第六十九話 「開通式は歓迎を受け、」
「それにしても綺麗に掘ったな。流石俺。」
「迷宮の主がいたら絶対泣いているな。」
「感動で?」
「悲しみで!!」
お約束の様なコントを続ける二人の頭上には、第五階層まで一直線に揃った吹き抜けが開通していた。地面もその下の天井も平坦で均一ではないのにも関わらず、その穴は綺麗な円を描いており、弓人の馬鹿力は、繊細な制御の出来る、使い勝手の良い馬鹿力であった事が証明されてしまった。
「これで五十階層?一階落ちるのに二十メートルだから、ここまで一千メートル位掘った事になるのか。」
「その、メートルと言うのは単位か?」
「そう、一でこれくらい。」
弓人は両手を少し広げて指を前へ曲げた。一メートルがこの位であると示すためであったが、その指と指の間が地球にあるメートル原器の長さに限りなく近い事に気付かない。本物は見た事がないが、今までの人生で見てきた一メートルを全て平均してそれを導き出している事も。
「もしかして、学問だったか?それが進んだ世界から来たのか?」
「そうだな。」
「それは、こちらの世界は初め苦労しただろうな。」
「ああ、苦労したぞ。_____便所に。」
「便所、だと。」
弓人がこちらの世界に来た当初の事を想像していたヴィルの思考が乱される。それはもう、周りの風景が映る程静かな湖畔の水面に、一トン爆弾を落とした程に。
「こっちにはな、尻を洗う機械が、無かったんだよ。」
「そんな物があるのか!?」
「ああ、我が民族は、尻を清潔に保つ事にさえ全力を尽くしたのさ。我々にとって科学技術とは、生活全てを豊かにするために存在している。」
「なんと、面妖な。」
適切かは不明だが、ヴィルにそう称されてしまった大陸の東にある先進島国から『そうだそうだ!』という声が聞こえた気がした。
「よし、尻談議もここまでにして、続きを掘るぞー」
「尻........はぁ↓、.......おー。」
「せいやっ!!」
ドォォォォォォン
弓人の工事が再開された。
「安全の掛け声はどうした?」
「ほ、掘るぞー!!」
「しかも間違っているぞ!!」
弓人は今日も平常運転である。
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「そういえば。」
「?」
あれから順調(?)に掘削を続けていた弓人は、ここで一つの疑問に行き当たる。それは迷宮としての昨日に関わる事で.........
ドォォォォォォン
「初めに会ったスケルトン以来、魔物が出てきてないな。」
「言われてみればそうだな。」
「てっきり、開けた頭上の穴から「イェーイ!」って感じで下りてくると思ったんだが。」
「ユミヒトが抱く理想のスケルトン像が分からぬぞ!!」
「俺の理想像は少し御茶目なやつだ。」
ドォォォォォォン
完全にボケとツッコミの役割分担が済んだ二人はどんどん高度を下げていく。この破壊が終わって丁度第八十階層に到達した。しかし風景は別段変わっていない。
「ヴィルの迷宮みたいに少しずつ難易度が上がる様な仕様になってないのか?」
「否、確認する以前に我々は通ってもいないぞ。」
第六階層以降、正規ルートを全く通っていない事を思い出した(?)弓人は「そうか。」と特に何も考えず、どことも向かず返事をした。
「少し確認するか。」
弓人は左脚の膝を前へ振り上げた。そして、足を地面へと勢いよく下し、
ゴォォォンッ
大きな音を鳴らした。直後、体を伏せ、耳を地面につける。目を閉じ、音聞いている様である。数秒後、頭を地面から離し、その場に立った。
「この真下だな。広い空間がある。野球ドーム、ああ、前の世界の競技、運動をするための広場の事だが、それ位の大きさはあるな。」
「敵はいないのか?」
「中心になんかいるみたいだが、蹲ってるのか?姿がよく判らない。あとは、なんだろうな、スポーツのVIP観戦席の様な場所......ああ、偉い人がいる様な所な。それがあった。」
弓人は謎の空間とその壁に張り出た観戦席、そしてこれまた謎の存在に頭を悩ませる。しかし、すぐにある結論に至った。
「行ってみりゃ判る。」
「まぁ、その結論に至るだろうな。」
「行くぞー。_____せいやっ!!」
バキィッッッッ
ガラガラガラガラガラ
弓人は今まで散々と行ってきた瓦割を敢行した。すると、今回は少し違う割れ方をする地面。この地面は上層より硬かった様で、貫通というよりは、周りを大きく巻き込む様に崩れていく。
「おおおおおお。」
「はい、下へ参りまーす。」
自分で野球ドームと言っておきながら、その下層の空間の天井が高い事を全く考慮せずに地面を破壊した弓人。ヴィルのそこまで焦っていないやる気のない叫びよりも、さらに気の抜けた声で落ちていく。
「よし、着___」
ボンッッッ
「___地。」
そして、膝を曲げる事すらなく、直立したまま地面へと着地した。周りは落ちてくる岩と、砂煙で視界が悪い。視界のモードチェンジが出来る弓人に関係ない事であるが。
「よし。来てやったぞ。誰でもいいから出て来い。」
「別に招待は受けてないぞー。」
帝都にいる誰よりも強い厚かましさを前面に押し出した弓人。これではもしも、迷宮に主がいたとすれば激怒される事は避けられない筈であったが........
コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、
「これはこれは。ようこそ、いらっしゃいました。この度___」
「口上はいい。早く金品財宝をよこせ。」
「これはひどい。」
遂に迷宮の主が現れたのか、弓人を歓迎する声が聞こえた。しかし、周りを見渡してもそこには誰もいない。
「足音はしたな。でもその場所にいないと........透明人間か?いや、空気の流れも自然だし、僅かな存在さえ感じない。............さてはお前、そこにはいないな?」
「御メイ答。先ホドノ足音は“音”だけデ御座いまス。」
「いきなりロボット声になるのやめてくんない?」
「こレマで、ココに到達した人間は、サンニン。しかしココからイキテ帰った者はオリマセン。」
この空間に響き渡る声はあまり弓人と会話をする気がない様である。
「そして貴方がヨニンメ。そしテ、ココからイキテ帰らなかっタ、ヨニンメになるのでス。」
「____しかし三人か。あんま人気無いのか?______あ........ふーん。で?終わりか。それで?生きて帰れない俺をこれからどうする_______」
ブゥワァンッ
「のかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「はぁ↓。やはりこうなったか。」
途中からヴィルとの会話に夢中になっていた弓人。彼は空を飛んだ。そしてそのまま天井へと、
ゴンッ
「到着。」
着地した。岩肌に足をめり込ませ、そのままの姿勢で眼下の魔物を見下ろす。
「ゴーレムか。悪いな、ずっと踏んづけていて。」
弓人はこの空間に落ちる直前、その中心に何かの存在を察知していた。しかし、その大きさについては言及すらしていなく.........
「身長が四十メートルか。なんだ“小柄”じゃん。」
「何を基準に言っているのだ。」
「言わせたい?」
「否、やはりいい。」
二人の問答を睨む様に見ているのは、身長が四十メートルにもなる、全身を黒い岩で覆い、頭の部分に不規則に並べられた生々しい目玉を備えた巨大なゴーレムであった。先程弓人が飛んで行ったのは、このゴーレムが頭に乗っていた彼をその手で払ったからである。しかしそれを見切っていた弓人は、その頭から手の上に一瞬で乗り換えを済ませて、そのまま天井まで自分の足にも力を入れて半ば跳躍したのである。
弓人達をゴーレム。にらみ合う両者の均衡を破ったのは、ゴーレムであった。
ゴォォオオンッ
「おお、飛んで来たぞ。」
ブゥワァンッ
何と巨大なゴーレムはその場で跳躍し、天井に張り付いている弓人を潰さんと拳を放ってきた。しかしその程度の攻撃で弓人がどうにかなる訳が無く........
パシッ
その拳は弓人の片手のみで止められた。そのままそのゴツゴツとした表面を掴んだ弓人は、
「はい、グッバイ。」
勢い良く下へとゴーレムを投下した。加速がつき、ものすごい速度で落下していくゴーレムは体勢を立て直す時間も無く地面へと衝突する。それは音と言うよりは、叩きつける空気の波と表現した方が良い衝撃をこの空間へともたらした。
「耳が痛くなりそう。」
「それでも聞こえてはいたのだな。」
徐々に晴れていく砂埃。その結果は明らかであるのに、弓人は確かめる様に爆心地に近づいた。陥没や隆起した地面が歩きにくい。歩けない場所は軽々と跳躍してその中心へと向かう。すると、“黒い”瓦礫の山が現れた。
「あ、やっべ。ちょっと強く投げ過ぎたか。」
「哀れな。」
哀れ瓦礫と化したゴーレム。かろうじて残った頭が弓人を睨む様にこちらを向いていた。衝撃でその目玉を全て奪われた顔は、偶然か、そのひび割れによって眉間に深い皺が刻まれている様に見える。
「さて、一発で終わったが、次は何を見せてくれるんだ?」
その自分が起こしたその結果を見て、弓人はどこにいるかも分からない相手に問いかけた。しかし、なかなか応えが返ってこない。しびれを切らした弓人はこの空間の壁に張り出た観戦席と思しき所へと歩みを進めた。
「1、2.......5、くらいか。」
「あの気配は人間か?」
「いや、人間もいるが.......“妙なの”も混じってるな。」
「既にそこまで判るのか。」
「ああ、最近開眼が激しいんだ。」
ヴィルは、開眼は激しくなる程起こるものなのかと疑問に思ったが、あえて口に出す事はしなかった。流石空気の読める(元)龍である。
弓人はその小さな歩幅をものともせず、着実に目的の場所へと近づいていく。そこに待つ、本当の戦いに想いを馳せながら。




