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(旧作)大盗賊は弓を射る ~生ける叙事詩、最強の魂~  作者: 顔が盗賊 / TECH
第一章 『帝都の大盗賊』
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第七十一話 「さもなくば」



「え、なにも変わりないんだけど。」

「先程と同じだな。」


薄暗がりの神殿の中、弓人は多くの幽霊に囲まれながら目の前の歪んだ空間に足を踏み入れた。しかし、どういう事だろうか。見渡せば先程と変わらぬ風景。理路整然と立つ柱と通路の端を流れる清流、そして、未だ反応の無い幽霊達。周りを囲む静かな敵を少し不気味に思いながら弓人は考えに耽る様に顎に手を当て、目を伏せた。


「今の空間を潜れば何かしらの反応があったり、直接罠的なものが発動してもおかしくないと思ってたんだけど。」

「既に背後には何もないぞ。そして“入口”の気配さえもな。」

「ああ。この新しいパターン、少しヤバいな。」


そう、今二人は自分達が入って来た筈の入り口の気配を感じ取れなくなっていた。この気配というのも、空気の流れや音の反響、弓人に至っては未だ正体の判らない感覚を発動させて感じ取っているものではあったが。


そして、その前も後ろも無限に続いている様な感覚に、流石の二人も疑問の中に微小な恐れを抱き始めた様である。弓人は目を開け顎に当てていた手を戻し、そのまま腕を組む。


「このまま無限ループとかは笑えないな。」

「それは“繰り返す”という意味か?」

「よく分かったな。」

「ふふん。日に日にユミヒトの言っている事が“感じ取れる”様になっているぞ。」

「へ、へぇ......。」


さらっと出たヴィルの言葉に少し苦い顔をした弓人。いくら魂の底から信用しているとは言え、言っている事が言語とは違うものを媒体にして伝わってしまうというのは、また違った意味で危険な事でもある。


(体の取り戻し方にもよるな。)

「~♪」


今回は魂に固くガードを掛けたためか、弓人の少々(よこしま)な考えに特段ヴィルの反応は無かった。そしてその事にホッと胸を撫で下ろしながらも、今の状況を打破するための手段をその邪念満載の頭で考える。


(このまま進むとまたあの歪んだ空間が現れるのか?いや、現れないという可能性もあるが、それにしても前後の空間が広すぎる。無限ループかはともかく、俺達を進ませない気があるのは確かだ。さて、どうす.........................あ。)


弓人はここにきて、とてつもなく初歩的な事に気が付いた。それは入口からここまで自分が全く疑問も持たずに続けてきた事で.........


「なんで俺、この通路に従って進んできたんだ?」

「ん?.....そうだな。我もユミヒトに掴まれているだけで何も思わなかったが、確かに。」


そう、弓人はここまでこの広い空間を真っ直ぐに、通路に対して愚直にまで従い進んできた。当然の事ながら、“通路が在ったから、そこを進んできた”以外の理由が見つからないのであるが。


「通路を進む事が当たり前になってたな。横には特に部屋がある感覚もしなかったから普通に進んでたが。」

「むぅ、しかしユミヒト。それではやはり解決にはならないではないか。」

「ああ、結局は前後にしか道は無い。だがな____」


ゾクリ


弓人が言葉を切った瞬間、ヴィルの、今は実体を持たない背中に何か冷たいものが流れるのを感じた。それは、今までも感じた感覚を何倍にも増幅させた様なもので........


「通路というのはな、“創れるんだよ”。」

「や、やはりか。」


サ―――――――


その言葉に今度は幽霊達がざわめく。実体を伴わないにも関わらず、纏うボロ布が擦れ合う音や、到底言語とは思えない(くら)い声で、何かをひそひそと囁き合っている。


「よし、そうと決まれば工事開始だ。」

「.........ここも直に終わりか。」


弓人はその掛け声をどこまで続くとも分からない空間に響かせ、通路の左側の水路に足を進めた。そして何気ない跳躍でそれを越え、その向こう側に着地した。その弓人に周りのゴーストも追従する。どこか慌てた様に、どこか躊躇う様に。


目の前にそびえ立つは巨大の柱。弓人はその柱の群れに飛び込んだ。ここの地面は先程まで歩いていた通路とは少し材質が異なり、同時に表面は粗かった。この事からも、ここが本来人が足を踏み入れるべき場所ではないと理解出来た弓人であったが、理解した上でそんなものは気にはならない様で、躊躇い無くその歩みを進めていった。


「実際、さっきの通路もそうだが、当時はどういう使われ方されてたんだろうな。」

「分からんな。祀っているものさえも望めていないのだからな。それに理由は不明だが今はこの厄介な魔法らしきものが掛けられている。」


神殿に入口にあった紋章。二人はそれを思い出しながら、この仕掛けが施された意味を考える。答えのでない疑問に頭を悩ませていると、気付けば神殿の壁が目の前にあった。それにしても先程より幽霊達の動揺が顕著に大きくなっている。それ程壊されては困るのか、と彼等の心情を読み取って少しだけ躊躇った弓人であったが、


「しかし俺は工事を始める。」


グッ


ヴィルを持たない左手を後ろに引いた。そして目の前の壁を打ち壊さんとグッと力を込めたのだが........


