第二十四話 病棟にて・前編
病棟関連話の続きです。病棟に看護師がたくさんいても、病棟薬剤師は少ないです。私の所は一人か、多くても二人でした。
新米薬剤師の頃に、先輩から、なんでもいいから一つ得意な分野を勉強しておきなさいと言われました。
英語が堪能な人は文献読みで重宝がられていました。もしくは一分野のがんに関する文献を読み漁り、その分野についてデジレントや医師から相談されるぐらいな人もいました。神経内科担当のある先輩は、とかく新薬が出るたびに、担当MRを呼んで切り替えの時はどうするかシュミレーションのやり方を詳しく聞いていました。処方設計をするときに医師からいつ聞かれていいように勉強していたのです。
医師や看護師との近未来の会話を想定して動ける人は、どこの病棟でも重宝がられます。仕事をするのはそういうことです。その分野ならこの人、というわけです。
未熟な私もそれを見て、そうでありたいと思いました。
私は不勉強な方ですが、それでも必死にやっているうちに「いつも来る人」 認識されたときはうれしかったです。中断薬や不要になった点滴ボトル、処分薬や中止薬を持って帰るのも大事な仕事です。
とかくやることが多いのでやっつけ仕事的なことになり、よしっ、あと二人で今日の病棟の仕事はおしまいにしよう、と節目を自分で決めて動きます……ようよう帰れば子育て中の先輩がメモを私の机の上において、「子供が熱を出したので、早退します。今日中に服薬指導をすべき患者一覧を書いておくのでよろしく」 とあったりしました。
私は初対面の人には緊張する性格だったのですが、初対面に会ってしゃべるのが日常的になるとその緊張感も薄れてきます。というかしゃべるのが苦手だといっていれば病棟では仕事にならないのです。カンファレンスの時も参加して薬に関与することは言わないといけません。学生時代は内向的だった私も変わりました。
意見を言わないと相手にしてもらえないのです。自分の考えをはっきりいってはじめて評価されるのです。かわらざるをえません。
私の家族は私が医療職になったら気が強くなったと言います。数少ない友人からも、いままでどこにいるかわからないぐらい印象が薄かったのに、変わったねとよく言われました。
自分でも糖尿病教室や薬の講義で多数の患者さんを前にしてしゃべるのが信じられないぐらいでした。忙しくて夢中な病院薬局時代が私の青春時代だったのかな、と思うぐらいです。
白衣はいつでも白く、胸ポケットはいつでもボールペンとメモ帳でぱんぱんにふくらみ、下ポケットはマスクとハンカチ、添付文書でいっぱいでした。
看護師さんもいろいろな人がいました。没個性的な人はいませんでした。そして皆プライドをもって働いています。たまに自堕落で血液のついた綿花をそのまま机に放りっぱなし、メモ用紙もそのままという看護師さんもいましたが、婦長さんの目は厳しいです。楽をしたがり、責任感は薄く、注意されると言い訳する人はいつのまにかやめていきました。
医師の人もいろいろでした。若い先生は大きな病院を経験を積むため転々とされますが、看護師さんたちとうまくいかないで転職した人もいます。
患者さんの遠回しな苦情があいつぐ先生もいらっしゃいました。その先生は患者さんのことよりも、自分の治療法優先で強引なやり方をすすめたりすることが多々ありました。
この先生はこの先生で良かれと思ったことが患者さんや看護師さんに通じずくやしがっていました。周囲の人間の機微に全くこだわらない先生の資質にもちょっと問題があり、医師もコミュニケーション能力が不可欠だなと思いました。
(これが看護師なら絶対数とはっきりいう年配看護師が多いので集中攻撃ものですが、医師ならば一国一城の主的なところがあるので、性格や態度を誰も注意ができない、というのもありだと思います。)
」」」」」」」」」」」」」」」」」」
こんな話があります。ある医師からうかがった話。
知人の某エライ人から息子が医師になったがどこでも続かないから指導してれというので預かった。でもどこでも続かないのは道理で、どう見ても無理な手術をやりたがる、いけないというとキレる、プライドだけは高くて院長にも暴言を吐く。
預かった医師も怒って息子さんは預かれないと断ると、頼むといわれてすごく困っていると。実話なのが怖い。極端な話だと思いたいですが知識は豊富でも相手が人間だという認識が欠落している人もいるのです。患者にはわかりません。そこらのホラーよりも怖い話です。治療も縁のものだなと思います。
結局は薬の仕事といえども、人間の行動と会話なくして仕事は成り立ちません。どんな人でもお互い、おはようございます、お疲れさまでしたと声掛けします。
どうにもならぬほどこじれもつれた関係も私は見ています。それは言葉通りもうどうしようもない……どちらかが相手の視界から消えます。とかく人間関係はついてまわります。一生ね。




