第六十一話 「手土産」
「おお!外はこうなっているのか!!」
一面の緑にヴィルの言葉も弾む。弓人はヴィルをその手に大事に抱えながら、迷宮都市から帝都に向けて真っ直ぐ走っていた。時間は昼過ぎ、食後の散歩にはうってつけのカラッとした程良く涼しい空気が体を撫でる。
「どうだ?八千年振りの景色は。」
「うむ、あの戦いの爪痕も無く、数えきれない程の命が芽吹いておる。」
あの戦い、そう、ヴィル達が怪物を今の迷宮都市まで追い詰めた戦い。八千年という長い時間はその伝承も何もかもを過去に葬ってしまった様だ。
「ユミヒト。これからどうするのだ?」
「ん?どうするって?」
ヴィルの問いかけに、その自分が進むことによって生じる突風をものともせずに応える。
「迷宮都市?だったか。あそこはこれからどうなるか分からんが、我とユミヒトはこれから帝都に向かい、そこで生活するのであろう?」
「そうだ。」
「それに、この姿も何とかせねばなるまい。」
「それは........難しい問題だな。」
聞きながら弓人は右手に握りしめたヴィルの感触を確かめる。結果、“球”という単語しか頭に浮かばなかった。
「まぁ、取り敢えずだ。口の堅そうな奴にでも聞いてみる。俺だってこっちの世界歴は長くないんだ。」
「我は分からんが、そ奴等、信用できるのか?」
「まぁ、大丈夫だろ。」
その大丈夫には、“後でなんとでも処理出来る”という意味が含まれているのだが、それをあまりにも自然に考えていたからか、ヴィルは気付かない。
「金もまだあるし、魂がある程度認知されていて、魔法だってあるんだ。その手の専門家だって居るだろ。」
ろくに魔法を知らないにも関わらず魔法万能説を唱え出す弓人。しかし弓人に対する信用度が既にメーターを振り切っているヴィルにとって、信用以外の応えは見つからなかった。
「まぁ、なんだ。全ては帝都に着いてからだ、そしたら............あ。」
足は止めない、しかし表情が完全に固まった。眉間の皺が深くなっていき、左手で顔を覆い、言う。
「ドリーとコルバへの土産.......忘れてた。」
今回の主目標である二つの仕事。それを完全に失念していた弓人であった。
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「着いて、しまった。」
「これからここに入るのだな!」
あの後、永遠に続く穀倉地帯と川を二つ渡った弓人は、現在帝都南門の前。実際西門が一番近かったのであるが、気分でこちらの門に来ていた。今日は帝都に入る人の列が長い。ざっと数えただけでも百人の列が六つ出来ている。
「ま、並ぶか。」
弓人は一番流れの速い列に並ぶ。いつもならば一人で物思いに耽りながら、寂しく待つだが、今日は手のひらの上に、小さな連れがいた。
「うむ、うむ。ここからでも多くのヒトがいるのが判るぞ。」
「ああ、ここはこの国の首都らしいからな。」
一人と一つ、彼等の会話は弾んでいく。しかし傍からみれば紅い球に話しかけて笑っている、怪しい子供にしか見えない。それに気が付いた“出来る龍”ヴィルが弓人に言う。
「ユミヒトよ。」
「なんだ?」
「ヒトとは......生き物に見えないものに話しかけても、不自然には見られないのか?」
柔らかい表現を多用した言葉であった。しかし弓人は気にする事も、また、気にする理由も無かったらしく、
「ん?多分だれも気が付いてないだろ。俺、そういう能力もってるし。」
あっけらかんと言った。それに対してヴィルは驚きでは無く疑問符を浮かべたのを感じ取った弓人。
「ん~~、そっか、ヴィルには見せてるからか。」
「何をだ?」
「俺は自動的に隠密を発動させる事が多い。初めは相手に気付いて欲しい時も発動していたが、最近は状況に合わせて自動的に発動するからな。ヴィルに隠密を使うなんてもっての他だし、他の奴等に会話を邪魔されたくもない。だから他の奴には聞こえない。.........よし。」
最終的に理論的では無くなった説明に、無理矢理終止符を打った弓人。
「.......よく分からんが、つまり我と会話していても問題無い、という事だな?」
「そうだ。」
ピョン、ピョン
弓人の手のひらをヴィル球が嬉しそうに跳ねる。
その後10分ほど経過した頃。
「次。」
持ち物検査員の声が弓人を呼んだ。気が付けば弓人達は既にトンネルの中である。
「通行証か組合証明を。」
咄嗟にヴィルを右手に隠し、冒険者組合の組合証を渡す。
「ん、通って.......っ!?.....................よ、し。」
係員から組合証が返却され、弓人達は帝都に入った。
「よし、抜けたな。」
「ちょっとまて。」
弓人の澄ました声をヴィルの批難の伴った声が押しのけた。
「先程のはなんだ?」
「先程「とぼけんでよい。」..........。」
ヴィルは検問での持ち物検査員の態度に疑問を抱いていた。弓人に組合証明を帰す時は特に、明らかに普通の精神状態では無かった事にも。
「で、なんだったのだ?」
「いや.....あいつ、俺の右手を見てたからさ、ヴィルを渡したく.....ないだろ。他の奴に触れさせたくない。」
ジュゥゥゥゥゥ
「っ........。」
弓人の握りしめられた右手から、まるで肉の焼ける様な音がした。否、今もしている。しかし今日の弓人は一味違った様で、それをまるで無かった事の様に大通りを大腕振って歩いていった。
そして、気付けば弓人に対するヴィルの追及もまた、止まっていた。
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「ここが、ユミヒトが泊まっている宿屋か?」
「そうだ。ここからはヴィルとの会話は少しストップな。」
「すと.......?分かった。意味だけは分かったぞ。」
弓人達はバラルの宿屋の前に到着していた。何も変わっていない、と建物を見渡した弓人は中へ入る。すると、
チャリンッ...ンッ...
