第四十九話 「静かな観衆」
「ガァ?.........グ、.....」
何者かに蹴飛ばされたガーデンウルフのくぐもった断末魔が響く。帝都から西にほど近い街道をとんでもない速度で突き進む、その者の正体は、やはり弓人であった。いつも通り南門から外に出た弓人は帝都の外周を周り、西門から延びる街道を走っていた。いつもなら街道そのままを走るのは避けていたが、隠密スキルの上昇と、気配察知範囲の拡大により、人気がある時のみ草原を抜ける事にしていたのである。
(ここまでガーデンウルフが?........まぁいいか。)
弓人の駆ける街道の近くには、草原を隔てて広大な穀倉地帯が広がっている。
(帝都北東の森に向かった時もそうだったが、本当に広大な穀倉地帯だな。この辺は農業関係者なら必ず羨ましむ程の肥沃な土地みたいだ。やはりあの大きさの帝都と、周辺の街の食を支えるにはこれ位は必要なんだろうな。)
帝都の人口を数えた訳ではないが、莫大な人口である事だけは察しが付いていた弓人は一人ごちる。その静かな思考の中でその脚は当然、人間離れした走りを続けているのだが。
弓人の周囲の風景がどんどん後ろへ流れていく。
(俺、これから迷宮に入るんだよな? 心が遠足気分なんだが.........罰とか当たったりしないよな?)
バラルから聞いた話を思い出す弓人。たしかに迷宮の守り神的な存在が居たとしたら、憤慨して弓人を地上まで追い回す事だろう。迷宮に金を稼ぐために潜る者は多いが、彼らは当然その中で“命のやり取り”をする事は理解し、同時に承知している。迷宮から無尽蔵、定期的に出る、まるでゲームに出てくる様な魔物でも、人間は精一杯、正々堂々と戦うのである。よほど高位の冒険者などは例外かもしれないが、それでも大半はその命を担保に生計を立てているのである。そんな中弓人に至っては、他の冒険者とは一線を画し、遠足かピクニック気分なのである。
罰が当たって当然であるだろう。しかし、本人に自覚があるにも関わらず、その感覚に見舞われた原因が判明していないのだが。
(どうせ、俺の中の誰かは頻繁に迷宮や危険な場所に潜り込んでたんだろ。)
最近な何かと原因を押し付けられる、弓人に息づく魂達。
(いや、頭に直接話しかけてくる系の奴らじゃなくて本当に良かった。一日中会話とかされた日には、頭が狂っちまうぞ。プライバシーもあったもんじゃないしな。)
もしも魂達が話せるのならば、必ず弓人に文句を吐き続けるだろう。一日中、プライバシーもへったくれも無く。
(その点、俺は幸運だな。なにせ、力を奪うだけ奪って何も言わせないんだからな。若干精神に影響している感じはあるが。)
弓人は元普通の高校生である。射的のセンスが人並み外れていたという事実さへ隠蔽すればの話であるが。しかし、その精神は紛れも無く2000年代初頭の一般青少年のそれであり、怖いものには怖がり、悲しい事の涙する、そんな真人間ではあったのである。
(迷宮........やはり、怖くない。それどころか、どれだけ稼げるかを計算したくなってきた。)
やはり魂は元々盗賊だったのではないだろうか。力を奪って何も言わせず酷使する。その対象をこの世の何者に与えようとも、それは極悪非道であることは間違いない。
(魔法のポーチがあれば結構運べるしな。大きいのは無理だが、小さくて価値をある物を大量に集めて、また武具購入の資金にしよう。そして、ドリーが中抜きしたらぶっ殺そう。)
物騒な事を言う弓人。それが子供の言う事ならまだ戯言という事で実害は無かったのだが、具体的な殺害方法が無数に脳裏に描かれていると知れば、哀れな支部長ドリーは帝都どころかこの大陸から逃げ出すことだろう。逃げたとしても弓人の魔の手から逃れられるかは、倍率が極めて高い“万馬券”になることは決定事項であるが。
それより、もし、多少中抜きされたとしても弓人はドリーに掛けた苦労を理解していないのだろうか。否、最近この男は理解していてもドリーへの当たりは強いのだが。
(まぁ、それは冗談として。もう、見えてきたな、あれが要塞都市<ダイラス>か。生産都市<クーラス>に繋がる街道の橋を守っていた<バイス>とそこまで変わらんな。いや、ここも橋を守ってそうだから当たり前か。)
コルバの依頼の際に見た帝都周辺の地図は最近何かと役立っている。これから向かう迷宮、<龍の迷宮>は、迷宮都市<ジャルド>に在り、それはその迷宮に潜る冒険者と、魔物から採れる各種材料の取引のために作られ、時代と共に拡大していった都市である。今回は高ランク冒険者と共に潜った様に見せかけるための、迷宮に入った証拠を組合証に記録させるために、秘密裏に潜らなければならないのだが、
(迷宮都市かぁ。名前から憧れるな!ロマンだ!ロマン!)
