第六十八話 「直下掘りは基本」
―――――――Side:???―――――――
「オオジョサマ、お目覚メノ時間でス。」
「_______今、起きますわ。」
ここは何処かの宮殿の一室だろうか。まるで機械の音声の様なぎこちない声が、まるで朝の良い目覚めを演出するかの様に優しく響き渡った。広い部屋の中には豪華な装飾が施され、また置いてある家具も重厚で造りの良い物ばかりである。そんな数多の名匠達の努力の結晶の様な部屋の、小さな主はベッドを下りる。
「ふわぁ~。」
欠伸を一つかいた後、部屋の隅にある大きな鏡の前へ歩いて行く。その小さな歩幅では、この広い部屋を移動するだけでも時間が掛かってしまう。
「むぅ。」
そして、鏡の前に立った“彼女”は、そこに映る自分の姿を視て忌々し気に唸った。そのまま左手を右に回し体を大きく捻る。その逆にも体を捻り、出来るだけ自分の姿を鏡に映す。しかし、それでも彼女は納得しない。
「今日も、変わりませんわ。」
「本日もカワラヌ、お美しい御姿デありマス。」
「っ」
今度はその声に対して忌々しい視線を送る。その人一人容易に殺せる様なしせんに声の主は気にする事も無かった様で、
「朝食のジュンビが出来て下りまス。食堂ノ方へお進み下サい。」
「分かって、いますわ。」
すると、音も無く部屋の扉が開かれた。丁寧な言葉とは裏腹にまるで命令する様な声を聞き、彼女は黙ってそこへと向かう。しかし、何を思ったのか、おもむろに後ろを振り返った。そして“一切光の入らない“窓に近づき、暗闇の空を見上げる。
「今回は.........違いますわ。」
「何も相違アリマセン。オオジョサマは今日もカワラヌ美しさ。そして_____」
最後の言葉を待っているのか、否、言われることを恐れているのか、彼女は目を深く伏せ、その小さな体をより一層小さくする。するとその言葉は訪れる。
「未来永劫、そのお美しい御姿のまま、この神殿を御守りになるのです。」
伏せていた目を完全に閉じ、どれだけ流したか分からない涙を今日も流す。まるで人間が話す様な自然な言葉使いに。
「朝食が冷めてシマイます。ささ、オハヤク。」
しかし、すぐ機械の様に戻った声が彼女を急かす。彼女もそれに従い、部屋を出た。
「......今のは、絶対に............。」
廊下に彼女の小さな声が響く。その縋る様な声に耳を傾ける者は、ここにはいなかった。
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「あの中が入口か?」
「そうなのか?」
弓人は今小さな砦の前にいた。そこは壁も三メートル程しかなく、石の質も帝都の壁と比べるまでも無い程に安価なものである事は容易に想像できた。
「門番が二人。ここはヴィルの迷宮の前程には発展してないみたいだな。」
「うむ、我は人間を“殺さぬように”作っていたからな。」
弓人は確かに、と相槌を打ち、この迷宮がなぜこのような状況なのかを想像する。
「とても危険だから人が来ないのか、それともまだ若い迷宮で破壊されないように帝国が見張っているのか。ん~、あ、この近くに生産都市なるものもあるな。この迷宮から出る素材がそこで売買されるのならば、つまりこの森では街が発展出来ない理由でもあるのか?」
「おお、いろんな事を考えるんだな!」
弓人の思慮深さに感心するヴィル。それに対して若干の批難をしたい弓人であったが今はやめておいた。関心させる所は関心させておこう、という考えに則ったものである。
「まぁいいか。もしかしたら「綺麗さっぱり消えて無くなる可能性も」......あるんだからな。」
「..........ユミヒトよ。遂に開き直りおったな。否、早過ぎるぞ。」
後にヴィルの口調さえ変わる説教が続き、ジト目も止まらない。それを受ける弓人はすまし顔で、しかしその顔を背けた。
「よ、よし、行くぞー」
「...........はぁ↓。これからどうなるのか。」
ヴィルもあきらめたのか、手の中で静かになった。
タンッ
近づいたといっても、砦の壁までは三十メートル程の距離があった。しかし、迷いなくその場から跳び上がった弓人は、眼下に二人の見張りと低い壁を見ながらそれらを容易に越えていった。
トンッ
音も無く着地して周囲を見渡す。周りには壁と同化した様な石の建物があり、その中には全部で四十の人の気配もある。そして何よりも弓人の目を引くもの、それは.........
