第二十七話 精神病院勤務の経験
昔は精神科単科の病院のことを通俗的かつ不適切な言葉でいうと「きちがい病院」 と言っていました。この別称は人を心を傷つけますし、偏見を助長するので今では使ってはいけません。時代は流動的に常に変化しているのです。なお現在では心療内科という人もいます。精神分野では、治療内容を更に細分化させています。いわゆるアドルトチルドレン(AC)、性同一障害(GID)、外傷性ストレス障害(PTSD)注意欠陥・多動性障害(AD/HD)の人も気軽に来れるようにしています。総合的なところだと精神医療センター、心療総合外来などに改名しています。
しかしこれから書くのは昔話です。私の配属先の病院は今のように改築されていず、昔ながらの正門から鉄格子が見える病院でした。さあ、鉄格子、鉄格子ですよ! 患者さんの脱走予防です。それが外の道路からも丸見えだったのです!
内部も十年以上システムが遅れていてオーダリングシステムすら入っていず、タイムスリップした感じでした。そう……昔に戻ったのです。紙カルテは当然だし、患者さんは診察が終わると手書きの処方箋を持って院内の薬局に持ってくる昔ながらのやり方でした。
そして昔ながらの精神科の薬局は時間がゆっくり流れていました。戦場のような忙しさはなかったのです。理由は注射薬などの種類が総合病院などと比べて格段に少ないことと、長期入院の人には定期的に服薬する薬にあまり変動がないので、在庫管理も把握しやすいということです。
緊急入院はあるものの、精神科では手術はないので救急で使うような注射薬は出ませんでした。私は単一科の病院とはこんなものか、手術室があるのとないのとでは、こうも違うのかと思いました。薬局の調剤は内服の定期薬がメインでした。それぞれの曜日にその日の調剤する病棟が決められていて、外来調剤のあいまにしていました。
当時はSNRIなどの薬は治験段階です。粉薬の投薬が非常に多かったです。クロルプロマジンなど、患者によっては錠剤を使用しないで意図的に粉薬もしくは粉砕指示が出ていました。確実に薬を飲ませたことが確認できるのは、錠剤よりも粉薬の方が容易だからです。
異動して間もないころに、ある患者さんがすりガラスを通して薬局の様子を見て、「あの新人薬剤師が私の薬をわざと粗末に扱った」 と怒ってきました。私のことでした。「早く謝りなさい」 と先輩方からさとされて謝罪したこともあります。
病気の人だし仕方ないか、と思っていたのですが、この人とは、ひょんなことで話すようになりました。短期間の処方をされるので薬局によく来られていたのです。病気になる以前のことを知ることができ、この人を通して患者さんの人生を垣間見る経験をしました。また病気の子供のために通院する親御さんの悩み苦しみ、患者本人のつらさを訴えられ、話を聞くしかなかった私にある種の衝撃を与えてくれました。
精神疾患は自覚症状がない人が多いこともありますが、自覚症状があるだけで、他覚症状といって他人から見てわかりやすい症状がないことも多い。自分にしか見えない像、自分にしか聞こえない声、触覚、味覚があるということは、とてもつらいことなのです。
私は患者さんご本人の肉声で初めて理解しえ、理解しようとしました。こういうのは大学の講義や書籍でいくら読んでもその感覚はつかめないかと思います。私にとって大事なことだったので二度書きます。
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……私は精神病院で勤務することにより、
「人間の心はこうまで繊細にできているのだ」
ということに衝撃を受けたのです……
精神科の病棟業務ですが、服薬指導を依頼する医師と全く指示を出さない医師もいました。理由はいろいろです。私は薬剤師の中で一番若かったということもあり、長年入院されていた患者さんによっては珍しがられました。そのぐらい異動が珍しい病院だったのです。「陸の孤島」 と言われていたのも納得でした。
薬剤師は二名一組で病棟業務にあたり単独での活動はなかったです。昔の時代なので、担当医によっては服薬指導を禁止されていました。薬剤師や看護師の不要な一言で信頼関係を壊されることを恐れておられたのです。しかしある女医さんが私の服薬指導を聞いて「あなたは私の患者をいつでも見て話しかけていいわ」 とおっしゃられました。それからその女医さんからは、ぽつぽつと服薬指導依頼が出るようになりました。私は患者さんの薬は調剤はできても、それ以外は患者の話を聞くしかできないバカだと思っていたのでどこが気に入られたのかと驚いたぐらいでした。
多分その女医さんは、私のことをほめたら大丈夫だと見越しておられたのかもしれません。そうであったとしても、名誉なことでした。今では私は自分への勲章のように思っています。
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::追記::
私は小説を書くようになってから、ふとしたことで精神疾患の特徴ある患者さんのしぐさや言葉遣いがよみがえることに気づきました。それも鮮明に。
時には前後の別病院にて救急医療や長期入院加療中で出会った患者さんの症状や表情をも。名前や顔は覚えてないので、ある一コマというかシーンだけですが。
多分これは、私が年をとったせいもあるでしょう……しかし当たり前ですが守秘義務がありますので、それは書けない。また書きません。そして患者さんたちが今は良くなっておられますようにと願うだけです。




