第五十一話 「我が道は一つ」
「おい、昨日で何人だ?」
「80人.......だな。確か。」
「ここも危なくなったりしてな。」
「ああ、今でも迷宮から魔物は出ないが、これからどうなるかは分からない。」
「新人も辞めちまったし、俺らも早くこの都市から出た方がいいな。」
空に幾千の星が瞬き、月が照らすは迷宮の入り口。弓人はその入口に向かって広場を堂々と歩いていた。迷宮の入り口を警備する兵士の声が聞こえる。
(このやけに広い広場はパーティーを組むか、露店を出すために使われているんだろうか。“荷物持ち募集”とかありそうだしな。あ、それでも低ランカーは登録が必要だったか。)
弓人が頭の中で呟いていると、警備兵の一人がこちらへ歩いてきた。そして、
コッ、コッ、コッ、コッ、コッ
そのまま、すぐ傍をすれ違った。気が付かれなかったのは当然隠密の効果であり、その能力は今も向上を続けている。ここまでの道で多くの店を回って来たが、そこで様々な悪戯をしてきたのだ。露店に並ぶ商品を目の前で一瞬の中に並べ替えたり、服屋の服を全て裏返しで掛け直してみたり、最終的には店員のポケットから全ての物をスリ、それを陳列棚へ丁寧に並べた事さえあった。ちなみに、人間生活の三大要素“衣・食・住”の一つ、迷宮内での“食”について完全に忘れていた弓人は、急ぎ“迷宮探索用品店”なる店で固形の栄養食を大量に購入したのだが。
そんな忘却系悪戯っ子の弓人はその歩みを止める事なく、そのまま迷宮の入り口へ。例によって例の如く、入り口を見張っている警備兵の間を華麗に過ぎ去り、いざ迷宮へ。
斯くして、弓人は人生初の迷宮入りを果たしたのである。
(なんだか、解明されなかった事件みたいだな。)
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(ふーん、第一層?はただの洞窟みたいだな。)
迷宮に入った直後、弓人の周りには岩肌がむき出しの洞窟が広がっていた。
(普通ならここでおっかなびっくりしながら先へ進むんだろうが、俺は......な。)
コンッ........ンッ.....ンッ.....ンッ.....ンッ
弓人が踵を打ち鳴らし、洞窟内に反響した音が返ってくる。それを注意深く聴いた彼は顔を上げ、
(こっちだな。)
迷わず前へ進んだ。明かりも無く、ただ暗い深淵に包まれたまま歩いて行く。その歩みに僅かも躊躇いは無く。
(音から判るが、このフロアは全体が迷路みたいになってるんだな。)
そう、弓人はその音響探索でこの階の構造を概ね理解していた。そして、既に光は差し込まない程入口から離れているので微光を拾う種類の暗視は出来ないが、彼の双眸は彼自身理解できない情報を集めて、頭の中に像を結んでいた。
(色付きで見れるから、本当に便利だよな。)
暗視装置の常識を超えた暗視装置|(裸眼)を携え、洞窟を進んで行く。途中、多くの分岐に出くわしたが、行き止まりになっていない道順を把握しているので、そちらへ迷いなく進む。その後十分程進んでいると、
モワッ.......ゾゾゾゾゾゾゾゾ
(あれは.......霧?靄か?)
突如、弓人の目の前に黒い靄が立ち上った。それはまるで中心に集まろうと渦を巻いていて、
カランッカランッ、コッコッ
「「「ガガガッガッガガガッガガ」」」
直後、その魔物は姿を現した。彼等は歯がむき出しの口から壊れたぜんまい式の玩具の様な音を上げ、暗い虚空の双眸と白い骨格を持つ、十体の“骸骨”であった。そして片手にボロボロの剣と反対の手にこちらもボロボロの盾を持ち、弓人を取り囲む様に迫って来た。しかし、
シュッ
ガランッ
ガラガラッガラガラ
バキィッ
弓人の強烈な蹴りが炸裂し、その半数が唯の骸へと還った。そのあまりの事実に警戒を示したのか、骸骨達は弓人からじりじりと距離をとっていく。逃げる算段をしているのかは判らないが、当然、それを許す弓人では無く、
ジュッ
複数の音が同時に響く様な、“数回”の蹴りを一瞬で繰り出した。既に普段の体勢に戻っていた彼の周りには、骸骨がいた痕跡は跡形も無かった。彼らはその蹴りで粉々にされたか、残った小さな破片は迷宮内のどこか遠くに飛ばされたのだろう。
(ふぅ、なるほど。始めは“スケルトン”辺りなのか。暗い中で怖がらせるにはもってこいだな。)
戦闘に対して特に手ごたえも無かった弓人は再度歩き始める。魔物が出現した場面を初めて目の当たりにしたのにも関わらず、至って冷静に。
(まぁ、こういう出現方式も予想はしていたからな。しかし、この時間は他の冒険者はいないのか?少なくともこのフロアからは気配を感じないんだが。)
今は深夜。しかし、光の届かぬ迷宮内で昼夜の時間は関係無い。つまり、少なからず潜っている者がいると弓人は思っていたのだが、
(これも異変が原因か?まぁ、眠気眼を擦って迷宮に来ても命を落とすだけだがな。)
そう考えつつも、歩みは止まらない。彼は迷宮の奥へと、その足で進んで行く。
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「ガガッガガガ、ガ!?」
ブゥワンッ
バキィッ
始めのスケルトン戦からここまで十三戦、時間にしておよそ三十分。この迷路状の階も終わりが近づいてきた。普通なら迷路に迷うか、他の冒険者から教えられた道を試行錯誤しながら進むため時間が掛かるのだが、歩かずともマッピングが出来る弓人には関係の無い話であった。そして彼の鼻は、この階よりほんの少し濃い匂いが流れてくるポイントが近づいている事を察知して、
(階段、か。)
洞窟の角を曲がった先、弓人の目の前に作りが少し雑な石の階段が姿を現した。弓人はその階段を躊躇無く下りていく。
階段を下り終わると、そこには第一層と同じ外見の洞窟が広がっていた。一度周りを見渡し、すぐさま弓人は踵を打ち鳴らす。
コンッ........ンッ.....ンッ.....ンッ.....ンッ
(ここも、迷路みたいだな。行き止まりが多いし、少し返ってくる音が違うヶ所がある。材質が違う、トラップか?)
