ボソっとタグペタ時空ハッシュ!
「え、ちょっと。マジで?」
不意に流れて来た拡散希望のボソリートを見て、あたしは驚愕した。
『ハッシュタグと言うハッシュタグをつけてリボソリートしてください』。ちかごろ報道されてる神隠し事件、そこに必ず絡んでるのがこのハッシュタグハッシュタグ。
別に答えなければ問題ないって言う話もあるから、スルーすればいいんだけど。こういう変なのって、面白半分でボソッterは手を出しちゃうから神隠しが止まらない。
あたしはこの表示が流れるまで、耐えることに決めて 普通にボソリートを続けることにした。
*****
「あら、真宵さんのところにも来たんですの? 異世界への招待状が」
翌日昼休み。あたしはいつものメンバーで昼食をとっている。今のはオタクのお嬢さま オ嬢の葉月寺覇司魔。
このオ嬢、異世界って奴に並々ならぬ思いがあるらしく、夢をメモし それを見て夢で異世界に行ってるらしい自分を羨むなんて言う妙な癖がある。
そんなオ嬢、神隠しの行く先を異世界だと信じて疑ってないのだ。
「オ嬢……まさかとは思うけど」
「はい、わたくしのところにも流れて来ましたのよ、ハッシュタグハッシュタグが」
目を輝かせて語るオ嬢に、あたしともう一人 黒田章子は苦笑い。
「やめなって。オ嬢、リボソリートする気でしょ?」
「当 然 ですわっ」
「拳握りしめてまで言わなくていいから……」
「あの……実は。わたしも来てて」
「え、マジで? じゃあ、あたしたち三人ともターゲッティングされたってこと? 勘弁してよね」
首を横に振って、あたしは事実を拒否する意思。
「なにを言うんですのもったいないっ。これを逃せばもう、異世界に行けるチャンスなんて訪れないかもしれないじゃございませんかっ!」
「なぁもぉうっさいっ。あんたは異世界について語る時だけ、やたらに声のボリューム上がるんだからっ」
そんなあたしとオ嬢のやりとりを見て、章子はフフフとおしとやかに笑ってる。
「ったく。神隠しなんて、進んでされるもんじゃないでしょうが」
「でも、すごいよね。非科学的なことって、今の時代取りざたされないけど、この神隠しは毎日ニュースで報道してるんだもん」
「実害が。行方不明者が沢山出てるらしいからね。流石に取り上げないわけにはいかないでしょ」
「実害だなんて心外ですわよね、異世界に行くことができると言うのに」
あたしに向けたわけじゃない。これは報道に対する愚痴だ。あたしに言うなら焦点はあたしに向いてるからね。
「悩ましげな息を吐くんじゃない。ほんとに、このオ嬢は……」
あ。こいつ、スマホ取り出した。しまったなぁ、手荷物チェックしとけばよかった。
オ嬢って、文武両道と書いてオタク格闘娘だから、こうなったらあたしたちじゃスマホ取り上げんの無理なんだよねぇ。
ハッシュタグリボソリートしないように祈るしかないな、こりゃ。
「フフフ、真宵さん。無駄ですわよ。荷物をチェックしたところで、わたくしはスマホを取られる前にスルっと退避してしまいますから」
「心読むんじゃないわよ」
「目線でバレバレですわよ。さーてと」
嬉しそうな声でスマホを操作するオ嬢。正面から彼女の手元とスマホの画面を覗き見る。やっぱそうだ、ボソッターにアクセスしてる。
「だから、やめなさいって。ん? 原水瀬椀子? ……誰、それ?」
普通にボソリートしてほっとする。
「あら、よく知っているはずですわよ。わたくしのメイドのセバスちゃんのフルネームですわ」
「へぇ、そんな名前だったんだ、って え。フルネーム?」
「ええ。本名です」
「ボソッターで本名。勇気あるんだね、セバスちゃんって」
章子が驚いたような、若干ヒいたような声でぎこちなく笑んでる。
「あたしもそう思う」
「セバスちゃん曰く、名前を隠すような恥ずかしい人生を送っているつもりはございませんので、だそうですわ」
「「そういうことじゃないんだけどなぁ、ハンドルネームって」」
身バレしたら、自分以外に迷惑かかるとか考えないんだろうか。
「ってこらオ嬢っ。なんて内容ボソリートしてんのよっ」
「だって、これから異世界に行くのですもの。伝えておかなくては」
「そうです」
「うわっ?」「えっ?」
突然オ嬢の真左に現れたセバスちゃんに、あたしも章子もびっくりだ。真っ黒いメイド服に釣り目の黒縁メガネで背の高い人。
「お嬢様の夢が叶う瞬間、見届けなくては」
「相変わらずの登場ですわねセバスちゃん」
「もしかして。セバスちゃんへのボソリートって、召喚魔法かなんかなんじゃ?」
「お嬢様。後のことはわたくしめにお任せください。たとえお戻りになられなくとも、フォローは万全にございます」
なんのフォローよ、なんの。
「流石ですわね。では、参りましょうか」
冷静にしてるように見えるけど、顔がちょっと赤いんだよね。興奮してるよこいつ。
「その手の動き……! こんの異世界バカはほんとにっ!」
「はしまちゃんっ!」
ようやく章子が事態の緊急度合を理解したらしい。遅いってば。
「では。皆様。ごきげんよう」
そう言うと、オ嬢はリボソリートを完了してしまった。なにこのスルー力っ!
