第四十八話 「薬局」
(よし、準備は次が最後だな。)
迷宮に潜る準備が整いつつある弓人。最後に訪れるのは、ポーションなどの薬品を販売する、云わば“薬局”である。弓人は帝都内では普段、宿屋から大通り、そして組合支部までを活動範囲をしてきたが、その途中で既に薬局の看板を見つけている。弓人は武具屋からでて大通りを進み、すぐそこに薬局を捉えていた。
チリンチリン
「いらっしゃいませ。」
店員と思しきおじさんがカウンターから挨拶してくる。ここは、高級感漂うとは言えないが店内は清潔、匂いも無い、陳列棚には商品が落ちない様な工夫さえされていて、弓人は好感が持てた。
すぐにそのおじさんに必要な物を聞いても良かったが、商品を見て周りたいのもあって、弓人は取り敢えず店内をうろつくことにした。
(ふーん、ここにはポーションの他にも、湿布?とか漢方の原料になりそうな乾燥植物までたくさんあるんだな。)
ここは薬局というよりは消費者にも、一部生産者にも売る、そんな店であった。
弓人が一通り店内を周ると、カウンターのおじさんが近づいてきた。
「何かお探しの物でも?」
「(やはり店員だったか。)ん?ああ。」
弓人の不遜な態度にも何事も無く答える店員。やはりこういった店を訪れる冒険者には、見た目と力にギャップがある者もいるのだろうか。
「これから危険な場所に行くんだ。」
「.......具体的にはどの様な場所に?」
「あ――、(どんな場所なんだ?)そうだな。」
弓人はドリーから、迷宮が具体的にどの様な場所か聞いていない。そして勉強もしていない。つまり分からなくて当然である。しかしこれでは何も揃えられないと困った弓人は考える。
(ここで『低ランク冒険者として迷宮に入る。』と言ったら先程までの強者オーラは無意味だ。そして恥ずかしい。しかし『迷宮に入る』と言えば俺がそれだけ強いということになる。........いや、まぁいいか。こういった店は客の個人情報を無暗に外に出したりしないだろう。そんな事したら俺も知らない様な魔法で“一発”だしな。)
既に多くの人にその力が知られている事を理解していないのか、未だ悪あがきを続ける弓人。その多くの人も皆口が堅く、一部はドリーや高ランク冒険者が押さえている故に大きな噂になっていないだけなのだが。
そんな人の努力を無碍にする事に関しては天才的な弓人。結局は“やっと迷宮に入れるようになった小さいのに強い冒険者”という設定で聞いてみる事にした。
「迷宮に入るための準備をしている。初めてな故、おススメを知りたい。」
「はい、分かりました。カウンターの前でお待ちください。」
「すまんな。」
弓人は勧められるがままにカウンターの前の丸椅子へ。1分後、箱の中に商品を入れ、店員が戻ってきた。そしてその箱を弓人の前のカウンターに置き、商品を並べていく。
「こちらが迷宮探索におススメの商品となります。左から、体力回復薬、魔力回復薬、解毒薬、包帯、ロープ、それに付随する金具、です。この中でも解毒薬は基本的に万能ですのでお高くなっております。そして将来、下層まで降りられるのであればこちらの人体修復薬をお買い求めになった方がいいと思います。」
「(意外にシンプルだな。ん?人体修復薬?)その、最後のは体力回復薬とどう違うんだ?」
試験管の様な容器に入った薬を指す。
ここで店員の眉が僅かにピクンッと動く。それを弓人が見逃す訳もないが、
(まぁ、常識なんだろうな。)
「体力回復薬はご存じの通り体の失った体力を回復させるものであり、さらに同時に修復力も高まって、傷の治りも早くなります。」
(へー、ご存じじゃなかったわ。)
「そして人体修復薬は、傷の治りを早くする事に特化した薬です。人の小さな体の集まりらしく、それの分裂を急速に早めるそうです。」
(おー、一応“細胞”なるものの存在は分かっているのか。)
「この様な違いになっています。はい。」
「ああ、ありがとう。ところで何故下層だとそれがいるんだ?低層でも怪我はするんだろう?最近は死人がでる事もあるらしいし。」
「おお、そちらもご存じでしたか。ああ、いえいえ。説明致しますと、下層は溶けた赤い岩が流れる場所が多数あり、それは深く潜る程多くなっていくそうです。魔物などに負わされた深い傷などは人体修復薬でも治すのに時間が掛かります。しかし、その溶けた岩で負った皮膚の怪我はそれですぐに治せます。そうすれば痛みに気を取られる事無く、魔物との戦闘に集中出来るでしょう。」
「なるほどな。」
店員の説明に納得を示す弓人。
「それで、どの様に致しましょうか。」
「解毒薬と人体修復薬を一つずつ頂こう。」
「有難う御座います。それぞれ600,000、150,000カッシュ、合わせて750,000カッシュとなります。」
言われた額を店員に渡し、商品を受け取った弓人。
「では。」
「またの御越しをお待ちして下ります。」
そう言って挨拶を済ませ、店を出た。
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弓人は外に出てから、すぐさま裏通りへ。購入した商品を魔法のポーチへと入れる。別に通りで堂々と入れていても隠密さえ発動させていれば気付かれる事はないのだが、それはそれでは落ち着かない弓人の気持ちの問題である。
(準備はできたな。迷宮は........どれに行けばいいんだ?)