(入口が既に階段なのか。)
地面が盛り上がった様になったそこには、迷宮の入り口が釜口開けて待っていた。それはまるで下への階段を隠すように地面が覆いかぶさった様で、上から垂れる植物も相まって、不気味な雰囲気を醸し出していた。
そこへ弓人は迷いなく入る。中は当然の如く薄暗く、“弓人”が感じる事のできる範囲には明かりが存在しない様であった。
(コンッ、コンッ、っと音が出ないところが悲しいな。)
階段を下りた弓人は自分の高度な足運びで迷宮に入った雰囲気を壊している事に悲しさを感じる。ここはこの迷宮の第一階層に当たる部分、特に敵は見当たらない。
「下には敵がいるんだがな。ヴィル、何か感じる?」
「ユミヒトが感じた以上の事は分からん。」
ヴィルも特に感じた事は無かったようである。弓人は少し呆けた様な顔で上に視線を上げ、その視線を足元へと戻す。そして、
コン....ン、...ン、...ン、.......、.......、
そろそろお馴染みなりつつある音響レーダーを起動した。弓人は頭を少し下げて目を閉じ、音を聴く。三十秒程聴いた後、顔を上げた。
「面倒だな。」
「ん?」
「面倒だ。」
「ええと、我は何か恐ろしいもの聞いた気がするのだが。」
「え?面倒って言っただけなんだけど。」
この時ヴィルには嫌な予感がしていた。否、既にこういった事態になる事だけは予想していたのだが.........
「地上の安全のため、五階層くらいまで潜ったら、」
「潜ったら?」
「掘ります。」
「......何を。」
「地面を。」
この迷宮に“吹き抜け”が造られる事が決定した瞬間であった。
「........やはり、こうなったか。」
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バキッ
「ん?なんか踏んだ?」
ここは第二階層。弓人は第一階層の迷路を全く迷わずに終え、ゴールにあった階段を下りた。その間、僅か十分の出来事であった。そして今踏みしめている地面、弓人は何かを踏んだ様な気がして、足を上げてみる。すると、
「なんだろ?白い、粉?」
足をどけた地面に白い粉状のものがあった。弓人はそれをふっと一吹きすると一瞬で飛んで消えた。
「一瞬だけ何かを「ユミヒト」.......はい。」
弓人が自分の考えを述べようと口を開いた後すぐにそれを遮ったヴィル。その声には呆れが色濃く含まれていた。
「分かっていてやっておるのだろう?ほれ、そこを見てみよ。」
ボコッ、ボコッ、ガサ、
弓人の周りの地面が隆起する。そしてそこに現れたモノは二人が想像していたモノと完全に一致する、あの魔物であった。
「“スケルトン”、お前か。」
「何故知り合いの様に呼のだ。」
「いや、なんかお馴染みって感じで。地面から出てくるところも、何か感動したわ。」
「分からぬ......。」
予想していたモノは一緒でも、弓人の感覚は共感されなかった様である。そして何よりも先程弓人が踏んだ白い物は、つまり、
「冗談はさておき、すまないな。さっきはお前たちの仲間を“出待ち”して、“粉々”にしちまってな。」
「ひどいな。」
そう、弓人は何者かが出てくる事を事前に察知し、わざとその上に足を置いたのである。それも自然な歩幅で歩き、タイミングさえピタリと合わせて。そしてスケルトンは、その人外の踏ん張りを付与された足を押し退けて出てくる事叶わず、下から押し出される力と、蓋をされた頭上からの圧力によって、正に“粉々”になってしまったのである。そんな哀れなスケルトンの仲間達を見て弓人は言う。
「大丈夫。お前達も、」
シュッ
「そう“なった”からな。」
弓人の一瞬の攻撃でスケルトン達は消滅した。それをかろうじて目に捉えていたヴィルが弓人に言う。
「敵ながら、哀れだな。」
「そう?多分あの世に昇れたんじゃない?」
弓人にとって先程の攻撃は浄化と鎮魂の意味があった様である。絶対に違う、と世界の悲鳴が聞こえた気がした。
「宝箱もあるが......いいや、最深部にはもっと良い物もあるだろ。ぐへへ。」
「..........。」
凶悪な相棒に最早言葉が出ないヴィル。弓人はそんな哀れな球を片手に、迷宮を進んで行った。
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「五階層に到着しました。これより掘削を開始致します。」
あれから一時間と経たずに第五階層まで到達した弓人は、音響レーダーでこの迷宮の二次元的な中心を割出し、今ここにいる。そしてこの迷宮に新たなスポットを作るための掛け声を出しているのである。
「これより、掘削を開始致します。これより、掘削を開始致します。これより掘削を開始致します。」
「何故、何回も言うのだ?」
「それは周囲に危険を知らせて安全を確保するためだ。」
これからこの迷宮で改築と言う名の破壊をしていくというのに安全とは一体、と自分の考えとのギャップに頭を悩ませるヴィル。そして悩ませている間にも、その瞬間は訪れる。
「どっ、せいっ!!!」
ドォォォォォォン
瓦割のつもりだろうか。弓人は腰を落とし、左手の拳を地面へと突き立てた。当然その衝撃は凄まじく、周囲も巻き込んで陥没した次の瞬間にはその周りから崩壊が始まり、そして落下していく。
しかし、弓人は体勢を崩す事なく、ただ左の拳をもう一度引いて、迫りくる地面を待った。つまりは、地面に到達するのと同時に、
ドォォォォォォン
次の破壊が起こしたのであった。
「まさか、このまま?」
「ん?そう。このままノンストップで行こうず。」
出身地でもないのに何故か方言を発した弓人は改築を続ける。
最下層まで達する、その時まで。




