第六十二話 「怪物(?)再び」
「いってらっしゃい。」
「ああ。」
返って来た時はあれほど熱い出迎えをしたのにも関わらず、すぐに外出する弓人にいつも通りの挨拶を交わすバラル。
(やっぱ、冒険者の世界はそれだけシビアなのかね。)
弓人が初めて請け負った、あのガーデンウルフの緊急任務でも少くない数の冒険者が命を落としている。弓人が実際その光景を現場で見ていた。前の世界より命の軽いこの世界では、その命さえも、割り切ることが必要なのだろうか。
(それも、いずれ慣れていくのか。)
元より完全に支配下にあっても、自分の体とは言い切れない弓人は、自らに対して一般人が抱かない様な不安を覚える。
「どうした?ユミヒト。」
しかし、今は一人では無い。弓人は右手を見やり、問いかけに応じる。
「いや、これから考えればいい話だ。」
「そうか。いつでも言うがよい。」
「.........俺の気持ちが小さくなると、ヴィルの口調が尊大になるよな。」
「そうか?」
本人には自覚が無いようである。それでもヴィルとの何気ない会話で気が楽になった弓人は足を進める。まずは取引の意味で多少ましな方へと。
(この場合、どういう結果になるんだ?)
それは弓人に迷宮入りを命じたエルフではなく、“勧めた”商会長コルバの所である。
トンッ........ストッ
いつも通り屋根に跳び上がった弓人はコルバの商会へと駆ける。
「まずはどこへ向かうのだ?」
「俺に迷宮を勧めた奴の所だ。」
「ふむ、つまりもう一方は......強制か。」
「察しが良いな。」
一発でドリーの悪事を暴いたヴィル。弓人の耳に、何所かで文句を言う声が聞こえた......気がした。
「それにな、」
「ん?」
ヴィルが聞いてくれ、と言わんばかりに強調して言った。
「前も言ったが、ユミヒトの考えている事が少しだけだが分かる気がするのだ。」
「そう......だったな。」
前にもそんな事を言われたのを思い出した弓人。しかし不思議と気恥しさなどは感じない。
「これから、もっと分かり合おうぞ。」
「ああ。そうだな。」
話している間にも弓人の人外の走りは着実にコルバの商会との距離を縮めていった。
そして、程なくして目的の商会の屋根に到着した。
「ここだ。」
「この辺では立派な建物だな。」
それが必要かは今でも怪しいところがあるが、弓人は手を開いて上に向け、ヴィルが周りを見やすい様にする。
「まぁ、意外に大きな商会みたいだからな。俺にはよく分からんが、商隊を組んで商売もしてるぞ。.......この前は失敗してたが。」
「ふむ、今も昔も変わらないな。」
「昔........また後でじっくり聞かせてもらおう。」
ガシッ、グルン
ヴィルを右手に持ったまま、左手で屋根の縁を掴んだ弓人は体を回して屋根にぶら下がった。迷いが無いのは、コルバの執務室がある最上階に人気が無い事が分かっていたからである。怪物との戦いが要因から分からないが、弓人のあらゆる技能がまた一段と向上していた。
コンコンッ
「..........おや?........お、おおおおおお!!!!!」
弓人はそのまま足のつま先で丁寧にノックした。すると執務机の書類に噛り付いていたコルバがハッと顔を上げ、こちらに気付いた。
「ユミ.....貴方様は!!」
「おう、取り敢えず中に入っていいか?」
「それはもちろんですとも!」
弓人は体を少し後ろに振り、少し勢いをつけ部屋の中に着地する。
「お帰りなさいませ。」
「ああ、今帰った。」
コルバの腰が低すぎて、これはまるで主人と執事の会話である。
「おっと、これはいけない。今人払いを致しますので。」
「頼む。」
最上階には誰もいないのだが、それを知る由も無いコルバは大急ぎで執務机の魔道具で連絡を取る。
「終わったか?」
「ええ、大丈夫で御座います。」
コルバが手で丁寧にソファーを刺し、弓人もそれに従う。
フワァ
「それでは、今回の依頼でお疲れだとは思いますが、成果の方を.........と申し上げたいところですが.....ええ、もちろん、私共も聞き及んで下ります。迷宮の異変は。」
「ああ。あの迷宮はもう使えない。」
「なんと......そこまで。」
弓人の言葉に悲壮感を増すコルバ。
「そこまでは、知らなかったか?」
「え?あ、ええ。以前からあった異変がとても重くなった、としか情報は掴んでおりませんでしたので。」
「(情報規制でもされてんのか?)そうか。まぁ、コルバは俺の雇い主だ。そちら自身がどう思っていてもな。」
「有難う御座います。」
「だから、これも......そうだな。少しの値段でいいから買ってくれ。いや、今後他の情報との交換分って事にしてくれてもいい。」
「聞きましょう。」
コルバは一瞬思案したのか、眼球を左右に振った後弓人の提案に乗った。
「いいか、さっき少し言ったが.........あの迷宮はもう魔物は出ない。そして宝も、だ。」
「っ!?、わ、分かりました。重要な情報を有難う御座います。」
(あれ?本当にそうなんだよな?)
