第七話 お薬の交付の話・後編
最初に配属された薬局では、ある程度経験を積んだ薬剤師は時間交代制で外来窓口にいました。ただ渡すだけでは誰でもできます。
薬が入った袋を渡すだけの事務員さんもいます。
薬剤師が配属されるのは、質問をされる可能性があるからです。だから新人は緊張します。患者さんから見たら、新米かそうではないか区別がつきません……。
患者さんも待ちくたびれて薬を受け取ったらさっさと帰る人が多かったです。多分忙しそうな薬局を見て、質問があっても聞きそびれたり、気遣ってそのまま帰ったりされたりしたのではないかと思います。
当時は今のように誰でもアクセスできるパソコンやスマホなんか誰も持っていませんでした。それと白衣を着ている人に質問したら悪いか、失礼か、そういう意識も少しはあったのではないかと思います。医師が今以上に尊敬されていた時代でもありました。その上、昔はまだ景気もよくて、六十歳以上の人は医療費無料でした。年を取れば誰でも医療費無料って、今では信じられないと思いますが、そういう時代でした。
自宅近くの調剤薬局で薬がもらえるように院外処方箋を出していなかった時代ですので、薬の質問よりも、薬を早くくれ、あとどのぐらい時間がかかりますか、という皮肉と怒りをこめた質問が多かったです。
守秘義務範囲内で私が印象に残っている患者さんの話をします。その人は、薬局の窓口で「私の薬だけ出来上がりがいつも遅い、この病院の皆さんは私にだけ意地悪です」 と毎度泣くのです。医事課の受け付け順で薬の受付番号を渡していますので特定の患者さんだけ後回しにするわけがない……被害妄想の入った患者さんで気の毒なのですが、世の中こういう人もいるんだ、と驚きでした。
自分本位な人はいくらでもいますが、病的に言葉で他人を攻撃する人もまたいるのです。はっきりいってどうコミュニケーションをとっていいやら、わかりませんでした。外来受診の人なので、入院までは至らない軽症の患者さんですが、応対にとまどいました。先輩は相手にせず面前で泣かれても無視していました。
ただ毎月定期的に通院されているうちに、なんとなく時間があると窓口で泣く代わりに話をしていかれる時もあります。でもその話がまた毎月同じ。いかに自分が周りの人から不当な目にあってきたか……人目も構わず話すし最後に泣かれました。私には聞くしかありません。同じ話、同じイントネーション、泣きそうになるくだりも同じ……他の患者さんの薬を渡しつつ、あいづちをうちながら他の仕事もこなす……当時は気付かなかったのですが、内気な私でもこうして同じ話で話しかけてくださる患者さんがいたということで、病的な話をする患者さんの免疫がつきました。
そのうちにどんな患者さんにでも(薬の話なら) 露骨にウザがられても話せる度胸がついたと思っています。そのとっかかりがその泣く患者さん……まだ二十代の新人の私にどれほど自分がつらい目にあってきたのか訴えてきた患者さん……思えばこれも上司の配慮だったのではないでしょうか。
恥ずかしながら私は人慣れしてない、内気、自分から話せない新人だったので……その患者さんや出来上がりが遅いと怒鳴る患者さんの対応で、少しずつながらコミュニケーション能力が向上したのではないかと思っております。
病棟にあがると薬剤師は基本一人ですので、どこへ行っても薬局代表です。医師や看護師との会話も増えますし、患者さんを介してカンファレンスで意見を言わないといけなくなります。その助走期間として外来窓口担当はとても大事な期間だったと今にして思います。