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第八話 調剤の話、計数調剤編

 オーダリングシステムより以前の話です。つまり昭和の昔話。

 当時の処方箋は手書きでした。そして私は医師の方々の書かれる文字があまりに崩れすぎて……いや達筆すぎて読めませんでした。この字は……なんと読むのだろうか……先輩は冷たかったです。

「先生の汚い字が読めないと仕事にならないよ。早く先生の字のくせを覚えるようにね」


 医師も忙しいのでどうしても処方箋は短い時間で書くように工夫されているのでしょう。字のくせを覚えないと確かに仕事にならない。それには、調剤をこなしてその字に慣れるしかありません。

 しかし慣れは偉大です。


 先生の専門と前後の処方薬から薬を読み取る、Do = ドゥ処方といって前回の処方と全く同じであれば、紙製のカルテを取り寄せて一番最初に記載された先生の文字をたどります。当時はカルテを整理して届けたりしてくださるカルテ専属の事務員さんがいました。人事的には豊富で今では信じられない手作りの医療、な感じです。

 薬局員全員が絶対に読めないときは、医師当人のところまでカルテをもっていって「コレなんて書いてあるのですか」 と聞きにいきます。医師は「ごめんね、◎◎だよ」 と教えてくれます。でもそこまでいくのはまれでした。

 私は長じて、読めない、先生に連絡しようにも捕まらないというときには、困り顔のデジレントや医事の人からコレなんと読みますかねーとカルテの文字の判読を要求されるまで上手になりました。

 医師に対しては皆忙しいのがわかっているので、薬剤師も看護師も検査技師も誰一人「もっと丁寧にカルテや処方箋を書こうよ!」 と面と向かって言える勇者はいなかったのです。



 処方箋が来たらまず、処方監査です。処方にミスがないかをチェックします。出るはずのない薬、薬の量があっているか、たとえば通常これは一日三錠までなのに九錠と書いていたり。製薬会社の添付文書にない効能を見越して処方や量を書く先生もいるので、念のために確認するのです。

 それでOKが出たら薬袋を作成します。当時は薬袋も手書きでしたのでペンを持ちます。薬の形態によって、大小袋のサイズを変えて用法を書いていきます。一日三回毎食後など汎用される服薬法の場合でしたらマルをつけるようにはなっていました。それ以外は手書きです。

 処方監査にひっかかったら、その科の短縮番号を押して疑義照会をかけます。待っている間も処方箋が来ますので、別のを次々にさばいていきます。基本は薬局に受け付けた順番に調剤しますが、モノによっては遅くなったり、早くなったりするのはそういうわけです。


 薬袋の名前を書くのはたいてい事務員さんか実習生の仕事でした。今のように印刷された薬袋がすっとできあがりません。力をこめて名前を書きすぎて腱鞘炎のようになった学生さんもいました。それから処方箋がわけられていきます。

 曰く、計数調剤と計量調剤、液剤、外用の調整です。それぞれ週ごとに役割が変わっていきました。新人はまず計数といって、薬を数えるだけで調剤がすむものを与えられます。

 次に計量、これは散薬を電子はかりで計量して分包機にかけていく。時には液剤も。つまり水薬です。冬の季節は咳止めの飲み薬が多くでますので、あらかじめ作っておきます。長期投与の液剤などもあり、他科にわたり多種多様です。

 外用は軟膏の練り合わせなど。消毒薬の滅菌、そして麻薬調剤も。病院によってはフェーズⅢ、もしくはⅣの治験という新規採用、発売前の実験薬もありました。


 最初にまわされた計数調剤もこなしていくうちに、単位数や錠剤の形態などを覚えていくわけです。十㎎と二十㎎、同じ名前でも錠剤もあればカプセルもあります。よく似た名前もあります。取り違えると大変です。ちょうど私の新人時代にミケランとメプチンの取り違え事件で患者さんが死亡するという事件がありました。死亡した患者さんはまだ未成年で大きく報道されていました。

