第二十九話 薬はなんでも発売されてから(=患者さんが飲んでから)が勝負
え~今回も、今さら何を当たり前のことを書く? と怒られそうな話です。
毎月のように医療機関向けの新薬が発売されています。発売、目白押しです。しかし一般の患者さんには広告は出ませんので、そこが特殊であろうと思います。その上、全部を採用して患者さんに使うわけではありません。病院ごとに、そして診療科ごとにもしくは開業医ごとに数ある新薬から選択して採用します。
新薬は、増える一方です。消える薬は少ないです。近年ジェネリック薬品も扱う会社が増える一方なのでどこの薬局でも薬の在庫や倉庫はパンクしそうなくらいです。
昔は薬なんて本当に植物由来メイン。動物、鉱物由来のモノは少ししかなかった。製薬会社も数が限られていた……それが今はなんでも合成できるから、百花繚乱です。専門家だって覚えきれないぐらいに発売されています。
私たちは新薬情報をインプットするのも仕事です。それはメーカーさんからMRさんや文書や時には勉強会と称して新知識を教えていただきます。
でも新薬は採用してからの方が大事。それとやはり患者自身が飲んでみないと効果はわからぬものです。実感として鳴り物入りで採用されたのはいいが、メーカーのいっているよりも副作用がどうも多いし、重篤だし、というわけでフェイドアウトしたものもあります。これは内服外用注射薬どれもが経験があります。
つまり、実験段階はフェーズⅢやⅣ,Ⅴあります。これだけいろいろやってもなお、臨床実地で使われてはじめてわかる症例があるからです。
仕事ができるある先輩はある新薬が出たら同種のライバル会社のMRにパンフレットを見せて「どうこれ?」 と聞きました。聞かれたMRは言葉に気をつかいながら(狭い世界なので決してけなすことはしない) ◎◎実験の結果が掲載されてないこと、このいいまわしがちょっとひっかかりますねーとか言います。
先輩はなにくわぬ顔でくだんのメーカーのMRに「◎◎のデータがないよな、なんで? どうして?」 と追及します。私はそばで見ていてなるほど、勉強になるなあと感心します。基本MRさんは薬を処方してほしいので、いいことしか言いません。パンフレットの見方も意地悪なやり方ですが、なるほどと思いました。蟲毒という言葉がありますが、まさにそんな感じ。まさか薬局の仕事をしていてそれが思い浮かぶとは思いませんでした。
また無事長年生き残った老舗のお薬でも安心できません。某消炎酵素剤のように何十年間もの重用されていたのに効果なしとして全回収の上、発売中止になりました。未来には何が起こるか皆目わからんというのが正直な本音です。
医師は処方した患者さんに次の診察時には必ず「あの新しい薬はどうでしたか」 と聞きます。私たちも病棟や交付窓口で「どうでしたか」 と聞きます。
MRたちははじめて処方医や薬剤師通じて患者の生の声がわかります。かたずをのんで発売後の動向を注視しています。だから新薬発売にあたって毎度黒伝票や◎◎伝票で▽▽なやり方などで発売数を小手先でごまかしても無駄だと思います。
「よくないねえ、使えんよ」
とばっさり切られることもあります。ある外用剤では期待して使ったのはいいけれど外来で数人の患者から「あればっかり出されるけど、全然よくならないよ。別の皮膚科に行ったらそこの先生からコレあかんやつだよ」 と言われたそうで……私がその医師に正直にその話をしたら次の日から見事に処方されなくなったことがあります。
実は患者は処方してくれる先生には「あの薬は効きません」 というと先生に悪いと思って言わない人がまだかなりいます。遠慮せずにモノいう患者の方がまだ珍しいです。先生の出す薬に不満があっても言わない人は黙って病院を変えますからある意味一番怖いサイレントクレーマーです。
外見上で感想を正直にいうと怒られそうな雰囲気を持つ医師はソンだな、とも思います。にこにこしている方がやっぱり患者さんも言いやすいのではないか。私はあの時告げ口ではないけれど、偶然で言う羽目になったけれど、見た目がちょっとだけ怖い雰囲気を持っている先生だったし……でも毎日診ていて効きがイマイチと感じておられたそうで、別ので使ってみるとおっしゃられていたからあれは私のせいではない。
当の卸の人からは月に数箱出ていたのに急にゼロになったので、なんで? とすごく聞かれまして効きが悪いからと正直に教えてあげたら絶句していた。だけど成績(発売数)が同種に比べて悪いのは事実であの先生は使ってくれて喜んでいたのに、と言ったのでなるほどこれも勉強になったわと思いました……ちなみにその外用剤は細々とながらひっそりとまだ生き残っています。速攻ではないけれど、じんわり効くタイプですね。
ある種の抗がん剤など入院させてから使う薬剤は副作用があることを前提として患者さんにもよく説明して承諾書にサインをしてもらう。今は抗がん剤で吐き気などが予測される場合は、点滴前に先に吐き気止めを飲んでいただくようになっている。
二十年前からその手法はあったが、せいぜい吐き気止めのアンプルを数本点滴に入れるだけですませていた。今は数時間ごとに区切りをつけて内服と点滴でブロックしたりする。そのあたりの計画はやはり長年の経験の積み重ね……つまり先年の患者さんたちの苦労によるものが多い。
副作用は見越したうえでその期待できる本作用を見据えて薬を使う。各種の治療法も日進月歩でまた十年先にはもっと変わっているかと思う。遺伝子治療薬も汎用は限定的です。これからは未知の領域にも入るから私はその進歩を見るためにもできるだけ長生きしたいなあと思っています。




