一話 番犬 ケルベロス
思わず力が抜けてしまう。そんな、ほのぼのとしたお話となっています。
どうぞ、まったりしていってください。
~ロスト大陸 魔王城街 魔王城 魔王の間~
「ま、魔王様・・・・・・。それは・・・・・・」
その場にいる魔王の幹部一同が、玉座に座る魔王の腕の中で眠る”それ”を目にして驚愕する。
「うむ。なぜか我の庭で眠っていたのでな、拾って来たのだ。どうじゃ? かわいらしいじゃろう?」
魔王が誇らしげに見せびらかす”それ”は、一匹のかわいらしい黒い子犬。
「それはそうなのですが、い、いったいどうするおつもりで?」
「む? どうするもなにも、我が飼うに決まっておるだろう。ほれ、こんなかわいらしい生き物滅多にこの辺じゃあ見つけられんからのう」
「さ、左様で・・・・・・」
一人の幹部がおずおずと引き下がる。
「さてと、名前はどうするかのう・・・・・・」
首を傾げ、真剣に考える魔王。
「・・・・・・よし。決めたぞ! おぬしの名は”ケルベロス”だ!」
おおー、と、棒読みの歓声があがる。
「して、その心は?」
「うむ、こやつからは強大な魔力が感じられる。いずれ立派に成長し、この魔王城の番犬となってもらおう。・・・・・・というのが建前でだな。実際は、単純にこのかわいらしい生き物を、民の皆にも触れ合わせてあげたくてな。ほれ、この辺の犬はゾンビカニスしかおらんであろう? だから、癒しとして・・・・・・な」
まるで、かわいい娘を見るように腕の中の子犬を見つめる。
「よろしくな。ケルベロス」
満面の笑みを浮かべる魔王。
「クゥーン」
それに答えるかのように身をよじり、小さな声を上げるケルベロスだった。
時は流れ、三百年後————
魔王城と魔王街をつなぐ橋の魔王街側。
番犬である俺の朝は早い。
まだ日が昇り始めて間もない時間。
重たい体をゆっくりと起こし、馬小屋よりも一回り大きい小屋から出て一度体を伸ばす。そして、大きく息を吸い・・・・・・。
「ワオォーーーーーーーーーン!」
低く響く、大きな遠吠えが魔王城の前に栄える、この魔王街に響き渡る。
そして、この遠吠えを合図に、各家々の光がともり、魔王城の前の大通りの商店の人々があわただしく出入りする。
もちろん。それは、俺の後ろにそびえたつ魔王城も同じで、兵隊の小屋からは時折、大きな声が聞こえてくる。
俺がこの城の番犬となってから二百年。ずっと続く風習である。
魔王に拾われてから百年。番犬となってから二百年。俺も、長く生きているものだ。
毛は長くふさふさとしたものになり、横に垂れる長い耳。体もかなり大きくなり、顔つきは凛々しくなった。
と、魔王城につながる橋から大勢の兵隊がやってくる音が聞こえる。
「ケルベロスさんおはようございます」
『おう。おはよう』
さすがに人の言葉は話せないので、テレパシーで話す俺。
話しかけてきたのは、この風習がなじんでからの長い付き合いである、魔王軍の部隊長。
「今日もちょっとだけよろしいでしょうか?」
『ああ。もちろんだよ』
そして、これも俺がここについてからの習慣。
「では、失礼します・・・・・・」
俺は背筋を正し、首を伸ばして首元をさらけ出す。
そこに、部隊長が飛び込んできた。
「ああ・・・・・・。このもふもふ・・・・・・癒されますわ・・・・・・」
完全に脱力しきった声が漏れ出ているぞ。
と、こちらを見る兵隊たちの視線に気づく。
『できれば、一斉に来てもらった方が助かるんだがな』
「は、はい! ”癒しのケルベロス”様! 失礼します!」
おい、なんだ癒しのケルベロスって。
兵隊たちが次々と俺の体に飛び込んでくる。
「はあ・・・・・・。いいっすわ・・・・・・」
