第六話 「宿の主人と魔法の存在」
弓人は大通りから少し離れて宿屋が立ち並ぶエリアに着いた。
(ん?何故分かるかって? 看板の字が.........読めるんだよ。)
読める筈の無い文字を理解しつつ、それぞれの看板を見ていく弓人。
(たしかに便利ではあるが、聞いたこともない言葉が分かって、見たこともない文字も分かる。これ、一種の恐怖だな。)
とりあえずミディアム(?)なランクの宿屋に入る。
弓人が両開きのドアを押して中に入ると.........
チャリンッ...ンッ...
「一昨日来やがれぇっ!!」
ドドンッッ
シュァンッ
(すわっ!? 戦士風のでかい男が飛んできたぞ!?)
それを弓人はすかさず右に避けて左わき腹でキャッチ。体を回転させながら速度を殺し、男の体の正面を向こう側にして半分寝かせて膝立ちになり首を絞める!!
(いや、なんでだよ!!)
男を絞め上げてから、ようやく自らの行動の結果を認識する弓人。そんな弓人に、
「あの........君?」
「は、はい?」
「放して........あげたら?」
気が付けば男は泡を吹き、気絶していた。
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「いやぁ君、この度は失礼したね。」
そんな軽い感じで謝罪するのはこの店の主人らしき人物。
「僕の名前は“バラル”この宿を切盛りしてる。」
(やはり主人だったか。しかしシカゴマフィアが着そうな洒落た服を着こなし、髪と顎鬚は短めに整えられている。宿の主人をいうよりバーのマスターの方が似合いそうな恰好であるが...........)
「たしかにバーのマスターの方が似合いはするわな。」
(げっ、心を読まれた!サイコメトラーかっ)
「いや別にそんな魔法は使っていないよ。如何せん僕には魔力はほとんど無いんだ。」
(魔法?魔力?なるほどそれなら自分のヘンテコな力も、能力も、あの露店のおっさんの不気味な感覚も頷ける。)
「君は顔に出やすいし、僕の恰好に目がいってたしね。」
「ああ、それなら...いいんだ。」
「それよりもこの縄を解いてあげたらどうだい?」
縄? 弓人はなんの事だろうと思う。
「先君が絞め落としたその男の両手首の縄だよ。」
「え?」
気絶した男の腕をみる。
(なっ........確かに腹の前で両手首を縛られている。俺がやったのか?いや、マスター(仮称)の言い方だと飛んできた時は縛られていなかったようだから........そう、なんだよな。)
「ああ今解くよ。」
知らないはずの結び方をされている縄をさっさと解いた弓人はカウンターに向かう。
「とりあえず今日ここで食事をして泊まりたいのだが。」
「あぁ一人部屋は一泊3500カッシュ、夕食・朝食付きで4200、昼はこの食堂で注文できるよ。」
(あれ?人間大砲ぶっ放したお詫びに割引とかは?え?ないの?)
「「あれ?人間大砲ぶっ放したお詫びに割引とかは?え?ないの?」とか考えてたでしょ?」
(うわっ、そこまで? え? そこまで顔に出てる!?)
「出てるよ。ん~当然宿として誠意は見せないとね。そうだ、朝夕の食事は無料でいいよ。それで何泊する?」
「ああ、とりあえず3泊で。」
とりあえず10500カッシュを銀貨と小銀貨で払う。
(たのむっ、合っててくれ。)
「お釣りの銅貨5枚ね。」
(合っていたようだ。今回は勘だったがあとでしっかり貨幣価値を確認しないと。)
「部屋は2階の一番奥204号室だよ。」
鍵を受け取り部屋へ向かおうとする。
(いや、しかしそれよりも気になることが.........)
弓人は踵を返し、バラルに聞いた。
「さっきは何で男が射出されてきたんだ?」
至極真っ当な疑問である。
「ああ、僕の料理に文句を言ってきてね。たまにいるんだ。そうやって宿泊代を返せって言ってくる奴が。」
なるほどと思う。弓人もそんな客なら宿屋は願い下げだ。
「いや、宿泊代はいいんだが料理にケチを付けられるのな“とてつもなく”腹が立ってね。」
(なるほど。そういうタイプか。)
しかし弓人は思う。この主人、どこに戦士風の男を投げ飛ばす力があるのだろうか?これも魔法?魔法なのか?と。
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バラルの宿屋204号室
(ふぅ、やっと一息つけるな。)
部屋には簡素な机・椅子、ベッド、引き出しのついた肩の高さまでのロッカーがある。
ベッドに横たわり天井見ながら考える。
(そうか、ここには魔法があるのか。)
あの時命を落とし、いきなりこの体になっていた弓人。生きるためには手段を選んではいられない。あるものは何でも使い、利用できるならば子供だって誑かす考えだ。
(こんな思考になれるのもこの体が原因だろうか。)
そう、当然この体は弓人にとって自分のものとは言い難い。身長は縮んでるし、人に認識され難いしで何かと不便だ。俗に言う“隠密活動”には便利な体ではあるが。
(ん~、金はあるし、何かあったら逃げればいいから......)
