第六十三話 「こだわりのため」
ドサッ
「た、助かった。」
「......災難だったね。」
やっとのことで受付嬢から逃れた弓人はへとへとの体で階段を上がり、ドリーの執務室がある四階へと到着した。そして執務室のドアが開くと、そこに見えた椅子に躊躇い無く座った。当然ヴィルは右手の中である。
客用の椅子を占領した弓人に倣い、ドリーも自分の椅子に座る。
「それで、どこまで行ったんだい?」
「ほんっと、話が早くて助かる。」
仇を見るような目でドリーを射貫く弓人。ドリーはそれを気にする事無く話を進める。
「どうせ君はそこにいたんだよね?異変の事なんて話題に出さないよ。それこそ“迷宮内から魔物が居なくなった事”なんて。..........もっとも、それ以上の情報を持っているのなら、それは是非とも欲しいけどね。」
「はぁ、今回は無い。」
「............。」
そのあっさりとした答えを、まるで疑う様に弓人の表情を注意深く見るドリー。そして、その視線は意味ありげなのもに変わった。
「ん~、今日は読み辛いね。君はもっと無防備だったと思ったんだけどね。」
「いつまでも裸じゃいられねぇよ。」
「そうかい。」
弓人と軽口を交わす間も、ドリーは弓人に対する視線を崩さない。
「..................。」
「..................。」
「..................。」
「...........はぁ、今回は負けだよ。」
「ん?なんの事だ?」
今日の勝者は弓人の様である。何の勝者かと言えば、隠す者と暴く者の対決によるものである。
「いやいや、ふぅ。さて、ここからは僕の独り言だよ。僕が迷宮に送り出した冒険者、それも、やけに足の速い冒険者がいてね、予想が当たっているなら、その冒険者が迷宮に入った頃、迷宮入口から魔物が次々と溢れ出す現象が確認されたんだよ。前代未聞、この言葉が正しい事態を重く見た帝国も正規軍を差し向けたんだけど、なんと魔物達はまるで“何かから逃げる様に”迷宮都市から四方に散らばってしまってね。集団戦闘が基本の彼等ではあまりにも密度の低く、しかも相手が逃げている戦場では効率も悪かったから、すぐに帰還命令が出たのさ。」
(独り言が........長い。)
「その後、魔物による被害もほとんど報告されなくてね。ひとまずの安全が確認されたから、帝国は迷宮に感知能力に長けた魔道士が派遣したんだ。当然冒険者組合も出したよ。」
ドリーがそこで一拍置く。それは次の話こそが本題だと言っているようなもので........
「そしたらなんと、彼等はそこで一様に“泣き出したんだ”。それも、指揮を執るために同行した宮廷魔道士までもがね。まったく、この報告を聞いた時は耳を疑ったよ。そんな事態の中、幸運な事に冷静な指揮官がいたらしいんだ。『環境の感知に長けた者のこの状態、ただ事ではない。』って事で、その指揮官は迷宮を一時閉鎖したらしいんだ。それから魔道士達を迷宮から遠い場所に移動し、落ち着いた者からそこで感知系の魔法を発動させたんだ。それでも泣き出す者が続出してね。遠ざける事を繰り返しながら、最後には少しずつ近づいていって、やっと迷宮に起きている“本当の”異変が収束したと判断出来たから、今、迷宮を調査しているんだよ。」
(ええっと……Zzz、Zzz、X、あ、間違えた。)
弓人自身全く眠気は無かったが、あえて心の中でZzzと呟いて物語の様式美を整えようと無駄な努力をしていた。
「で、今のを聞いて、何か感想はあるかい?」
「独り言じゃなかったのか?」
ドリーそう言っていたのを弓人は確と聞いていた。
「ん?結果として、君は目の前で聞いていたよね?なら感想くらいあるでしょ?」
「..........暴論、じゃね?」
「そう思うかい?」
あっけらかんと応えるドリーに、呆気にとられる弓人。
「まぁ、状況説明には感謝する。」
「ん?独り言だよ?」
「そこに回帰するのかよ!?」
ガタッ
話の調子が狂い、これから揚げ足取り合戦になる予感を感じ取った弓人は席を立った。受付嬢の激しい攻撃で消耗した足の体力も回復した様である。
「もう行くのかい?」
「ああ、帰る。」
「........やはり読み辛い。この短期間で成長したのかな?」
「さぁな。.....................あ。」
「ん?」
扉に手を掛けた瞬間、弓人は今日ここへ来た本来の理由を思い出した。
「で、こんな事態だから手土産とかもないんだが。」
「まぁ、こればかりは何ともしようが無いよ。.........おかえり、“我が支部”へ。」
「“組合”、な?」
どさくさに紛れてこの支部に取り込まれそうになった弓人。問題を重く捉えていた者に対して、それを一気に取り払い、そこで安心しきった心につけこもうとしたドリー。彼に対し、批難轟々の眼差しを向けて執務室を後にした。