「いらっしゃ.........おお!!ユミヒト!!!」
ドタダダダダダ
ガシィッ
「「!?」」
カウンターの向こうから超人的な速度で走って来たと思ったら、弓人を抱擁する.........わけでは無く、頭を鷲掴みにした宿屋の主人バラル。そしてその頭をぐりぐりと回す。
「心配してたよ。僕も、周りの皆もね。」
「そ、それは.......ゴキッ.............悪かったよ。」
首から奇妙な音をさせながら弓人はバラルに不器用な謝意を示した。それにしても、優しい言葉とその行動があまりにも一致していない。
「と、取り敢えず、その頭を撫でるの、やめてくれ。」
「おっと、これはすまないね。」
弓人の頑丈な体を破壊せんとしていた攻撃は止まった。ようやく平和が訪れた体に、弓人も、そしてヴィルも胸を撫で下ろす。
「まぁ座りなよ。」
バラルに促されるまま弓人はカウンター席に座った。先程から思っていたが、周りの客の目が生暖かい。
「それで、どうしたの?」
「ん?どうもしていないさ。」
お約束の様な質問に適当に答えた弓人。しかしバラルはそれでは不満だったらしく、
「いやいや、何かあったでしょ?これだけの期間いなかったんだから。」
「いや、別に......ん?今、なんて?」
弓人に同じ様な質問をした。否、正確には弓人は聞く逃す事の出来ない言葉を含んでいた。
「これだけの期間?どういう事だ?」
「え?一体何を、言ってるんだい?」
バラルが信じられない様なものを見る目で弓人を見る。
「君がここを出てから八小周期だよ! 正確には三十と五日! あそこに行くにしても君ならもっと早く帰ってこられただろう??」
「なっ!?」
余りの驚きにバラルの迷宮をぼかした気遣いに気が付かない弓人。自分でも信じられない事に頭を悩ませる。
(三十五日???どういう事だ。俺の体内時計は極めて精確だ。元からこっちの世界に合ってたしな。.........嵐........あの空間か。それが狂ったのは。)
悩ませてからすぐに原因を突き止めた。事実それしか原因が考えられないだけなのだが。
「そっか。そんなに時間が経ったのか。」
弓人は周りの冒険者に誤魔化す様に言った。当然バラルの目は、その芯だけは変わっていなかったが。
「まぁ、分かればいいよ。時間の経過が分からない程頑張っていたんだろうしね。」
しかし、誤魔化しには乗ってくれた様である。
「そうだ、何か食べるかい? 昼食の時間は終わってしまったから、ええと、今は簡単な麺料理しか出せないけどね。」
「頂こう。」
「よしきた。」
バラルはそう言って肩を躍らせながら厨房に入って行った。
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「ふぅ、食ったな。」
「美味かったか?」
「ああ。」
あの後、麺料理をたらふく食わされた弓人は、部屋に戻ってきた。まだ詳細は話していないが、今回の旅の疲れもあるだろう、とバラルが機転を利かせて特に追求もせず、逆に部屋に戻る様に言ってくれたのである。
弓人はベッドに腰掛け、その横に置いたヴィルを見る。
「まずは、今回俺を迷宮へ送り出した奴に報告をしてくる。」
「そうか、我にとっては恩人だな。」
コロコロ、コロコロ
「いや、彼奴らは...........いいや。」
「?、そうか。」
弓人は不満の表情を浮かべるあの二人の姿を一瞬だけ思い浮かべて、また、一瞬で消し去った。
「まぁ、そっちはすぐに終わらせるから。それよりも、ヴィルの事だ。」
「うむ、どうしたら良いものか。」
この姿のままでは何かと不便である。自由に浮くことも出来るため、移動は容易いのであるが、自分と同じ世界に連れ出したかった弓人にしてみれは、それでは当然不満である。
「それについては.......はぁ、癪だが、知識量豊富そうなドリーと、あとはリーザに聞いてみるしかないな。」
「リーザ?」
「取り敢えず報告だけは終わらせて、それからヴィルについての話をする。それでいいか?」
「え?う、うむ。」
方針だけは決まった弓人はベッドから立ち上がる。少し様子のおかしいヴィルには突っ込まない。
そして、ヴィルを右手で優しく握り、部屋を出た。




