第八話 「冒険者、そして決意」
「皆さん、お食事の用意ができましたよ。」
フロアごとに言っているのか。マスターの声が聞こえる。
(さぁ、異世界初の食事にありつくとしますか。)
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一階に降りると椅子と机が並んでいる。一つの机に4つか5つの椅子がセットだ。
(まぁ、知り合いもいないからカウンターに座るんだがね。)
「お、来たな。今出してやるからな。」
マスターが上機嫌だ。料理を出すのが本当に好きなんだろう。すでに食べているグループもあり、美味そうにスープをすすっている。弓人は冒険者とはもっと荒くね者のイメージがあったが皆小奇麗に食事をしている。
(まさか少しでも料理をこぼすとマスターの制裁とか......ないよな?)
「おまたせ。」
「あっ、どうも。」
これは主食は肉料理の付け合せか。分厚いハムが数種とソーセージ、これまた分厚い豚肉がのっている。その横には皿にのったパン。フランスパンのようなものをスライスしたものだ。それとビール。
(ビールかぁ、当然飲んだことが無いんだよなぁ。こっちは飲酒に関する法律がないかもしんないけど、だって高校生やめてから一日経ってないし。まぁいい。男は度胸!飲んでやるさ!)
でも子供にビールを出す宿屋とは.........。こちらではそれが普通なのだろうか。
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「ごちそうさん」
「今日もうまかったよ」
「また明日」
食事を終えた者から部屋に戻っていく。ここで飲み明かしたりはしないのだろうか?
明日の仕事のためだろうか?
ここにきて弓人の異世界冒険者のイメージが崩れていく。
それよりも料理はどうだったかというと?......
(結果をいうと目茶苦茶美味かった!こんなんだったら毎日食べたいね。絶対太るけど。追加で肉も出してくれて満足ですよ!)
「気に入ってくれてよかったよ。これでも味には自信があるからね。」
声に出さずともその意思を読み取るバラル。弓人もこの時ばかりは表情豊かな顔面全裸で良かったと思う。
「いえ、今まで一番美味かったよ。これならずっとここに宿泊してもいい。」
でもビールの味は何とも言えなかった。確かにのどごしがいいのは分かるが。それはこの体が感じる感覚だからである。
「いつまでもタダ飯ってわけにはいかないよ。」
「ああ、大金積んでも食べたいよ。」
「そうかそうか!あっはっはっはっはっ」
マスターは大声で笑いながら食器を持って厨房へ入っていく。
弓人も部屋に戻ろうとすると…
「おい、そこの。」
不意に声をかけられる。それは威厳のある野太い声であった。
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「なんでしょう?」
弓人が振り向くと、左頬に大きな切り傷を負った剣士風の男がいた。なんか厳ついのが相手だと言葉が自然と丁寧になるな。
(よかった、俺の魂はこの大人に好かれるスキル(?)を忘れちゃいない。)
「おめぇさん。そのなりで冒険者なのか?」
(ん?どういう質問だ?俺は冒険者にみられてるのか?(冒険者だと思われているのか?))
「仕事はしていますが、冒険者というわけでは......」
曖昧な回答をしておく。こいつも何か秘密を持っていたらことだ。
全ては慎重に行動せねば。あれ?宿屋に入っても心が休まらない。
(くっそう、ファーストコンタクトがあの露店のクソオヤジじゃなければ。)
「なるほど、事情持ちか。」
「いえ、そういう訳では.....」
(げっ、何余計なこと言ってんのー俺!?)
詮索されないで済むところを、なんと見事なオウンゴールを決めてしまった弓人。
「なんだ違うのか?なら組合に登録すればいい。お前さん腕が立ちそうだしな。」
(はて?そんな腕を見せる場面があっただろうか?
.........あったな。)
この宿屋に入った時である。あの飛んで来た男を絞め落とした時、確かにあの体捌きなら腕が立つと言われても納得出来る。
「冒険者組合とはやはり仕事を斡旋するところなのですか?」
「ああ、依頼者と冒険者との仲介や、緊急時の人員の確保なんかをする。」
「入った際のメリットは?」
「そりゃおめぇ仕事が出来て金がもらえるわけだしな。組合のおかげで傲慢な依頼者からもきちっと報酬を受け取ることができる。どうだ!入りたくなっただろう。」
(ん~確かに。想像していた通りの冒険者組合でよかったのだが、つまりは......)
「デメリットは何ですか?」
聞くしかないだろう。
「ああ、緊急って時にランクに応じて強制的に仕事に参加させられることだな。」
(やはりか。)
「あと何かやらかした時にすぐに情報が出ちまう。」
(なるほど。犯罪などを犯した場合すぐに個人情報や、得意な武器、依頼を受ける傾向から捕まえるための情報を抽出できるわけだ。)
「まぁ組合は基本的に冒険者の情報は守るし、情報の引き渡しは組合が犯罪を認めた場合のみだ。」
(確かに指示された端から引き渡されたらたまったものではないからな。)
「いろいろ有難う御座います。考えてみますね。」
「あぁ、いつでも来いよ。そうだったな。俺の名前は<ガルド>、ランクCの一人者だ。いつもはこの近くの帝都南側の組合にいるから、遠慮せず声を掛けてくれよ。組合はいつでも人手不足だ。歓迎するぜ。」
だそうである。歓迎はうれしいが、まずはこの体が犯罪者のものではないか、もしくは面が割れていないかを確認する必要がある。
(すまない。話はそれからだ。)
弓人は愛想笑いを崩さずにその場を後にする。気が付かれない程に早足で階段へと向かった。
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バラルの宿屋206号室
(さっきの冒険者、やけに組合入りを押してきたな。)
この場合弓人が組合に登録した場合のあの冒険者へのメリットを考えみる。
(普通に、そう、なにも警戒せずに考えると青田買いか?あのすっ飛んできた男を一瞬で絞め落とした能力を買うために。)
それが一番しっくりくるが。次にあやしいのが、弓人が何者かを詮索しているか。最後にただの興味本位だ。しかしそう立て続けに潜伏任務に就いている輩に遭遇するだろうか。もしそうなら益々ここが警察国家じみてくる。
(つまりだ。冒険者という選択肢は与えられた。自分の犯罪歴と能力を知ることが出来たら組合に入ってもいい。この体のスペックから考えて多くの金を稼ぐことが出来るだろう。)
ここでしばし考える。
(しかし、目立ちたくはないな。帝国とか王国ってことは貴族も当然いるだろうし、何より面倒事に巻き込まれるほど有名になるのは御免だ。つまり..........)
とりあえずの行動方針が決まった。
(表向き一般人として生活し、裏で素性を明かさないでも良い間柄のパトロン、若しくは依頼主を手に入れるぞ!)
清清しいほどに身勝手な目標である。そして......
(そして何より、これから創る輝かしい“裏”の経歴と素性は後で『ばばーんっ』とバラした方がカッコいいしな!!)
見た目と身体能力が変わっても、心はファンタジー小説好きの高校生である。折角この体を授かったのだ。“実は俺は......”的ストーリーは欠かすことは出来ない。
(あぁ、でももう夜か..............寝よう。)
先程の気合いとは裏腹に、一瞬で床に就く弓人。
結局、何とも締まりのない決意表明であった。