部屋から出てすぐ階段を下りる。しかし、二階を通り過ぎた所で、急に足が震え始めた。
「まさか、あいつ.......いないよな?」
「あの怪物の事か?そ、そうだな..........。」
すでに凶悪と呼ぶべき力を身に着けている弓人と、それに劣らない潜在能力を持つヴィルを震え上がらせる存在。弓人はその者の気配が無いか必死に感覚を研ぎ澄ませる。
「いない、な。ああ、奥の部屋に入っているのか。......あれは.......あの上司か。」
すると、受付カウンターの奥、スタッフルームを思しき所に二つの見知った気配があった。
「連れて行ったのか?」
「多分そうだな。」
弓人達はその上司風の受付嬢に感謝しながら階段から受付カウンターを抜け、そのまま支部の出口をくぐった。
「....ミ...ト...さん......」
「っ!?............気のせい、か。」
「い、今のはなんだ!?」
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「して、ユミヒトよ。」
「ん?」
無事に魔窟(?)を脱出した弓人達。ほっとした雰囲気の中、ヴィルは何気ない質問をする。
「何故、冒険者組合などに入っておるのだ?」
「ん?入ってたらおかしいか?」
一体何の話かと思う弓人。
「否、おかしくはないが、ユミヒトの様な気高く、高貴で、強大な者は、国に召し抱えられるか、そこらの木端貴族ではありえないが、何所かの貴族に雇われていてもおかしくない筈だ。」
(え?俺の評価、高過ぎじゃね?)
形が無くても分かる。今まさに弓人に向けて熱い視線が放たれている事が。
「......いや、ヴィルの気持ちは嬉しいが、俺はこちらの世界に来てまだ日が浅い。手早く食い扶持を見つけるなら、冒険者という選択肢が一番速いし。それに.................それに!!何よりも冒険者という者になりたかったんだよ!!」
弓人は思わず右手を開いてヴィルを“くわっ”という表現が適切な目で見る。それを受けたヴィルはほんの少し直径が小さくなった。
「そ、そうなのか。......ん?つまり、ユミヒトのいた世界にも冒険者はいたのか?」
「いや、いなかった。」
「........では何故、その存在を知っているのだ。」
「物語にあってな。」
「それ自体は存在していないのに?」
「昔はいたのか?いや、取り敢えず言葉自体は認知されていた。意味はともかくな。」
「なるほど。」
そのあと弓人とヴィルは会話を続け、最終的に、“弓人は冒険者になりたかったから冒険者になった。”“面倒臭いランク制にも自分の力量を段階的に試していくために従っている。”という二つの結論を出すに至った。
「まぁ良い。ユミヒトが楽しんでおるのなら、我が言う事は何もあるまい。」
「........なんか最近口調おかしくないか?」
「そうか?」
最後には、弓人達はとりとめのない会話に戻った。
「それで、次は何処へ行くのだ?」
「ああ、次で最後、リーザの所だ。」
「.................。」
「どうした?」
「.........別に。」
ヴィルがあからさまに不機嫌になり、弓人は首を傾げる。
「まぁ、行くぞ。」
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「.........ここが、その教会という、所か?」
「そそ。」
教会の前に立つ二つの存在。しかし、その片割れで弓人の様子がおかしい。しかしこれには訳がって、これでも弓人はなんとかしてヴィルの機嫌を治そうと必死なのである。現状、その方法が口調を変える事だけしか存在しないのが悲しいところではあるが。
「入るぞ。」
ギィ
弓人が扉を押し開く、そしてその瞬間、
ッブゥワォンッ
「ユミヒト。」
「あ、うん。」
頭上から“薙刀”の刃が迫って来た。
ッ
「っ!?」
ヴィルが教えるまでもなく、弓人は“前回と同様に”その刃を音も無く摘まんだ。
「よ、久しぶりだな。」
そして、まるで何事も無かったかの様に、その武器の主に挨拶した。
「え、あ!?、え??.......ああっ!?」
ガンッ
その主は手から武器を落とし、弓人を信じられない様な目で見つめ、
「嘘...ユミ.....ヒ........また私......いや、ご、ご、」
「「ご?」」
「ごめんなさい!!!でしたぁぁああああ!!!」
(“すみません”じゃないが、まぁいいか。)
渾身の力を振り絞って、土下座を敢行した。それを弓人は優しい眼差しで見つめ、
「いいぞ。リーザ。」
一言、赦しの言葉をかけた。




