第三話 私が薬剤師を目指したきっかけ
薬剤師を目指したきっかけは単純なものです。つまり私が小さい時に病気をして、毎日病院に通院している時期があったからです。実は私はその期間中は学校へは行っていません。入院するほど悪くはないが、毎日注射を打たないといけなかったのです。そしてその病院の診療は午前中のみでした。
注射自体は看護師さんが上手な人だったので、痛くなかったのですが、注射されるその五分間がとてもイヤでした。私は毎日、処置室の丸い椅子に座ってハリネズミのように緊張しつつ、注射を待っていました。そして終わるとほっとしていました。それから院内にある薬局にいって薬をもらう……当時の院内薬局は電光掲示板なんて存在していません。薬ができあがると、名前を呼ばれます。それまでじっと待つわけです。
待っている間、好奇心の強い私は背伸びをしてカウンターに手を置き、ガラスの窓口のスキマから、色とりどりの薬が並べられているのを、あこがれのまなざしで見つめていました。薬局の薬剤師さんからは毎日のぞきこみにくる子として顔を覚えられていたと思います。
子供でも薬が食べられないのは感覚的にわかっていましたが、とにかく触りたかったのです。見るだけの薬局ですがいつか中に入って思い切り触ってみたい……という思いで薬剤師になったのかもしれません。変わった子どもだったと我ながら思います。今は念願通り毎日好きなだけ触れていますね……。
私の病気に関しては現在も後遺症も残っています。当時は小学生でしたが通院中に年度が終わって大幅なクラス替えがありました。治療に区切りがついて、学校に戻ると私のお友達が一人もいなくなってしまっていました。病気に因んだいじめも経験しました。
先生は前のクラスも新しいクラスも男性で、私の病気のことや、いじめの対応には配慮が欠落していました。女の子は小さいころからグループを作るものです。元々内気だった私は病気でもっと口数の少ない子どもになりました。私を入れてくれるグループはありません。
毎日本を読んで一人で過ごす日々……一人ぼっちでいる私をバカにする子もいましたが、そのうち一人でいる方が楽なことに気づきました。
仲良しさんがいなければ、いないでも平気だと悟って、本ばかり読んでいました。友達が欲しいと切実に思ったことがなく、一人で本を読む方が幸せな子どもになりました。そういう調子だったので、私は変わり者扱いされていました。現在も文章を嬉々として綴って、書き続けていられるのはこの経験から来ています。
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さて時間をすっとばします。
薬学部に入ると親が薬剤師、もしくは薬局経営者だという人がたくさんいました。各地から集まってそれぞれ県人会までありました。薬剤師は看護師さんたちと違って少ないですし、親が同じ職業だと横のつながりがあるでしょう。薬学部がない県だと最初から学生の親同士が知り合いで子ども同士も知り合いというパターンも多いようです。
私はそういった人脈とは無縁でした。私の親も医療従事者ではありません。私は今でも働いていますが、やはり同僚はほとんど親が薬剤師、医師だという人がかなりの確率でいます。最低限でも身内に薬局経営などの医療関係者がいる人がほとんどです。
つまり私はそこでも一人でいました。同じような環境の人と友人になりました。奨学金をもらっている人もいました。皆家庭教師などのアルバイトをしていました。私も進学塾等でアルバイトをしていました。卒業後の進路はばらばらですが、彼女たちは、今でも働いています。先輩方には定年になってもそのまま嘱託として働いている人も多いです。
医師や看護師と同じく薬剤師も免許が必要ですがいざ免許を取ってしまえばそれは国家資格ですので、一生働けます。それが専門職の強みで、年をとっても働ける場所があるということは、とてもありがたいことだと思います。
だから私は若い人が進路に迷ったら、とりあえず医療資格を取ってしまえばどうですか、とアドバイスをしてしまいます。余計なお世話かもしれませんけれど……体力と博愛精神があればなおよしでございます。