正直に言っていいか、なんでこいつら鎧着て飛び込んでくるんだよ。ちょっと痛いんだが。
『おい。そろそろいいだろ』
「あ、はい!」
俺の声を聞いて、慌てて離れる兵隊たち。
『なあ、今度からはちゃんと鎧外してきてくれないか? ちょっと痛いからさ』
「は! 承知しました! ありがとうございました! それでは、失礼します!」
『おーう。頑張れよ』
魔王街の大通りを通り、郊外へ向かう兵隊たちを見送る。
さて、次は飯だな・・・・・・。
のっそりとした歩調で、長い橋の上を歩いて城へ向かう。
「おはようございます! ケルベロス様!」
『おはよう』
門の前に立つ門番とあいさつを交わし、城の中へと入る。
「あら、ケルベロスじゃないの」
『やあ、マミー』
出迎えてくれたのは、ディープピンクの長髪に、美しく整った綺麗な顔。妖精族であるカミラは美しい純白の肌で、とがった耳をしている。そして、髪の色によく映える青色のドレスに身を包んだ、魔王の奥さんであり、俺を魔王と育ててくれた、俺の母のような存在であるカミラだ。
「どうかしたの?」
『ああ、そろそろ飯が食べたくてな』
俺の体は便利にできており、食事は三日に一度ほどでよく、いつも腹が減ったら昼に食べに来るのだが、今日は珍しくおなかが空いた。
「そう。朝に来るなんて珍しいわね。待ってて、今用意するわ」
『ああ。ありがとう』
「と、その前に・・・・・・」
カミラがこちらを向いて、腕を広げる。
「ちょっとだけ・・・・・・ね?」
『わかってるさ』
兵隊たちにしたように、首元をさらけ出す。
そこに、ポフッっと、カミラが俺の毛並みの中にうずくまる。
「ふふっ。気持ちいわ」
幸せそうな笑顔でそう言うカミラ。
『・・・・・・幸せそうでなによりだよ』
「そうね。幸せよ」
そう微笑むカミラ。
「さて、いつまでもこうしてはいられないわね。朝食を持ってくるわ。ちょっと待っててね」
『ああ、よろしく頼む』
そう言って、カミラが調理室へと駆け込んでいく。
まったく、いつまでたっても変わらない方だ。
ああ見えて、彼女ももう五百歳を超えているはずだ。
なのに、いつまでたってもその美貌が衰える様子がないとはな。
しばらくして、調理室からいい匂いが漂ってきた。そろそろだろうか・・・・・・。
「はーい、ケルベロス。朝食持って来たわよ」
一つの大きなワゴンに乗っけられた朝食が俺のもとへと運ばれる。
「か、カミラ様・・・・・・。そんな、あなた様の手をわざわざ煩わせるなど・・・・・・」
「いいのよ。気にしなくて。ケルベロスは自分の子供みたいなものなんだから。大丈夫だから、下がりなさい」
「は、はい・・・・・・」
一人のシェフが、カミラにそう言われ、調理室へと戻っていく。
「まったく。うちの作業員はみんなおせっかいが過ぎるきがするわ」
『いいじゃないか。それだけ忠実なんだから』
「そうかしらねえ・・・・・・」
ほう。と、ため息をつくカミラ。
「さ、もうちょっと話していたいところだけど、私もちょっと予定があるのよ」
『こんな朝からか?』
「そうなの。なんだか、人間たちの動きが最近活発になっているらしいのよね。・・・・・・あなたも気をつけてね」
『ああ、ありがとうよ』
「じゃあね。愛してるわ」
そう言って、カミラは上の階への階段を昇って行った。
さて、俺も冷めないうちにこの朝食を食べるとしようか。
出された食事を、器用に舌でからめとり、口を汚さずに食べていく。
それにしても、人間か・・・・・・。気になるな。
まあ、ここまでくるものはこの三百年間ほとんどいなかったし、大丈夫だろう。
朝食を済まし、また元の位置へと戻る。そして、いつの間にか太陽は頂点に達し昼に。