数々の魂の入った“伝説の塊”の様な存在の弓人でも、心はやはり男の子である。ちなみに、どうやって迷宮に入った証拠が組合証に記録されるかは知らない。
(視るだけ視て、必要な物がまだあったら、そこで買おう。迷宮の話は.........はぁ、なんでドリーとかバラルにもっと詳しく気かなかったんだ。向こうでこんなちんちくりんに親身になって教えてくれる奴なんでいないぞ。)
そう、ここまできて弓人は迷宮内の具体的な状況を全く知らないのである。下層に行くほど魔物は強く、そして溶岩などの危険なエリアは多くなる、という傾向だけは聞いているだが。
(最悪、その辺で聞き耳を立てればいいし、何の問題も無い。)
都市内を迷宮に向かって歩いている間に十分情報は集まるだろう、と極めて楽観的な弓人。本来、低ランク冒険者は単独で入る事が許されず、周到な用意が必要な迷宮にも関わらずこの始末。やはり罰が当たるのは確定の様である。
(っと言っている間に要塞到着。よし…………横の川を渡ろう。)
またしてもその要塞は役目を果たせず、無念の内に迂回されるのであった。
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.........___ .........___ .........___ .........___トットットットッ
(よし、こんにちは、地面。さようなら、ダイラス。)
哀れな被害者に別れを告げた弓人は街道ではなく、足を迷宮都市の方向へ、そして駆け出す。今までわざわざ街道沿いを通ってきたのは何だったんだろうか。
(途中までは道沿いに、そこから自由に。なんでかな?初めて行った場所はいつもそんな感じになってしまうんだよな?これ“あるある”なら良いんだけど。)
自らの疑問をそう聞くが、周囲にいるのは雑草か、麦だけ。弓人も、それらが力強く生きている事は認めても、観客に成りえるかと聞かれれば、それはNOと答えるだろう。
(この穀倉地帯を抜けて、川を一本渡り、そこからまた走ると目的の迷宮都市か。短いもんだな。これでは高位の冒険者は何処にいても金を荒稼ぎ出来るんじゃないか?前の世界より貧富の格差が激しい気がする。)
人口に比べて冒険者の数が圧倒的に少なかった帝都でしか、その実態を知らない弓人。加えて、商いを行う商人やその他経済をまわす人々にとって現在の貧富の差が激しいかどうかは判らない。
(それもこれも、まだ生後1ヶ月未満の俺はこれから学んでいくんだけどな。)
確かに、弓人がこちらの世界で過ごした時間は一か月に満たない。それでも、前の世界での記憶と、そこで培った思考、そして、この世界で授かった強靭な肉体と強大な魂によって、この短期間でここまできたのである。
つまり、弓人の強さとこの世界の知識のギャップはまだまだ埋まってはいない。自称非鈍感系主人公の鈍感な弓人はそこのところを気が付いているかは怪しいのだが。
(都市に入ったら、程なくして迷宮。おお、武者震いがするのう。)
気が付いていない様である。
アホの子弓人の走りは鈍らない。
“弓人を”待ち受ける迷宮は近い。
その走りは川を越え、草原を越え、そして迷宮都市へと向かう。