 そこの病院は錠剤をあいうえお順にしていたとかで上下で隣り合っていたといいます。報道を受けて、大多数の病院は計量調剤する錠剤の配置を効能別にしたと思います。つまり循環器内科薬関係ならそればかりかためておくなどですね。もちろん劇薬や毒薬の扱いは厳重です。





(著者注:現在では効能別配置よりも、あいうえお順に配置しているところも多いです。なぜならば、当直薬剤師が不在である病院が多いから。それと薬剤師以外の調剤補助の人の存在もあります。薬剤師以外が薬を取りに来た場合、場所がわからないと困るなどという理由があるのです。続いて調剤補助員の存在の賛否にもつながりますので、ここでは論じないことにします)





 薬局の最後の砦が、監査役です。その席についたら、出来上がった薬を監査して、最後薬局の受付で患者さんに交付するのです。ですので、調剤ミスがあると、最低限そこでストップしないといけません。大事な仕事です。


 病院によって法的な解釈が違いますが、私のいたところでは、調剤ミスがあって、患者にもしものことがあれば、調剤した薬剤師ではなく、監査した薬剤師が一番の責任を負うことになっていました。重大な健康被害までおこしてしまったら、もちろん薬局長の責任になります。死亡事件までに至ると病院長や、その上にある地位ある都道府県知事さんの責任です。薬による健康被害はその薬を発売していた製薬会社や、認可した国の責任になります。


 幸いそこまでの大事件を起こしたことはないですが、錠剤の数を少なく渡す、似た名前の薬を間違ったまま監査を通してしまったことがあります。調剤ミスは、外来の場合患者さんもしくはその家族からの電話があって初めて判明します。その間、誰が監査したのか、昨日もしくは一昨日の処方箋の束を引っ張り出して、患者さんの処方箋を探します。そして監査者は誰かを見るんですよねー。処方箋は今と違って、院外で通用するのもではなく、その病院だけに流通するものでしたので、医師の先生方の華麗な字体のその一番下に調剤印そして監査印が誰かをみるわけです。


 その監査印が自分であると、うわー……です。患者さんに電話を入れ、すみませんでしたと謝罪し、事後処理もします。ケースバイケースで、下っ端ではなく薬局長に出張ってもらうこともあります。一度悪性腫瘍の患者さんの薬をコンマ単位で見落として、十分の一少ない量で調剤して渡したことがありました。これは医師からの血液検査の値が期待値ではなく、患者はきちんと指示通り飲んでいて、かつ特異体質でもない。となれば調剤ミス? ……と消去法で薬局に連絡をくださったのです。計量調剤は何をどれだけ計量したか記録に残しますのでコンマを見落として少なく計量してしまったことが判明しました。添付文書外の極小量の人でなのに誰もマーキングせず、処方監査にも私の散薬調剤にも、最終監査にも通ってしまったのです。監査役の先輩が不在だったので調剤者の私と薬局長が指摘してきた医師のいる医局まで謝罪しに行きました。悪性腫瘍の劇薬……十倍多く調剤されるよりましですが、今後は注意してくださいね、とやさしく諭されたことを昨日のように思いだします。この時も患者さんに健康被害は起きず幸いでした。しかし数日間は本当に落ち込みました。もちろんヒヤリハットやインシデント報告もします。局内で回覧しますので名前がばっちり出ます……。院内調剤ですと病棟や看護部、医局などの外部署まで報告書があがるので気分は犯罪者です。幸いに新聞沙汰になったこともなく、患者さんに健康被害を出したことはないですが、これはもう本当によかったと思います。


 これから先も調剤ミスをしないようにと自戒しています。






著者注:ヒヤリハットとインシデント似てるけど微妙に違うのです。インシデント報告の方が事態が重視されます。


◎◎ ヒヤリハット……重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事例の発見をいう。文字通り、「突発的な事象やミスにヒヤリとしたり、ハッとしたりするもの


◎◎インシデント……事故などの危難が発生するおそれのある事態










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