またしても一度の音響探索でフロアの構造を理解してしまった弓人。これではゲームの攻略本を持っているのと何等変わりがない。結局、第一階層と同じ様に歩みを進める。
それから3時間、殺戮と暴虐の限りを尽くしてスケルトン達を粉砕して周った弓人。途中から分かっている道を走ったため、既に第十階層の入り口、つまり階段まで到達していた。
早速、その階段を下りて攻略を始める。すると目の前に、既に見慣れた黒い靄が現れたのだが、
モワッ.......ゾゾゾゾゾゾゾゾ
「「「グルルルルルルルルッ」」」
(おろ?今回は狼か?ガーデンウルフとは毛の色が違うな。迷宮だから「ギャンッ」ダンジョンウルフとでも呼ぶのだろうか。)
考えている間にその狼型の魔物が襲って来た。しかし弓人は全く意を介さず、手刀で一刀両断したのである。哀れなその魔物は自分の飛んで行った方、つまり今の弓人の背後の壁を自らの臓物と命で装飾し、その生涯を終えていた。
「「「グルッ、グルルルッ、グルルルッ」」」
魔物達が警戒の唸りを上げる。しかし、ここで弓人はこの階層の上層とは異なる点を発見する。発見というよりは見るからに違う事なのだが、
(あれ?今俺、暗視を使ってない?勝手に切り替わるから判り難いけど、これは自然の色だな。.........ん?壁が少し光ってるのか?いや、壁に斑点模様に光るヶ所があるのか。)
弓人が今いる階層、第十階層は壁に埋め込まれた何かによってある程度の明るさがあった。
(ここから難易度を下げる必要があるのか?ん~、もしかしたら上の階は本来、単純に暗闇の中迷路を解かせる様に設計されていたのかもな。スケルトン達が出てきたが、いつもならもっと弱いのかもしれないし。俺には判らんが。)
確かに、スケルトンを手刀でバラバラにしてしまった弓人には彼等の強さなど微塵も理解出来ないだろう。たとえ迷宮に異変が起きる前の強さを知っていたとしても。
弓人は一旦考察を止め、未だ警戒の色を崩さない魔物達を見やる。そして、
「は、は、はっくゅんっ!!」
「「「っ!?」」」
盛大にくしゃみをした。すると、
「「「クゥン、クゥン」」」
ダダダダッダダッダ
狼にあるまじき情けない足音をさせながら、彼等は洞窟の奥へと逃げて行った。
(.............違うんだよ。驚かすとか、そういうんじゃなくてですね。)
謎の弁明を始める弓人。しかし彼等は行ってしまった。その事実は曲げる事は出来ない、
と思ったが。
(いや、“逃げた”という事実は“逃げられなった”に書き換えればいい。位置について.........よいどんっ!)
用意と容赦の無い酷いスタート切った弓人は、狼達が逃げて行った道を精確に辿る。そして一分も経たずにその集団に追い付き、
「タッチ!」
ズバンッ
「グゥェ」
弓人からしたら“普通の”鬼ごっこなのだろう。捕まった時のペナルティが“命”である事を除けば。
「タッチ!」
ズバンッ
「ゴゴァ」
また一体、本物の鬼より余程怖い鬼に捕まった狼が、その命を徴収される。仮に弓人が伝説の存在だと考えると安い遊戯代かもしれないが。しかしそれを望んだ訳ではないので、やはりこの狼達は哀れとしか言いようがない。
三分後。
「タッチ!」
ズバンッ
「ガッ」
(ふぅ。)
途中から狼達が散らばって逃げたため、少し時間が掛かってしまった、と供述しそうな顔をする弓人。この広い取調室にはカツ丼は無い、代わりに狼の肉が散らばっている。
(終わりか。よし、元の道に戻るか。.......あれ?そういえば深く深く潜る事だけ考えていたが、もしかして行き止まりとかに宝箱とか落ちてたりしたのか?)
楽しむための迷路ならいざ知らず、ここは命を試す迷宮である。魔物達が出現する中、最短コースを選ぶのが最適だろう。
(しかも、よくよく考えればまだ何も得る物が無いしな。コルバにしてもドリーにしても“お土産”が必要だしな。よし、少し寄り道するか。)
音波でマッピングした道を脳裏に思い描き、宝箱がありそうな場所を探す。
その軽率な行為が、自分の命を
脅かす事も知らずに。




