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第二十八話 精神病院の薬局

 精神病院の思い出話の続きです。前話では成り行き上で「きちがい」 と言う言葉を使いましたが、大丈夫でしょうか。今は言葉の使い方一つで政治家なら辞職です。私は無名ですのでその心配はないですがそれでも見知らぬ人から「傷ついた」 と言われるとつらいので、そのあたりの気配りはしているつもりですが、何か抜けがありましたら遠慮せずご指摘ください。以上前置き。


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 救急外来があったりするところよりは時間がゆるやかです。理由は先のエッセイに書いています。注射薬の扱いが少ないのは大きいです。でも人の口に入り、病状をよくするためのものですから、気を遣う仕事であるのは当然ながら変わりません。

 こちらでも錠剤一括包装をする機械や、散薬分包機は大活躍でした。精神病院の薬局で特徴的なのはやはり精神科だけでしか使わない薬が多いということです。睡眠薬の種類も全種類取り揃えているという感じです。昨今の患者さんはネットで仕入れた知識を基に医師に希望をはっきり言いますし、患者さんによっては無茶なことを言う人もいます。医師には言えないことも、薬剤師にならばいいだろうと言ってくれる人もいますので、私としては正直に己の薬に対する感情をおっしゃってくれる人は大変ありがたいです。


 一例をあげます。

「……薬剤師さん、またこの薬なの? これを飲むと眠くなるので、困る。でもこれを飲まないと入院だと先生が言うの、それも困る」

 こういわれて処方内容を調べます。確かに添付文書よりも過量に処方されているが、適宜増減の許容量ぎりぎり。よく話を聞くと二倍投薬でもなんでもない。そして車を運転する人だったので人身事故こそ起こしてないものの、ガードレールや家の駐車場にある犬小屋を壊したりされていた。

 薬局で協議したうえで一応主治医に確認を取ることになった。担当医師は直接電話に出てこられてこちらの疑義照会というか処方量確認に思い切り不機嫌な声でに回答された。普段は温和な先生なのに、次回から疑義照会は薬局長にしてもらおうかと思うぐらいご機嫌斜めな声。

「あのね、この人はね、この量を飲まないとマジで入院なの。ほんとはもっと増やさないといけないぐらいだよ? でもお子さんまだ小さいし、入院させると今度は同居人さんがめちゃくちゃするの。事故を起こした話は知ってるが、タクシーを呼べばいいだけだろ。眠気が出るのも見越したうえでの判断なの。処方も変えられないし、量も減らせない。勝手な断薬と減量はもっての他だ。ぼくがそれを一番恐れている。それをようく理解させてやってくれ。それが薬剤師の仕事だろ?」


 医師と患者さんだけの診察室の中での会話は薬剤師は知らない。医師は患者の家庭事情を分かったうえで、かつ副作用を見越したうえでの判断なのだ。それを聞いた私は本人にもう一度説明する。

「タクシーを使えって? それじゃ、お金がかかるじゃないの」

 口をとがらす患者さん。運転はこれからもするだろうなという予測はあったが、会話を続けていくうちに同時にこの人は医師の指示に反して自分で薬を勝手に減らしたりできない人だとわかった。先生もそれをわかっている。

 この感覚を文章でどう書けばよいかちょっと説明しがたいのだが、カンだとしかいいようがない。私は自動車事故には本当にくれぐれも気をつけてくださいね、と念押しして薬を交付した。(後年この方はお子さん等の問題が落ち着いてから入院されましたので大丈夫です)

 外来でも入院でも患者さんは何年も通院している人が多い。薬に対しては薬剤師よりも効果の感じ方がわかっている。ある患者と親しくなるにつれて、この薬を一錠減らすと少し幻覚が見えて、二錠減らすと耳鳴りと幻聴が始まって、と分析ができる人がいた。それで周りの状況にあわせて使いこなしている人もいた。なんというか某手帳を継続して持ちたいがために操作するという。本当はいけないことだが、そういう使い方もあるのか、と変な意味で目からウロコが落ちたこともあった。

 目的外の使用法も教えてくれる人もあった。多分それは私が人畜無害そうに見えたからに他ならない。


 でも入院患者さんからは、白衣を着ていることで警戒? される。患者同志ひそひそ話をしていて、私や看護師が通り過ぎるとぴたっとやめる人々も多かった。

 逆にすがるようにして、私を楽にしてとお願いされることもある。急性期で入院された方は、マジックミラーのある部屋で安静にしていただくのだが、患者さんも必死で入院したくなくて暴れる人もいる。

 この人は体調が悪くなると誰に対しても罵声を飛ばす人で私もだいぶやられた。だが、これも慣れの問題で、後年どういう患者でも冷静に対応できるようになったのは、この時の経験が生きている。その人とは落ち着かれた時期にゆっくり話せた。入院しないといけないのは心の底でわかってはいたが、とても怖かった、とにかく不安だったと告白された。あれは私じゃなかった。誰かが私をあやつっていたと……本当にかわいそうで私はうんうんと頷くしかできない。しかし振り返りができることは大変喜ばしいことで、ここまで良くなられてよかったと思った。


 覚せい剤を使用している人は本当に普通の人が多いのも、驚くべきことだった。お酒でもギャンブルでもなんでもそうだが、やめたいと思っていてもやめられないというのはとてもつらいことだ。一般の人はそういう人たちを意志が弱いとバカにするだけで終わるのかもしれないが、病院はそんな場所ではない。依存症は間違いなく病気で、それを治したい人とその家族のためにチームを組んで治療にあたる。

 精神科で処方される薬物はいわば対症療法的なもので、例えば不眠ならばその不眠パターンを分析してこれを出すというように処方決定される。

 しかし不眠の原因になった失恋や家庭内の問題、裁判沙汰などは医師や薬剤師は全く関知しない。精神科といえば、いわば表面上にあらわれた症状を診るものだと割り切らないといけない。精神科の薬で治せるものは表面上のもので範囲が狭い。これも精神病院に勤務してはっきりわかった。

 心理療法士さんとの会話もすごく勉強になった。人間の心理はたとえ心理学のエキスパートであれ、わかることよりも、わかってないことの方が多いのだ。それでもなお、病院を頼ってくる患者のために日々勉強をする。そうやって医学は少しずつ進歩していくものなのだ。その流れに私はいた。私は一つのコマにすぎなかったが、それでもその場所で働けて勉強もさせて患者さんと交流もできたということもまた一つの勲章だと思っている。



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