4話 考える人 前編
俺は、この世界に召喚された。
理由はわからない。でも、『わからない』で終わってはだめな気がする…。
召喚されたってことは、召喚した人もいるってことで、俺はこの世界で何かをしなくてはならない――。
なのに、なんだ!俺は今、町はずれの美術館の係員をすることになっちまった…。
というより、美術館では、何をするんだ…。とことん描くことに入り浸っていた俺には、美術館の裏のことまで、知らなかった。
急いでミーナさんからの教えをもとに個室に行き、学芸員の制服に着替えた。
俺がワシタカさんのもとへ戻った時は、もうお客さんは、入ってきており、半満員状態だった。
「ワシタカさん!準備できました!」
ん?ミーナさんがいないぞ…。俺はミーナさんと一緒ではないのか…。
「ミーナとは配属先は違いますぞ。」
うっ、図星……。
「お主には、主に力仕事を任せてもよいだろうか?」
力仕事…最近運動はできていないが…。学生時代は、かなり動いていた方だし、決してガリガリで根暗ほどではないと自負している。やってみるか。
すると、急にワシタカさんの顔が一変し、
「無論、仕事を不真面目に行う輩は徹底的に始末するつもりじゃからな。」
……普段の優しそうな顔からの、この狂気じみた顔とのギャップは強烈な恐怖を覚えた。
やべぇ、真面目にやろう。
そして俺は、来月に控える、イベントに飾る絵画を、慎重に運んでいく。しかしこれが苦痛だとは思わなかった。というより、楽しかった。
運ぶ度に段ボール箱から、ちらちら見える絵にはとてもわくわくした。今からでも、立ち止まり、段ボールを破り捨て、中身を見たいくらいに。
俺はそうやって、運び、運び、運び、運び続ける。
すると、ワシタカさんがこちらに近づいてきた。
「タツヤさん!素晴らしい活躍ぶりですな!君を見て、他の学芸員も更に奮闘しているようですぞ!」
なんでこの人、こんな褒めてくれるんだ…。
言われてみれば、開館時間が、10時だったが、もう2時間半が過ぎていた。
俺はこんなに動いていたのか…。
「そしたらタツヤさん、休憩に入りましょうか。」
休憩…。その言葉を聞いた途端、疲れがどっと、俺を襲ってきた。
あぁ、眠たい…。部屋に行ったら寝よう…。
「タツヤさん!ちょっと待ってくれ!お主に休憩の前に一つ頼みたいことがあるんじゃ!これだけすましてくれんかのう?」
おい…マジかよ…一度スイッチが切れたら、また入るのに時間かかっちまうじゃねぇか…。
さっきまでは時間を忘れられていたのに、今は一分一秒にとても重みを感じる。それで…頼み事とは…。
「奥部屋にかなり大きい銅像作品があるんじゃ…。それだけ、運んでくれんかのう?その部屋は、これから使おうと思ってるんじゃ…。」
銅像作品…今までは絵画だったから、運ぶのは割と楽だったのに…。
台車を使っていいとはいえ、二次元から三次元は流石にしんどい…。
俺はワシタカさんの指示に従い、奥部屋に向かう。
しかし、異様に長い。ただでさえ、展覧室も大きかったのに、準備室もこんなに部屋が多くて、この美術館はどれだけ大きいんだと、感じる。
曲がり、曲がり、曲がり続けると、それらしき部屋があり、その中には、銅像があった。しかし、この銅像は何か見覚えが…これは…。
「ロダンの…考える人…。」
その立ち振る舞いは正に男の中の漢!本来はダンテの『神曲』を題材として作られ、『地獄の門』という名称だったが、現代では、今のような名称で親しまれている。銅で作られたとは思えない、たくましくて、光り輝く艶は、ロダンの最高傑作と言ってもいいくらいだ!
だが、この作品もまた、全部が全部考える人ではない、恐らくこれは…
ペリカン……?ペリカンのような顔立ち…。しかし、体はムキムキの…いや、翼は生えている!
これは…『考える人~ムキムキのペリカンver~』とでも名付けようか…。
そんな異質な作品を俺は台車に乗せ、運ぶ。
おかしい…またこれだ…作品を見なくなった途端、急に眠気が…
うとうとしながら、俺は運ぶ。すると、俺の目の前には、なんとミーナさんがいた!
俺は眠気が吹っ飛び、声をかけた!
「!!!!!!ミーナさぁぁぁん!!!」
「えっ!!!タツヤ君!!!危ないッ!!!」
え………。
そのとき、何かが割れるような、非常に高い衝撃音が鳴り響く。
俺は恐る恐る目を開ける。
そこには、バラバラになったムキムキのペリカンがいた―――――――――。