『そこのばあちゃん。重そうな荷物持ってるな。家まで送ろうか?』
「ほっほっほ。番犬様に気遣われるとわ。恐れ多いのう。大丈夫じゃよ。それに、待ち合わせがあるのでのう」
『そうかい。腰に気を付けなよ』
「ありがとうのお」
重そうな荷物を持った、小さな角の生えたばあさんを見送る。
魔王城の堀の周りは石畳の道路が整備されており、商店もたくさんあるため、昼時のこの辺りはとても人通りが多くなる。
それは、宙を浮くシルフに、角の生えた鬼族や悪魔たち。妖精に悪魔に妖怪と呼ばれるものまで、多種多様な生き物たちだ。
見ているだけでも飽きないのだが、季節は春。大通りの物音や声と、心地よい日差しが、俺を眠りへといざなう。
・・・・・・昼寝でもするかな。
小屋にも入らず、橋のすぐそばでうずくまり、俺は眠りに落ちる・・・・・・。
・・・・・・どれほど寝ただろうか。
日の傾きを確認するために、首を起こす。
『・・・・・・なんだ、小僧ども』
「わっ! 起きた・・・・・・」
俺の周りを複数の子供が囲んで、興味深げにこちらを見ている。
「わー。でっかーい」
「もふもふー」
「気持ちいいー」
まったく、こいつらは人の体でキャッキャキャッキャと・・・・・・。
「ねーねーワンちゃん何さーい?」
「かっこいい・・・・・・!」
「ぎゅってさせてー」
好奇心旺盛でいいことだが、これはさすがに疲れるな・・・・・・。
『ぎゅってしたいなら勝手にしていいぞ。あと、俺は一応三百十六歳だ』
「三百歳?!」
驚いた表情でこちらを向く子供たち。
「すごーい!」
「ずっとここにいるのー?」
「何してるのー?」
『ここで悪いやつがお城に入ってこないか見てるんだよ』
「寝てたのにー?」
「ぐっすりだったよねー」
「ねー」
うっ。確かに・・・・・・。
そう言えば、最近はすっかり番犬であることを忘れて散歩とかにも勝手に行っていたな・・・・・・。
しっかりしなければ。
おっと。そういえば、日の傾きを見に来たんだった。
もうすでに日は赤く輝き、遠くの山に隠れ始めている。
『ほら、小僧ども。もうじき夜になるぞ。家に帰ったらどうだ』
「やだー。まだモフモフしてるー」
「するー」
のっそりと立ち上がる俺に、子供たちがくっついて離れない。
・・・・・・はあ。仕方がない。
『ほら、お前たちの家まで送ってやるから上に乗れ』
「えー? いいのー?」
『どうせこのまま離れてくれないだろう?』
「まーねー。へへっ」
「僕のおうちあっちー」
「わたしこっちー」
みんな笑顔で嬉しそうにはしゃいでいる。
『わかったわかった。じゃあ、お前のうちから行くからな。あと、毛を引っ張らないでくれ。痛いから』
「はーい」
ゆったりとした歩調で、子供たちの家々を回っていく。
親と思しき人たちがみんな驚いた表情をしていたのが忘れられないがな。
『ほれ、小僧。お前が最後だぞ』
「へへー。気持ちいい・・・・・・」
こうも脱力仕切ってもらうと、気持ちよさのあまり昇天してしまわないか心配になる。
というか、どんだけ俺の体気持ちいいんだよ。すごい気になる。
「ねーねー」
『ん? なんだ?』
「名前なんてゆーのー?」
『ケルベロスだ』
「じゃあさー。また今度来てもいいー?」
『ああ、もちろんさ』
「へへー。ありがと・・・・・・」
そして、静かな吐息が聞こえてくる。
・・・・・・寝よったな。
まあいい。このまま送り届けよう。
久々に子供とかかわったが、たまにはこんな日も悪くない。
最後までお読みいただきありがとうございます。いかがだったでしょうか。まったりとした雰囲気が伝わったのなら幸いです。それでは、次回もどうぞよろしくお願いいたします。