「ってこら! あんたはなにしてんのよっ自分の主が消え去ろうって時に!」
すごい勢いで写メを撮ってる音がした、音の出所はオ嬢の真横。だからあたしは思わず大声になってしまったのだ。
「お嬢様の見納めです。それに、このままシャッター連打を続けていれば神隠しの瞬間をとらえられます。この映像は高く売れますよ」
「あのねぇ」
知らず声にドスが効いてしまった。あんまりにもあんまりな言いぐさだったんで、頭に来ちゃったんだよね。
「“冗句”ですよ。ユーモアのない方ですね」
「真顔で言うから悪いんでしょうが」
とかやってたら。オ嬢とスマホの間の景色が突然ぼやけた。今度はあたしたちも写メ連打、まるで記者会見だ。
「サリュー、アナザーワールド」
ニコリ。ほんとに嬉しそうな笑顔を残して、本当に……本当にオ嬢は。
ーー覇司魔は、あたしたちの目の前から。本当に、信じられないけど本当に、忽然と姿を消してしまった。
「オ嬢?」
記者会見は終わった。終わってしまった。
「はしまちゃん?」
ぼんやりと誰もいない空間を見つめるあたしたち。
「お嬢様。本当に、スマホだけを残して。旅立たれてしまったのですね」
重たい息で、セバスちゃんが言った。そして、オ嬢のスマホを拾い上げると、大事そうにメイド服の内ポケットにしまいこんだ。
「や。やめてよ、そんな死んだみたいな言い方」
「ジョークですよ」
「真顔で言うのやめてっていってんでしょうが」
「ね。ねえ、みっちゃん。どうしよう?」
「ど……どうしようったって……」
すがるような目で問いかけて来た章子に、あたしは答えを返せない。
「お二人に、お願いがあります」
少しの後。困り果てた沈黙を破るように、少しだけ低い真剣な声で、セバスちゃんがあたしたちを見て言った。釣り目が少しだけ歪んでいる。
「お嬢様を、追いかけてはいただけませんか?」
「え、でも」
「そうだよ、あたしは一人暮らしだからいいけど」
遠回しに拒否を示すあたしだけど、歪んだまんまのセバスちゃんの釣り目が心に刺さって最後まで言い切れない。
「大丈夫です。この学校に、どなたがいるとお思いですか?」
言葉の途中でそれ以上言うなと、あたしは右手を左右に大きく振る。
「わかった」
セバスちゃんが深々と頭を下げてきた。
「みっちゃんっ?!」
「泣きそうな顔されて、いいえ、なんて、言える?」
柔らかく言ったら、「それは……」って小さく首を横に振った。
「ありがとうございます」
メガネを外して90度お辞儀したセバスちゃんに一つ頷く。
「フォロー頼むわよ」
「お任せを」
「……おねがいしますね」
章子、決意したみたいね。二人でリボソリートする。
少しするとオ嬢の時と同じように、あたしと章子の前の空間がぼやけた。
「「いってきます」」
「いってらっしゃいませ」
セバスちゃんの声を聞いた直後。あたしはまるで吸い込まれるように、ぼやけた景色に包まれて行った。
*****
「ん。ついた、みたいね」
まるでカーテンを開けるみたいに視界が開けると、そこは知らない町だった。見える建物は木造が主で高さはそれほどない。ファンタジー世界って、たぶんこんな感じかなと思う。
「よかった、みっちゃんの近くで」
左横から安堵した章子の声。それにはあたしも頷く。
「で? あれは、なによ」
指差した先では、よくわからない けどよく知った奴がいた。
「トゥインクルサムライ 覇司魔。いざ、参りますわっ!」
いつもの黒髪ストレートロングをポニーテールにまとめた、異世界話をする時のやっかましい声だ。
「ねえ、みっちゃん。あれ、……はしまちゃん、だよね?」
「そのはず。あの、いかにも鎧武者って感じのコスチュームと、刀っぽいのはなんなのよ? って言うか、刀も使えたんだ」
「鎧が銀色の星でキラキラしててまぶしいよ」
「刀みたいの、おもちゃみたいに軽々扱ってるわね。相手は獣かしら、そんな声だし」
「……あれ?」
「どしたの?」
「わたし。なんでちっちゃいキーボード持ってるんだろ?」
「……え?」
言われて章子を見れば、たしかにそんな状態だった。鉄っぽい手袋をはめてて、その先には台座のくっついた子供用キーボードみたいな物。キーボードって言っても楽器の方ね。
「ほんとだ。あれ、じゃああたしだけ丸腰?」
体を動かしてみれば、なんだか妙に軽い。
なんの気なしにパンチを出してみたら予想以上の勢いで、軽くふらっとなった。で、そのパンチの軌跡を、衝撃波的な物がなぞって飛んだ。
「……ナニコレ?」
「みっちゃん、すごい」
自分の拳を見ながら、あたしはふっと一息吐いた。
「運命的な出会いなんて。そんなの、恋だけで充分だって」
真正面で、まだ大暴れしてる異世界バカを見て、あたしはまた一つ 息を吐くのだった。
おわり。