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第三十五話 薬剤師の震災話・その四・続続医療ボランティア編

 そのうちの一つ、三宮近くの学校内での即席診療所に行った。

 校内には被災者がいて廊下にじかに布団をしいたりこたつに足を突っ込んでおられた。洗濯物も干してあるし学校という空間の中でそれはまたえらく所帯くさく過去ここで子供たちが行き来していた痕跡は壁に張り出された絵とかみれば一応あるものの異次元の世界に迷い込んだヘンな感覚がした。

 その中の一室でカーテンで区切って一人の医師が診察しておられた。重篤な状態の人はもういないので風邪のひとばっかりだね、とは医師の言葉。あとは環境がかわりすぎて不眠症になったとか。ここで直に眠剤の不正使用車の話を聞く。

「ハルシオンの常用者があちこちの診療所に出没している。同じ人が一日にいろんな即席診療所をまわってもらうんだ。不眠ではなく遊ぶために」

 被災者なのに薬で遊ぶために受診……眠剤の目的外の使用のためにこんな手間暇をかけるジャンキーの人の心理は複雑なものである。遊ぶといっても純粋に楽しむというよりも現実逃避のためであるからこれも一種の被害でもある。が、医療者以外の一般人には理解しがたいだろうと思う。

 こういう時にこそ現実逃避をしてはいけないと思うがそれは部外者の感覚だろう。理解し難くとも医療者である以上はその心情を理解してあげつつ、望む眠剤をあげない方向にもっていかないといけない。

 眠剤に関しては医師も看護師も保険証なしで診察して無償で薬を渡しているのでそういうことはありえる。だが疑うのはよくないしたぶんその人にとっても非常事態には違いないだろうし怪しいとは思っても詮索しにくい。

 医師は話を続けた。

「それと、ですね。薬の名前をしらないまま、いつも飲んでる茶色の薬がほしい、前の白い粉薬が良いとか言いだす人がまた多くてね。とりあえず代わりの薬を出しているがあてずっぽてきな面もあって、あーあ、何もかも早く復旧してほしいなー」 

 ざっくらばんな感じのよれよれの白衣を着た人で、そういって背伸びされた。

 それから患者さんが持っていた用途不明な薬を何の薬か調べたりする。処方箋がなかったので調剤することなく専ら医薬品管理と薬調べだった。


 現在では薬手帳というものがある。患者さんに受診時には手帳持参をと奨励というか当たり前になったのは、この時の経験も生きていると思う。当時は薬手帳なんかなかったから。特に年寄りの人は自分の薬が何かを知らないまま服用されているのが大半だった。過去のカルテなんか見れないし、過去処方箋がわからない故に間に合わせというか対症療法的な薬を服用し、かえって体調を崩した方も多かったのではないか。だから慢性疾患のある人は薬手帳は持っていた方がよい。

 これを書いている平成二十九年の現在、診療報酬の改正で薬手帳ありだと数十円安くなるのは事実。薬手帳は、ないよりはあったほうが絶対良いので、持病ありの人で持ってない人はぜひ作ってください。


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 夜は近くの民宿みたいな場所だった。和室の大部屋だった。ご飯は一日三食あるが全部お弁当だった。無料だったし贅沢言える立場ではないから言わなかったけど、今言うけどお腹がすいていてもあんまりおいしくないお弁当だった。

 同室になった看護師さん達が非常に元気で、夜遅くまでどこかに行っちゃって帰ってこない。残っている人と心配していたら三宮からまっすぐ中華街まで歩いて行ってきたそうだ。道は焼野原でぐちゃぐちゃになっているのに歩いて行ったとはこれいかに。私は驚いて彼女たちに聞いた。

「えー、何もないのに歩いていった? 一体なにしに?」

「あーら、お買いものよ」

「えっ何かモノ売ってんですか? 中華街ってこんな状況でお店やってたのですか?」

「売ってたわよー、家はつぶれていて危ないからバラックみたいなところで露店だして。ほら、これ一本千円の朝鮮ニンジンの栄養ドリンクが三百円だったの! 信じられる? すごいお買い得! さあ、あなたにも一本あげよう!」

「ありがとうございます。千円の朝鮮ニンジンのドリンクが三百円? すごいなあ」

 このドリンクは透明の小さな瓶に入っていてその中にひげの多い白っぽい朝鮮ニンジンが入っていた。これを私は飲まず、実家の父親のお土産にした。看護師さんたちは疲れも見せず話を聞かせてくれた。

「他にもお買い得品がたくさん。華僑の人って偉いよね、話を聞いてみたら震災の翌日からもう営業してるって。私たちが救援にきた看護師だよって言ったら人間助けあわないとっておまけしてくれたのー、私たち迷わず歩いていけたのよ。中華街の方向だけ明るくて人のざわめく声がしてたし」

「そうそう、電気も通じなくてまわりはまっくらなのにね、中華街だけ明るいのよ、どういうわけか水も電気も来るのよね? お店も露店だけど結構あったわよ、私たちぶたまん食べてきちゃったー」

「ステーキ肉もまた激安だったのよ、その場で焼いてくれてねー。どうしてこんなに安いの、儲けがないでしょ、って聞いたら電気があまりこなくて冷凍庫の中のものをくさらせて捨てるぐらいならばこうして焼いて安い値段でお客さんに喜んで食べていってほしいと思っている、そう笑っておっしゃるのよー、ほんと、底力があるというか尊敬してしまったわー」

 ステーキ肉が激安……私も行けばよかった。

 しかし懐中電灯一本でよくまあ無事で帰ってきたもんだ。あとで聞いた話だがこのころ三宮駅辺りは夜に無頼者がたむろして強盗やレイプがあったそうだ。でもあのパワフルな看護師さん達なら悪い奴もよけていっただろう。

 華僑の人たちは大震災の翌日から営業していたという。彼らの底力はこういう緊急時に発揮されるのか。華僑の人も看護師さんもその体力気力恐るべし。どちらも尊敬すべき人々だと思う。そういう人たちが世の中動かしているんだ。神戸もきっと復興するだろう。そう思った。


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