第六話 お薬の交付の話・前編
昔は患者にお薬を渡すときは「投薬」 と言っておりました。投薬する窓口のことを「投薬口」 といっていました。しかしある人が、薬を投げると書いて投薬というのは、患者に対して失礼ではないかと言いだしました。でも「投薬」 という言葉は昔からありましたし、こちらには患者を下に見るような意識はない。しかし、それを不快に思う人がいることは確かなので、以後は「投薬」 という言語を使う人は少なくなっています。いずれにしても病人は本人も家族も神経質になっています。できるだけ感じの良い対応を心がけています。(勤務場所によっては服薬指導のことを投薬中ではなく、接客中という薬局もありました)
さて私は子供の時は患者として、長じて二十代、三十代は病院に勤務しました。異動のある職場だったので系列の病院をまわりました。公立とはいえ行政や保健所、研究所には縁がなかったです。病院勤務オンリー……こうなるのが運命なのだろうな、と思っています。
今は調剤薬局ですが病院にいたという履歴があるので、カルテがまわってこなくても(調剤薬局には患者のカルテはまわってこない) 処方箋と患者の会話からある程度の推測がつくというのが、私の強みだと思っています。しかしどこの職場にいても大事なことは二つ。
① 医師からの処方箋を元に、処方箋監査をし、OKが出たら正確に調剤して、患者さんに渡す。
② 交付時、つまりできあがった薬を渡すときも大事で「患者さんに安心して飲んでいただけるように」 する。
だから薬の交付時に何かご質問はありませんか、などと聞きます。服薬に関してこれは絶対に覚えてもらわないといけない事項もあります。例をあげると食前で飲むこと、牛乳で飲まないで、毎週決まった曜日の起床時に飲む薬ですよ、とか。
患者さんによっては交付時の説明を嫌がります。だから短く、でも印象に残るように簡潔に。
それでも人によっては薬をひったくって、走って帰られます。待ちくたびれたのか「遅い」 とただ一言叫ばれ、引き換え番号札を放り投げられたこともあります。そのまま薬の袋をひったくられ、私は驚きつつも「待ってください、まだシップとエンシュアリキッドバニラ味があるのです、ごめんなさい待って」 と叫んだりしました。そして怒っている患者に対して、薬の入った袋や箱を渡します。ちなみに、そこまで元気に怒る人は実は患者本人ではなく、ご家族が多かったです。患者本人とその付き添いは先に帰り、本人から言いつけられて仕方なく、見たくもない薬局前のテレビを見ながら待たれていたのでしょう。
混んでいるときはどの患者さんもいらいらされていて、頭は下げっぱなしです。病院で待ち、会計でも待ち、薬局は最後です。どこでも患者さんは待たないといけません……待たせて申し訳ないことです。特に最初に配属されたころ(昭和時代) は、まだ調剤薬局が極少で、遠方から来られた患者さんが多く、薬をどうにでもその日のうちにもらって帰宅しないといけなかったので尚更でしょう。
急いで帰宅したい方々のため、忘れっぽい方々のため、もしくは本人には理解できないのを想定もしています。ご家族がする薬管理のために一般向けの説明用紙が発売メーカーさんがちゃんと用意しています。しかし薬の袋の中に説明用紙を黙って入れられるのと、ちゃんと目を見て説明されるのとは患者の病気を直そうとする意識、それが服薬が大事だという意識、長じて薬の効果の発現も違いが出ると私は確信しております。
続きます。