第五話「コア・インフォメーション・セクター」
キットはVRデバイスを外すと情報ルームを見回して、いくつかの機材を持参したリュックに詰め込んだ。
そしてそのまま潜行艇のハッチを開けて近くのコンクリートの地面へと飛び移る。
さらに走りながらインフォメーショングラスを目に付けると、AR表示されたガイドに沿ってトンネルを進み、梯子を下りる。
目指す先は基幹ネットワークのメイン情報ケーブルのあるコア・インフォメーション・セクター。
ハッキングをするのは最も危険なエリアである。
現実世界での運動にまだ体が慣れ切っていないキットは息を切らしながらも全力で走った。
水口からの無線が入る。
「キット、済まない。俺のせいで……」
「はぁ……、はぁ……、逆探知を防ぐために……既に張ったハッキング用のラインをすべて解除するんだ……」
「もう終わった。今は潜行艇の設備だけで周囲を警戒している。
キット……、メイン情報ケーブルのあるコア・インフォメーション・セクターに入れば外部からの通信は一切不可能になる。
そして光ケーブルから僅かでも情報の抜き取りや改変を探知された時点で最寄りのメンテナンスステーションに居るガーディアンロボが急行する」
「はぁ……はぁ……、ここからだと何分何秒で駆けつける? 到着までにそれだけ教えてくれ」
「待ってろ、計算する」
キットは頑丈な銀行の金庫のような扉の前に辿り着いた。
コア・インフォメーション・セクターの入り口である。
リュックからハンディサイズの探知機を取り出して扉の周囲を探る。
そして壁の一部にレーザーメスを使って穴を開け、むき出しになったいくつかのケーブルにハッキング用のノート端末から延ばしたコードを繋ぐ。
ノート端末の画面には一瞬、操作画面が表示されたがキットは即座にとあるパネルを押した。
画面一面に数字と記号の羅列のみが映って目まぐるしく動き、キットはバグったようにしか見えない画面を眺めながらキーボードを操作した。
頑丈な扉の端についているランプが赤から青へと変わり、ゆっくりと開き始める。
そこへ水口から無線が入った。
「キット、13分20秒、13分20秒だ。ガーディアンの起動時間とセクター内の障害物の配置を考慮した最悪の数字、一番早く駆けつけた場合の時間だ」
「ありがとう。分かったよ」
「いいか? この時間はガーディアンが到着するまでの時間。ガーディアンは対象の体内でタンポポの花のように開いて止まるニードルを撃ち出すニードルガンで武装している。
食らえば人間はとても耐えられない。
13分20秒はガーディアン到着までの時間。それまでに逃げないといけない」
「分かった。13分20秒だね?」
「すまないキット。助けてやりたいが俺にはメイン情報ケーブルのハッキングをする技術は無い……」
「次に通信をするときはこちらから呼びかける。周囲に警戒を忘れないで。それじゃぁ今から入る」
キットは通信を追えると扉を潜った。
中は小さい部屋になっており、さらに地下へと続く直径1.5メートルほどの狭く丸い穴に梯子が取り付けてある。
キットは狭い竪穴を梯子を伝って5メートルほど降りた。
穴の下は2メートル四方の部屋へ繋がっていた。
そのうち一方の壁は無い。
代わりに広大などこまでも続く四角いトンネルのような地下空間が広がっていた。
奥行き……横幅と言った方が正しいが、50メートルほど。
下はまるで渓谷のように深く、暗くて底が見えない。
上は10メートルほど先に天井が見える。
そして全体には碁盤の目のように空間を分けるラック何層にもなってが伸びており、その全てに大小さまざまなケーブルが横たわっている。
ラックの幅は1~2メートルと様々、上下に何十と区切られた構造で、果てしなく伸びる地下空間に20ほどの列を作って並んでいた。
「なんてこった……、一体どれが町田ビルへ繋がってるんだ……」
しばらく唖然として固まっていたキットだったがすぐに心を決めた。
「選択肢が無数にあるように見えて、2種類だけだ。ラインが目的地へ繋がっているか、繋がっていないかのみ。繋がってさえいれば……どんな所へでも潜り込んでやる」
キットは一番近くのラックまで、1メートルほどの底の見えない渓谷を越えて飛び移り、リュックサックから精密作業用の高周波カッターを取り出して目の前の幅30センチほどのケーブルを切り開いた。
中には無数のファイバーが束になってまっすぐに伸びている。
キットは小さなフックが付いた手のひらサイズの機材を取り出し、ケーブルを伸ばす。
そして自分の側頭部のカバーを開き、ポケットから出したスティックにケーブルを繋げて突き刺すようにセットし、少しスライドさせて固定した。
ケーブルに跨り、機材を片手で持ってファイバーへと震える手で近づける。
「ふぅ……。13分20秒……セット……。行くぞ! よし、行くぞ!」
キットは機材のフックをファイバーに潜らせて引っ掛け、操作する。
機材はフックを少しだけ引っ張ってファイバーを曲げながら半分収納するように覆った。
【脳内直結ハッキング開始】
(プロトコル解析……完了、デバイスモデル構築……完了、ダイブ、イン!)
キットの視界は切り替わり、四方が大理石の彫刻で覆われたような空間へと移った。
手でプログラムをコーディングするまでもなく、キットの周辺に即座に生成されたスパイワームが無数に湧きだす。
スパイワームは弾丸のような速度で全方位に散らばっていった。
「ブロードキャスト信号での交信開始……」
凄まじい勢いであちこちに浸透していく蚊の大群のようなスパイワームは発信位置の特定出来ないブロードキャスト信号でコントロールされ、次々とネットワーク全体に情報を暴露していく。
キットは拡張された頭脳メモリに情報をどんどん蓄積していく。
潜行艇でキットからの通信を待ち構えていた水口は飛び回る凄まじい数のスパイワームに圧倒され、キットの放つブロードキャスト信号に驚愕していた。
「す、スゲェ……。こりゃ国家転覆するんじゃないか?」、