弓人は見いる筈のないロビーの方を見て思う。
(正直に聞こう。魔法とは何か。ここはどんな国か。)
“子供さえも誑かす”などと言っておいて何とも締まらない、純朴少年の弓人であった。
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「ああ、部屋は気に入ったかい?」
「快適だよ。」
そんな短い会話のあとカウンターに座る。
「何か聞きたいことがある顔だね。」
「話が早くて助かる。聞きたいことがあるんだ。」
「なんだい?」
「全て。」
「?、ああ、いいよ。」
弓人の質問になっていない質問に主人は顔色一つ変えず教えてくれた。
それを自分の中で呟きながら整理する。
(まずこの国はホールドルト帝国。そう、王国ではなかった。帝政で、帝国主義バリバリであるが、別に自国民に圧制を敷いているわけではないらしい。ここは帝都。固有の名前があるわけではなく“帝都”と呼ぶそうだ。帝都は大陸の中心部にあり、遠方には海とその他の大陸も存在するらしいが広すぎる事、そして一部沿岸が大森林に覆われていて全容は把握できていないらしい。隣国にはレディウッド王国とバース王国があり、その二国とは度々小規模な戦闘が行われているらしい。それでも交易は止められておらず、事実上の国境を越えて商人が行き来しているそうだ。商魂逞しいとはこの事である。街もこの帝都から放射状に点在しており、定期的に馬車が走っているそうだ。
そしてなんと!この世界には獣人がいるらしい。んっはー、やっぱりいるんだなー。帝都では全くと言っていい程見かけないらしいが、獣人の国もあるし、街道で遭遇することもありらしい。ウサギ耳とか猫耳、犬耳とかドラゴン娘でもいいな!!..................おっと失礼。隠していた妄想がダダ漏れだったようだ。心の蓋パッカパッカしてたね。......ふぅ.........
そ・れ・よ・り・も.........さてようやくやって参りました、一番気になるもの、“魔法”だ。ケモ耳重視じゃないよな?そうだな?。ま、まずは魔法とは何か。“魔法とは自らの魂から漏れ出た生命力を常世の事象を変えるために使用した結果”らしい。こればかりは主人も門外漢らしく、そういうことが世間で言われている一般常識でしかないそうだ。この大陸には学術都市もいくつか存在するらしく、そこで唱えられている定説なんだそうだ。この魔法に使う魔力はほとんどの人が感じ取れるらしい。いや俺異世界人だからよくわからないんだが……。魔法の事が学びたければ学術都市に行くように勧められたが。こういう世界では教育機関はべらぼうな授業料が掛かるのが鉄板だ。何故そう考えるかって?今更だがそういう小説が好きだからな!!そういった知識を使ってどんな状況だって乗り切ってやるよ!!
...............話を戻そう......。こっちに来てからどうも熱くなっていけない。
魔法を“世界が認識できるレベル”で使える、つまり火を付けたり、水を生み出したり、将又土を盛り上げたり、そういった事を出来る人は少ないらしい。この宿屋だけの話になるが、魔法を専門に食っている人は100人に1人程らしい。それでも多くの魔法使いのヒエラルキーは高くないらしく、しかし高位の魔法使いとなると“魔道士”とよばれて国のお抱えになるか、宮仕えになるそうだ。)
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「今日はここまでにしておこう。」
マスターにも仕事があるらしく今日はここで終わりだ。
「ありがとう、勉強になったよ。」
「構わんさ。帝都にはいろんな人が来るからね。君程はいるかわからないけれど、一般常識に疎い人だっているさ。」
(うっ)
こればかりは渋い顔を隠せない。もともと何も隠していない顔面全裸なのだが。
「夕食時にまたおいで。」
そう言って、バラルは部屋を後にした。