ザザザザザザザザザ


突如として幽霊達がこちらへ迫って来た。弓人は工事を中断し、彼等を迎え撃つために体を後ろに向ける。初めての反応に身構える弓人、今まで襲ってこなかった理由を並べて安心はしていても、初弾だけは注意を払って受けようと考えていた。しかし、


サ――――――


弓人の突然の反応に驚いたのか、幽霊達は迫る速度を落とし、最後にはその身を後ろへと引いていく。ほんの数秒、それだけ待つと工事開始前と同じ様な位置に戻っていた。それでも先程と違うのは、彼等はまるで次の工事の時を待つかの様に、心なしか上体が前方に傾いていることだろうか。これではまるで盗塁の機会を(うかが)う野球選手である。


「.......え~、気を取り直して。」


弓人が壁に向かって構えた。すると、またもや幽霊の群れが弓人を襲う。それを見た弓人は構えを解いた。そして、その事に安心したのか、幽霊達は元の位置へと戻っていく。


「「............。」」


グッ


ザザザザザザザザザザ


「ふぅ。」


サ―――――――――


グッ


ザザザザザザザザザザ


「ふぅ。」


サ―――――――――


グッ


ザザザザザザザザザザ


「ふぅ。」


サ―――――――――


以下、繰り返し。





「........そんなに壊されたくないか?」


ザ、ザザ、ザッ、ザザザ


弓人の問いかけに不揃いながらも同じ様な反応を見せる幽霊達。それはあたかも頷いている様に見えた。それを見た弓人は手を腰に当て考える。確かに彼等の城とも言うべきここをそう簡単に壊していいものか、と珍しく人(?)に気付かうような思考が頭をめぐる。そんな“奇跡”の様な光景にヴィルは感動を禁じ得なかった様で.........


だらだらだらだらだらだ


ヴィルを持つ弓人の右手、その指の隙間から少なくない量の液体が零れ落ちる。今までなかった異常事態に、しかし弓人は冷静であった。何故なら多少なりともヴィルの心の内は感じる事が出来、それが今、驚異的までの“感動”を伝えてきていたからである。それに対して遺憾の意を表明したい弓人であったが、流石に今回は状況の打破を優先する様で........


「はぁ、分かった。それでは幽霊諸君、取引だ。」


その言葉に幽霊達は少し雰囲気を柔らかいものに変え、近づいていくる。彼等が救われた事に弓人の右手から零れる液体の量が増した。


「単純な事だ。俺を通してこの神殿?の安全を確保する。それだけだ。万が一、それが成立しない場合.......」


弓人は左手の拳を天高く上げた。それだけで幽霊は皆例外無く震え上がる。そして一部は両手の平を前へ向け、まるで「()せ、()せ」と弓人に考えを改めさせる様な仕草をしている者さえいた。


「それなら、どうすればいいか、理解してるな?」


サ―――――


弓人の有無を言わせぬ物言いに、幽霊の群れは通路の方へとゆっくりと移動し始めた。それを見た弓人も一つ頷き、彼等に付いていく。


先導する様に移動する彼等は、時折弓人の方を振り返り、一度その目が合うとサッと視線を逸らして集団へと戻る。しかしながら、まるで付いてくる弓人に気を遣っている様な光景である。


しばらくすると、通路から壁まで弓人が進んだ距離を戻りきったらしく、水路がはっきりと視界に入って来た。当然、弓人には元から見えているので“角度的に”という意味である。


弓人はその水路を軽く跳び越え、通路の上へ。幽霊達も既にその上空に待機している。弓人は「それで?」と言わんばかりの高圧的な視線を幽霊達に向けた。すると、


パリ_______パァンッ


まるで鏡が割れた様な大きな音がした。否、実際に弓人の目の前の“風景全体”に(ひび)が入り、そして砕け散る様に一気に割れたのである。しかし、その割れた風景は地面に落ちる事無く吸い込まれるかの様に地面へと消えていった。


「幻術的な?」

「ここの主にでも聞いてみては良いのではないか?」

「お、遂に俺と同じ様な思考に。」

「っ!?しまった!ユミヒトの思考に染まり始めている!?___________否、実に喜ばしい事ではあるな。」

「ツッコミ不在の危機!?」


本来、神殿に認められた希少な存在を迎えるその幻想的な光景も、この二人にかかれば完全に形無(かたな)しである。


「お、あそこが次の部屋だな。」

「うむ、それでは進もう。」


二人は切り替えた様に漫才を止め、未だここから距離のある通路の向こうに現れた門へと歩みを進めた。そして幽霊の集団も変わらず追従する。それを振り返りながら弓人は言う。


「お前ら、もういいんじゃない?ここの門番的な仕事なら、この俺が通過しちゃった時点で終わりなんだからさ。」


取引が成立した時点で彼等に人間の言葉が通じる事は分かっている。そこで弓人は彼等に仕事の終わりを宣言したのであるが、それでも追従は止まらなかった。それどころか初めの時よりも弓人との距離が短い様である。


「まぁ、ついてくるのも良いけどな。」

「良いのか?」

「ん?だって良いシーンには観客が多い方がいいだろ?」

「そ、そうか。」


先程弓人の思考に染まりつつあると言い放ったヴィルであるが、まだまだ修行(?)が足りない様である。


弓人は気付けば液体の流出の止まったヴィルを片手に、次の目的地を目指した。



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