第七話 「弓人の魔力は滝の如く」
バラルの宿屋204号室
(魔法かぁ。しっかし、幼少期からその存在を当たり前にしていたら状況は違っていたんだろうが.........)
そう、魔法なんて存在しない純正地球人の弓人では当然魔力の感じ方なんて知らなかった。
(しかし、マスターは誰でも感じ取れはすると言っていた。こういうのはテンプレ的に体の内側から湧き上ってくるものかね?)
とりあえずベットの上で座禅を組む。この体、実に柔軟性がある。
(体の奥底、心臓付近に温かいもの……)
――1時間後――
(・・・・・・・・・・・・)
――2時間後――
(・・・・・・っ・・・・・・っ・・・)
「うわっ......なんだ?」←下の階(弓人は集中していて聞こえていない)
――3時間後――
(・・っっっ・・・っん・・・っっっっ・・・・)
「うわっ......今度はなんだ? うわっ!.........うわあああああああああ!」←下の階(弓人にはやはり聞こえていない)
「お?なんだなんだ?」
思わず声に出るほど体の中心あたりが反応し始めた弓人。実際には極小さな反応だが、確かに存在し、何よりも生まれて初めての感覚だった。
(この調子で......ん?)
下の階が騒がしい。これはマスターの声か。
(どれ、せっかくコツを掴んだが........下で何か叫んでいるし、様子を見に行くかね。)
弓人は部屋のドアを開けて廊下に出る。階段の方に向くと…
(なんだ?やけに明るいな)
階段へ続く廊下が煌々と光り輝いていた。
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ロビーに降りると.........なんとも、愉快な状況にあった。
「おい!なんだこれ!眩しくてなにも見えんぞ!」
「しかしこの光量のものを外に出してもいかん!何か入れ物はないかっ!!」
「眩しいどころか熱いぞこれ!天井のは剣で外したがどうなってやがんだ!」
「何も見えねぇっ!」
ロビーに来ていた、おそらく冒険者達が叫び合っている。状況から察するに、というか見るからに照明?が眩く光っている。眩しくてもなんで見えるのだ、この目は。弓人が耳を澄ませると周りの建物でも同じようなことが起こっているようだ。
(あの照明は所謂魔道具かな?)
緊張感も無いまま、そんなことを考えていると。
「おい誰か全ての部屋を確認してくれ!死人が出ているかもしれない!」
「「「お、おう!」」」
(死人?なんでだろう?別段部屋にいれば大丈夫だったのだが。)
「おい!お前も行ってくれ!」
「わ、わかった。」
疑問に思いつつも、弓人もとりあえず部屋を周ることにする。
「ったく、なんでこんなことに…これは100人、いや1000人単位か?」
「そんなんで収まるといいがな。」
(はて?何のことやら。)
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「だれも死んじゃいなかったぜ。」
「こっちもだ。」
「同じく。」
結果を言うと特に異常は無く、時に死人などはいなかった。
「では何故魔道具の出力が急上昇したんだ?」
「ん?普段は.........こんなこと起きることがあるのか?」
弓人は思わず聞いてみた。
「ああ、周りで死人がでるとこんな事が起こるんだ。」
そしてマスターは弓人に近づき、小声で、
「(理由は後で教えてやる。常識が無い事は知られたくないだろ?)」
少し遅い気もするが、何とも気の利くジェントルマンである。
「皆さん、どうも協力有難う。夕食は少しばかり追加メニューを出しておくよ。」
「「「おお」」」
その言葉に冒険者達が歓喜する。
(なるほど、そこまでこの店のはうまいのか。じゅるり。)
その冒険者達も、ちらほら部屋にもどっていく様子がみてとれる。それを見て弓人も、
(さて、自分も一旦部屋にもどることにするか。)
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バラルの宿屋204号室
(といっても、今回の騒動、原因、やっぱり俺じゃね?)
さっきの座禅で弓人は体の中心から魔力的何かを抽出したような気がするが、今思えばその時からだ、周りがうるさくなったのは、集中していて気にも留めなかったが。たしかに初めて一瞬コツをつかんだ時に周辺の建物からざわついた雰囲気を感じ取ってはいた。意図的に意識から排除していたが......。
(つまり、生命の危機を感じないといけない程生命力から魔力を抽出?したか、もしくは俺の魔力量が化け物じみたものなのか。)
(まぁ後者だろうがな。つまりここでは魔法の練習ができないわけだ。はぁ、困った困った。)
マスターと話すのは食事の後がいいと思うし、この時間をどう過ごそうか考える。
(ナイフの素振りでもするかね。)
弓人は腰の鞘からナイフを抜いてボクシングの姿勢を意識ながら刃を下向きに柄を握り構える。
そのままパンチのフックの要領で、
シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ、シッ
仮想の相手をその目に見て、その胸と喉を切り裂く。何度も、何度も。
仮想の相手が長剣を振り下ろす。足はそのまま、ナイフで受け流す。
火花が散る中、前方に体重を動かし相手の喉の横、ナイフが喉を切り裂くように拳を動かす。
相手は死に、自分は生き残る。
そんなことを続けていると.....
コンコン
「冒険者さーん、入りますよ。」
ガチャ
仮想の相手が長剣を振り下ろす。足はそのまま、ナイフで受け流す。
火花が散る中、前方に体重を動かし相手の喉の横、ナイフが喉を切り裂くように拳を動かす。
相手は死.........
スッ ピタッ
「え?..................ひぃっ!」
間一髪、現実の相手、宿屋の主人バラルは死ななかった。
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「申し訳ありませんでした。」
弓人は木の床に額を押し付ける。床をぶち抜いてやると言わんばかりに。
「まあまあ、どうぞ顔を上げて。僕も怪我してないし。」
(このジェントル、俺を惚れさせるつもりだろうか♂♂)
「それにしてもなんで素振りなんて…」
「いや、その、やることが無くて、食事までそんなに時間が無いから寝るわけにも…」
「なるほどね。」
とりあえず本当に許してもらえたようだ。
ここで額を上げて床とお別れをする。
「まあ僕も今厨房を抜け出してきたところだからさ。少し手短に話すけどいいかい?」
黙って頷く。
「僕は君に“魔法は魂からの生命力”からもたらされたって言ったね?つまりそれが“魔力”と呼ばれるものなんだけど、人は魔力を持つものはその命が尽きる時、残った生命力を放出するらしいんだ。」
「だから“死人”か。」
「お、口調が戻ったね。あぁ気にしなくていいよ。つまりここまで言えば察しがつくと思うけど、つまり生命力を多く残した状態で死ぬとそれだけ多く放出されるってことさ。」
「つまり、起きる時は起きると?」
「そうだね。でもあそこまで魔道具が影響を受けるのは初めてだ。近場で大量の死人でも出たのかと思ったよ。近所の人もお互いが無いって言ってたから良かったけど。」
つまり今回弓人は、被害が出ていないもののとんでもない騒動を起こしてしまったらしい。
バラルは弓人が落ち込んでいると思ったのか、
「いや、君が気に病むことではない。幸い被害は出ていないんだ。それより君は当事者ではないんだからね。」
「確かに......」
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「おっと、これくらいにしないと。僕は厨房に戻るから夕食の時間に一階のロビー兼食堂に来てね。」
そう言ってマスターは部屋を後にした。
(俺、顔に出て無かったよね?何も言われないから逆に怖いんだが。)
そう、今回マスターは何でも顔に出る弓人の事を一度もからかってこなかった。
(あの露店の店主みたいな何かやばそうな秘密の仕事とかもってないよな?そんな奴ばかりにあたってたら胃がきりきり...................しないや。)
この体、すごい。