第十六話 製薬会社のメーカーさん、もしくはプロパーさん、もしくはMRさんの話
昔、パソコンが普及していなかった時代の話です。
製薬会社の販促人というか新薬お知らせ人というかその会社の薬の説明人というかその薬に関する文献取り寄せ人というか……その人たちのことをプロパーさんと言っていました。
宣伝をプロパガンダといいますが、それをする人 = プロパーさん、というわけです。まだ人材に余裕があった時代でプロパーさんは病院には毎日来られていました。医師や私たちに面会する時にはびしっとしたスーツでした。卸さんも毎日薬局に来る人ではありましたが、薬が詰まった段ボール箱を運搬するということで、卸さんはスーツではなくラフな服装が多かったです。
プロパーさんの中にはどの卸さんとも仲良くして他社のライバル薬の動きを把握している有能な人もいました。
調剤場はどこでも外部は立ち入り禁止ですが、注射係をすると、卸さんとの接点が出てきます。病棟ごと特定の点滴液を直に持っていってもらうためです → 会話する機会が増えます。
私の職場はどういうわけか、プロパーや卸が薬局倉庫にたむろしていました。なので正職員の私はしょっちゅう倉庫にも行きますので顔を覚えられます。
上司から絶対把握してこいと言われたらしき新人のプロパーさんから、ライバルの血液製剤の動きを教えてくれと頼まれたこともあります。こういうのは事前に業務外だから断るようにと上司命令があったので断りました。が、そこをなんとかと言われて困ったこともありました。
この手の話は結構あり、別件で卸から◎◎という希少薬が出たと聞かされて、お願いですからその処方医の名前を教えてくださいと頭を下げられたこともあります。一度だけ泣きそうになっていた人があり、残業で帰る間際で、そっと指さして、それから三十秒ほど他の仕事をする……急いでメモを取る彼の姿を横目で見ました。本当はいけないことだったけれど、ちょうど先輩たちがいなかった時で新人同士の連携のつもり……あの時のプロパーさん今頃は偉くなっているでしょう……私は今では非常勤の調剤薬局員だけど……懐かしく思いだしていただけたらうれしいです。
逆にむかつくプロパーさんもいました。私のことを若くて経験不足の薬剤師とみくびるおじさんプロパー。それと水薬調整用のプラボトルなどの納品業者もバカにされたなあ。腹がたつ経験も多いです。
その中の一つを蔵出しします。
あるメーカーで◎◎という散薬があるのですが、医師から特にもっと細かく粒子にしてくれとの依頼があって、依頼があるとそのプロパーさんに頼んで粒子にしてもらうのです。私はその取次役というか調整係でした。
だけど私がそのおじさんプロパーに頼むと「はいはいわかりました」 というくせになかなかしてくれない。在庫がなくなりかけて毎日頼んでいるのにしてくれない。一つ上の先輩(女性)が頼んでもだめ。「いらんことばかり世間話はするくせに~」 と言っておりましたが、男性の副薬局長が一言頼むとなんとその場で「わかりました、いますぐします」 と言うではないか。それが何度か繰り返される。
私と先輩が女性上司に相談という名前の告げ口をしたら、年度代わりでもないのに次から来なくなりました。子どもみくびりではなく、女みくびりをすると怖いって話です。私がむかつくプロパーにやり返したのはその一回です。
年配のプロパーさんが若い二十代の私たちを見ても丁寧にあいさつするのは勤務している病院の名前のおかげだと心得ていました。だから私たちが、いばったりすることはありませんでした。プロパーさんたちには、医師から特定の薬の文献を頼まれると一緒に探してくれたりして大変親切にしてくださいました。プロパーさんによっては海外の事例や文献もよく勉強されていてその会社の薬のことならなんでもご存知で、医師の方もよく相談されていたと思います。
処方決定権や採用権を持つ先生のご機嫌取りに徹している人もいました。医師の個人的な引っ越しの手伝いをしたり、ゴルフやマージャンで勝負をかけて負けてあげたり、院長先生の奥さんのお茶会のお土産係になったり……こんなの業務外で休日返上することもないのに嬉々としてやっておられました。
私ならば大丈夫? と思っていろいろな苦労話をされました。このためわりとその手の話に詳しいです。
また私と大学の同期であった友人の中には製薬会社勤務になった人もいて、明らかに年下の薬剤師から偉そうに「邪魔だからあっちにいって」 と手で追い払われてくやしがっていたりしました。立場を勘違いしている薬剤師も多いよって愚痴っていました。
医師の方も公私混同でプロパーさんに無理難題な我儘を言っていらした人も多かったようで……はっきりいって接待や賄賂、ですね。
その全国的な現象の積み重ねの結果として、プロパーは接待役だという悪印象につながりました。現在はプロパーさんとはいわず、MRさんといっています。エム・アールさん……医薬情報担当者、の略ですね(Medical representative) と名称変更です。プロパーさんという宣伝者と言い方よりもMRの言い方が仕事内容に沿え、沿っていよう、というわけですね。、
以下は医療サイトから転載しました。
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『製薬の分野では、医療情報担当者(製薬会社から医療機関に出向いて、医薬情報の提供や宣伝を行う担当者)のことを、かつてプロパーと呼んでいました。しかしながら昭和四十~五十年代ごろ、彼らプロパーが医師に対して過剰な営業活動(接待など)を行ったことからイメージが悪くなり、後にMR(medical representative:医薬情報に関する会社の代表の意味)という呼称に変更されています。ちなみにこの場合のプロパーの語源は、プロパガンディスト(propagandist:宣伝する者)と言われています。』
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現在のMRさんもなくてはならない人たちです。現在私は地方の調剤薬局にいますので、MRさんはあまり来なくて卸さんがMRさんの仕事をされています。
あとはメールで薬のデザイン変更をお知らせがきたりします。新薬が出た時の説明にはさすがに製薬会社から出向されて専門医の講義&解説付きで説明会を開いておられます。病院勤務の時はその病院の薬局内で説明される時と同じだと思いますが、ジェネリック薬品はあまり人員がさけないのか、MRさんは来られず卸さんが説明されることも多いように実感しています。
卸さんが悪いというわけではないですが、ワンクッション置いて取次を頼むのは効率がかなり悪く、何かデータが欲しいときには卸さんではなく、そこの会社のDIに直接電話して聞くようにしています。
パソコンとジェネリック薬品の波及効果はかなり大きく、また底ではもちろんつながっています。我が国が推すジェネリック薬品の普及に伴い医療業界全体が変わったといっても過言ではありません。
一番先に開発して販売をはじめた先発(ジェネリックは後で発売されるので後発ともいわれます。ゾロはもっと昔の言い方でイメージが悪いので現在では使いません) の会社にとっては損害ではあり、先発会社だが同時に後発も併売するなどと生き残りをかけて変化しつつあります。
新薬開発に巨額の投資が必要ですが、既存の製薬会社さんの開発意欲が先細りにならぬよう思っています……が、それは私のとりこし苦労のようで、特にバイオ薬品の開発がすごく十年後は一体どうなっているやら、と思います。人類の叡智はどこまで行くのだろうか、その行きつく先にはなにがあるのか……。
人間が生きている限りは病気やけがと縁が切れません。医学薬学の発展は人類の発展でもあり、なくてはならないことです。私は今後もこの業界の片隅でより良い方向に隆盛するよう心から望んでいます。




