダ。ケルベロスと出かけてきてよ。ボクの方もちょっと調べないといけないことがあってさ」
「そうなの? まあ、いいけど……って、ケルベロスとはつい最近も出かけたんだけどね」
絶対パリスの方は嘘だ。楽しんでやがる。くっ、あとで覚悟しておけよ……。
そんな念を込めてパリスをじとっとにらむが、へらっと受け流された。効果なし。番犬のプライドよ……。
俺は観念して視線をパリスから逸らした。その拍子に今度はアイーダが視界に入る。刹那、反射的に視線を逸らす。
一人だけ意識してるみたいで、き、気まずいな……。
あまりの気まずさに頬をポリポリとかく。
「ま、いいわ。行きましょうよ、ケルベロス」
「ん? あ、おう」
突然名前を呼ばれて、びっくりして変な上ずった声が出てしまう。
パリスはやっぱりそれを楽しそうにみて、更には余計な一言まで添えてくれた。
「あ、そうだ。アイーダ、ケルベロスの服でも見てあげなよ。ケルベロス、オシャレ感覚麻痺してるから」
「うるさいな。犬にわかるわけないだろう」
俺にはまだ人間の美的感覚がさっぱりわからないのだ。だから、シンプルに無地のシャツにズボンのスタイルしかない。
その点、アイーダは人間界の進んだ最先端の服装で、素晴らしいほどオシャレだ。素人目でもわかるぐらい。
アイーダは頷く。
「いいわよ。と、言ってもこの世界の服ってやっぱりレパートリーが無いのよね。ってことで」
パチンとアイーダが手を叩く。
「人間界に行きましょ」
「二人も連れていくのは無理なんじゃなかったか」
「んー、考えたのだけれど、ほら、小さくする薬」
そこまで言われて俺は思い出した。
パリスと久しぶりに会った時に使われたあれか。
「人の姿にも効くのか?」
俺はパリスに横目で尋ねる。少し考えて、パリスが口を開いた。
「うん、効くと思うよ。そんなボクもピンポイントにしか効果がないような薬は作らないし」
製作者が大丈夫というのならば、きっと大丈夫……だよな?
「あとは、お母様から少しだけ魔力をわけてもらえばいいわ。帰る時は世界の理に任せてすぐ帰れるし」
世界の理……なんか複雑なことになってきたな。
そして今さら考えが追いつく。
「……人間界か」
「ええ。そうね、時代は……平成後期の日本でいいかしらね」
ヘイセイコウキノニホン……。ダメださっぱりわからない。もうアイーダに任せよう。
そう自分の戦力外通告を受け入れると、パリスが何かをとってきた。
それは、何回か見たことがある白い粉末。
「はい、スモール粉」
「ネーミングセンスはどうにかならないのか」
「それ全く同じこと言ってるよね……最初にボクがこれを説明した時と」
そりゃ、その時から名前を変えないパリスが悪いだろう。こんなセンスでいいのか科学者。むしろこいつの方が俺よりオシャレセンスないんじゃ……。
いろいろ思うことはあるが、まあ言葉にするのは後にしてやろう。いろいろのお返しだ。
「じゃ、アイーダ。エスコートを頼むぞ」
「はいはい。本当は男の人がするんだけどね」
「今度美味くてオシャレなお店紹介するよ」
「ん、なら許すわ。今度行きましょ」
そう言って俺たちは笑い合う。
ずっと一緒に過ごしてきたのだ。友情は固い。
それを、崩さねばならないのだろうか。
いろいろな思いを抱えながら、俺たちは研究室を出る。
「じゃ、行ってくるわ」
「ありがとうな、パリス」
「はいはい。楽しんでおいでー」
そういうパリスが一番楽しそうなのはどうしてか。
そんなことを考えながら、俺たちはあの気持ちいい扉に吸い込まれていくのだった。
グレン「最後まで読んでくれてありがとうっす! どうだったっすか? なんか面白い展開っすねぇ。多分ここの後書きに来てるみんなもそう言うと思うっすけど! あ、あと今日はもう一話、いつもの時間に投稿するっす! よかったらそっちもよろしくっす!」