第十二話 薬の昔話
どこの病院でも、どこの薬局でも医薬品が毎日納品されては、調剤室のしかるべき場所に充填され、その大部分は処方薬として個別に患者さんのもとに飲み方を書いた大小の袋に入れて引き渡されます。もしくは注射薬は診療室、病棟、検査室、手術室へと。
それぞれが今よりも健康になるように、健康が維持できるように、少しでも元の状態に回復するように、少しでも延命できるようにと。薬は常にそういう使命を帯びているのです。
薬剤師はそれが適正に使用されているか正確に揃えられているか、患者さんが安心して薬を飲んでくれようにチェックする仕事です。
さて紀元前というビーシーの時代、イエス・キリストが生まれる前の大昔は薬剤師なんて言葉はありませんでした。医師や看護師という言語すらありません。昔は人の命が軽く、今よりも簡単に軽く? 死んでいた時代です。今でいう医師と薬剤師があわさった感じでついでに星占い師や祈祷師も兼ねている状態でした。人間でありながら仙人の知識も持つ方術師として時の権力者からも畏怖され重用されていた人もいる。
逆に貧しい人々からは尊敬されるというよりも、病気で悩んでいる人につけいって大金をせびる山師、詐欺師だと軽蔑されていた時代もあります。
病気になったら死ぬ、戦にあったら死ぬ、身体が動かないから死ぬ、という諦観が常識だったのです。現在のように、どうやっても死亡するだろう危篤状態でも、なお延命を試みることができる我が国をはじめとする先進国の現在医学の有りようを大昔の人から見ればびっくりするでしょう。今のように医学的な知識や薬学が発達していず、延命効果という概念自体がない時代だったからです。
薬由来の話を少しだけ。
薬はクスリと読みますが、それはくすし、奇し、あやしげという意味です。病気やけがが良くなる理由がわからないけれど、それを身につけたり、飲食すると体の一部が良い方向にかわるので「おかしなもの」という認識で言われていたのです。それが転じて、奇し→ くすし→ くすり→ クスリ、そして良い意味では楽になるという感覚で原材料に草木が多いのでそれをクサカンムリとして漢字にあてる。
サ + 楽 →「薬」
昔ながらの薬は全部草や木、岩石、水、動物の臓器など天然のものを使いました。長じてそのままよりも、保管して長持ちさせるために乾燥させる、煎じてエキスにする。そうするとどういうわけか効果があがる……というわけで少しずつ薬に対する知識を向上させていたのです。
長い歴史の間に人類は抗生剤を発見し、インシュリンを発見し、ラジウムを発見し、DNAを発見し。いろいろな新しいものを見つけてはそれを医学に発展させたわけです。
薬剤師という名称は千八百七十四年(明治七年) に使われたようですが当時は薬剤師法なんてものはなく、政府が「医制」 という制度から薬を専門に扱う者として呼称したのが始まりです。つまり薬剤師なんていう呼称は比較的新しいものといえましょう。
もちろん天然の草木などから薬の成分を抽出する人たちもいて、彼らは薬屋、漢方薬屋などと言われていました。国家資格の薬剤師が誕生したのは本当に近年なのです。
現在の資格を持つ薬剤師は全員、天然物から薬を取り出す作業よりも、「すでに出来上がった薬剤」 を処方箋に従って決められた量をそろえる感じです。薬剤師の仕事が大昔と「根本的に違ってきている」 のです。
扱う薬の量もまた薬に対する考え方も全く違う……大昔の薬剤師にあたる薬の調合師が今の私の仕事ぶりを見たら「ラクしやがって」 と怒られそうです。
でも、昔と比べて今の薬は抗菌剤をはじめ抗がん剤や放射性医薬品、ワクチン、血液製剤、バイオ、遺伝子治療薬なんてなかったし、遅れをとらぬよう勉強も大変……なんて反論してしまうかも。でも実際に大昔の薬剤師にあたる人物と現在の薬剤師を対面させて一緒に仕事をさせてみたいです。案外仲良くなれるのではないかと思いますね。この話、小説にして書くかも。