今コルバに渡した情報はヴィルが魔物を配置していた、という情報“のみ”に基いたものである。
チラッ
コロッ
右手の中にいるヴィル球が弓人の体に向かって“縦”に転がった。弓人はそれを肯定のサインとして受け取った。
「あとで、返してくれ。」
「もちろんで御座いますとも。」
迷宮の情報をあっさり渡した弓人であったが、これでヴィルに不都合があった場合は、いくらコルバといえども、一族郎党“消去”する事は厭わない考えだ。しかし、幸いにも肯定の返事から先、ヴィルに動きが無いためコルバの一族の首はつながった様である。
(そうだ。魂についての話を......いや、早まってはいけないな。この手の話は、商売や利権から遠い存在から聞くのが望ましい........気がする。)
なんとも頼りない弓人メソッドに従い、発案者本人は思いとどまった。
「さて、報告と言える報告はこれ以外に無い。手土産も何も。」
「いえ、我が商会の専属冒険者が無事に帰還した事こそ、今回の大きな収入で御座います。」
「おっと、すこしグッと来たぞ。」
「「はは.........はっはっはっは!!」」
二人は笑い合う。見た目の年齢差をものともしない、お互い実に痛快な笑い声を上げる。
「ふぅ、どうしてでしょう。ユミヒトさんが迷宮に向かわれて、どう考えても潜っていそうな時期に大きな異変の話を聞いて緊張していたからでしょうか。いやいや、それも解けて、思わず笑ってしまいましたよ。」
「俺も、何か壮絶な戦いをしてきたようで…….本当に、こっち来て安心した。」
「それは良かった。」
「ああ、また以来があったら言ってくれ。......あ、今回の依頼は......」
「ご安心を。元々、証書を書いた訳でも御座いませんし、普通専属の冒険者や人材にはそういったものは使わず、成功失敗以前に流動的な仕事を任せる事が多いらしいので。」
「そうか。」
「ええ。ですので、ユミヒトさんはまずゆっくりと体を御休めになって下さい。」
「そうする。」
そうする、というのは完全に嘘なのだが、珍しく空気の読めた弓人は気遣いのある嘘をついた。そしてソファーから立ち上がり、自分の正面玄関である窓から、
「それでは。」
「ええ、いつでも。」
跳び上がり、屋根の縁を掴んでその上に体を振り上げた。
トンッ
「さて次は、」
ある方向に目を向ける弓人。しかしその目はうんざりした様な雰囲気を醸し出している。
「どこへ行くのだ?」
「はぁ、あんまり行きたくないが、冒険者組合の支部長の所だ。」
「人間社会の中では多少高い位置にいる事だけは想像に難くないぞ。」
「ああ、合ってる。はぁ、ああいうのが一番厄介なんだ。」
タンッ......ストッ
特に必要はないが、気分を変えたいがためか、通りの向かいの屋根に飛び移った弓人。
(まぁ、報告は必要だからな。)
あの雄エルフを脳裏に浮かべながら屋根を蹴る。
弓人にかかれば建物間の距離は無いに等しく、こちらも迷宮に向かって以来見ていなかった冒険者組合の支部を目に捉えた。
弓人は堂々と通りに跳び降り、それから扉の無い入口へと向かう。
「ここが冒険者組合だ。」
「組合というからには戦士達が多くいるのか?」
「あ~、ここは.....少し違うな。」
呑気な声を出して歩いて行く。その入口の向こうに、
この世で最も恐ろしい怪物(?)が待っているとも知らずに。
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弓人は特に違和感も無く、支部の入り口を潜った。
(またあいつが出るかな。.......まぁいい、スル―の方向......っ!?.....)
(ユミヒトっ!!)
ザッ
パンッ
今弓人が蹴った地面、その上には“誰かに抱きつこうとして失敗した”様にしか見えない、一人の女の姿があった。
(ど、どっから出た!? しかも、パンッ、って空気の音か!?)
その衝撃的な事実に、自分の体の無事を確認する弓人。どうやら無事の様である。しかし、
「.....ユ.......さん.....」
「「ぇ」」
「.....ユミ..ト....さん......」
ギラッ
「ひっ、ひぃっ」
(なんだこ奴は!?)
安心も束の間、怪しく煌めく双眸が弓人を捉えた。全身に感じるあまりにも大きなプレッシャーに体が動かない。そして、
「ユっミヒっトさ――――――ん!!!」
「ぶへぇっ!!」
「ユミヒトっ―――!!」
ガンッ、ザ―――
遂に怪物によって抱きつかれた弓人はその衝撃を受け、そのまま床を滑っていく。
「おっと、危ない。」
スッ
ガンッ
そして、他の冒険者達が机を移動させた事によって壁への通路が開通し、そこへ見事、頭からゴールを決めた。
「ユミぃ、ヒトぉ、さぁん......ハァ、ハァ。」
「「........................。」」
弓人は動けなかった。物理的にも、精神的にも追い込まれ、いかにもこれから捕食される生態系の底辺にいる様な気分がした。ヴィルもドン引きである。しかし、なんと弓人はここで珍しい、本当に珍しいファインプレーを決める。
「た、ただいま。」
...............パァァァ
その一言で捕食者の目からは怪しい光が消え................代わりにハートマークがついた。
「おかえりなさぁい。」
スゥリスリスリスリスリスリッ
チリッ、チリッ
「わぁ、削れるっ!!防具が削れるっ!!」
彼女の皮膚はどうなっているのだろう。その滑々の肌は、弓人の防具に接触し、火花を出す。それを見た弓人はたまらず、
「た、助けてくれー!!!」
大声で助けを呼んだ。そして、それを世界が聞き届けたのか、彼の下に救世主が現れる。
「はぁ、やはりこうなったか。」
そこには、右手で顔の半分を覆い、溜息をつきながら階段を下りてくる雄エルフがいた。




