第二十二話 病棟薬剤師の話
病院に勤務していたころ、私は外来が一段落ついて、担当の病棟へ行く仕事が大好きでした。心臓内科、整形外科、精神科、眼科、神経内科。半年もしくは一年ごとに担当科が変わりますが、私のいたところは二人で一つの病棟を担当しました。よその病棟でも先輩が産休、育休をとったので臨時担当になったり、出張でよその病棟担当を命じられたりもしました。
どこへいっても、薬剤師は目立ちません。
患者さんの処置や看護の関する直截的な技術はなく、医薬品の知識を駆使してカンファレンスに意見をしたり、患者さんの服薬指導にまわったりするぐらいなので、目立たなくて当たり前です。
医療職で、一番目立つのは医師です。外来が終わってまっすぐに病棟に向かい、気になる患者さんの状態をチェックするために速足でナースセンターに入る。電子カルテを開けて検査結果を閲覧してチェック、口頭での担当看護師の報告を耳にしながら考え込み、よし、と顔をあげて患者が寝ている病室へ向かう。その間の様子も医師の動向は看護師さんたちの注目の的です。そういう観点からは薬剤師は全く注目されませんね。本当に縁の下の力持ちだと思います。
それでも新しく入院してこられた患者さんのことを新患さんといい、持ち込み薬のチェック、外来からの処方薬から入院中の処方薬が変わることもあるので、先生の処方計画を時には直接聞いてから患者さんの服薬指導に向かったりします。
術前や術後で薬が変わったり減ったり逆に増えたりしますが、それも患者の不安を少しでも和らげるように薬剤師はじめ病棟スタッフが配慮します。
ちなみに私が新人の頃、一番最初に配属された病棟が脳外科でした……大ベテランの婦長さんが私を見て不安そうでした。薬局の中で一番若いコをうちの病棟によこしてきた。このコ、頼りなさそうだけど大丈夫かしらね? ……そんな感じだったかな。
病棟で年配の患者さんにあいさつしにいったら、「君ではだめだ。男性の薬剤師に代わってくれ」 と言われ、私の何が悪かったのかと涙ぐみながらペアの先輩に代わってもらったりしました。
先輩は「そうか」 といって颯爽と病棟へ行かれました。薬局でしょんぼりしながら乳鉢を洗っていたら帰ってきた先輩が「あー、全然大丈夫。勃起不全の悩み相談だったよ」 と言われたり……冗談みたいなこともありました。
年配でも若い時と変わらず青春を謳歌している男性にとっては、勃起問題は重大なことなのです。八十歳近いおじいちゃんがバイアグラの類を頻回に使用しているとわかったときに、年配の医師と男性薬剤師が偉いっと本気でほめまくっている場面も見ました。男の人も大変ですね。
今は私も年寄りになったので、勃起でもいぼ痔でも禿げ問題でも平気です。ちなみに若い看護師にわざと性的な話題をフル人もいましたが、これは確実に病棟で嫌われます。ある病院ではこれを一度でもやると、その人には主任か婦長もしくは男性看護師が対応することになっていました。整形外科で足腰以外とても健康な口達者な五十代以上の男性患者が特に。
でも私はもう平気だ。おじいちゃんに朝立ちしたい勃起したい、よい薬を教えてくれと深刻な顔で相談され、男性心理の複雑さを垣間見ることができます……それを思えば年を取るのも全然悪くはありません。