弓人は迷宮の位置は知っている。商会長コルバからの依頼の時、帝都周辺の地図を見て、それを全て覚えているからである。しかしその迷宮が複数あるので選ばなければならない。
(コルバの依頼で行った帝都北の森、あそこに<骨の迷宮>、帝都南の湖の畔に<水龍の迷宮>、そして帝都北西の山岳地帯にある<龍の迷宮>、この三つか。しかし、何故“水龍”と“龍”なんだ?)
弓人はしばし考える。しかし、名前だけでそれぞれ難易度や相性に明確な差がつけれられる訳でもなく、
(よし、決めた。カッコいいし、スタンダードだから<龍の迷宮>だな。)
自分の中のスタンダードが反応したらしく、これから探索する迷宮を決定した弓人。新しい短剣、新しい防具、そして一応持っておく薬品。これで探索する準備は整った。
整ったという事はつまり、
(よし、出発前に腹拵えだ。)
バラルの宿屋に戻って腹拵えである。弓人は短距離ならが、秘儀「屋根走り」を使用した。
結果、そこまで時間は変わらなかった。
そんな陽気な腹ペコ弓人、しかし彼が見落としている事があった。それはこの依頼でまず一番に重要な事で、
迷宮はコルバの指定したものがある事、そして、それがどの迷宮であるかすら判らない事であった。
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「御馳走様。」
「御馳走様。」
今回で何回目だろうか。バラルと謎に満ち溢れる食後の挨拶を交わした弓人は、部屋には戻らず出口へ、
向おうとするとバラルに止められた。
「どこに行くんだい?」
いつもは何気なく送り出すバラルが、今日は何かを察知したのか弓人を呼び止める。別に無視する理由も無い弓人であったが大きな声で言う訳にもいかず、自分の指定席であるカウンターに戻る。
「これから少し冒険に行く。」
「ああ、君は冒険者だしね。」
冒険者は冒険に行く。言われてみなくても当たり前の事である。
「それで、どこに行くんだい?」
「迷宮だ。」
今、食後のロビーは珍しく誰も居らず、二人は小さいながらも音の乗る声で会話をする。
「どの?」
「龍。」
「それはやめた方がいいね。」
「何故?」
「あそこは今、異変が起きているらしいんだ。」
「ああ、それは俺も聞いた。」
「本当かい?僕もいろんな繋がりがあるんだけど、もうユミヒトに超されちゃったかな?」
「まぁ、そんな事はいい。異変とは具体的には?」
「具体的には、魔物が強くなったり、迷宮を進むこと自体、危険度が上がってるらしいんだ。それも異常なくらいに。」
「ん。聞いてるのはそれだけか?........あ。」
ここでようやくコルバが指定した迷宮の事を思い出した弓人。興奮したコルバから名前を聞くのを忘れていたが、図らずも弓人の選んだ迷宮はその指定のものであった。
「ん? まぁ、あの迷宮には山脈を鎮める龍?が居て、お怒りになっているとか。逆にその力が弱まって山脈から放出される魔力で魔物が活性化したとか。本当に限りが無いよ。」
前の世界でも超常現象には様々な説が付いてまわったが、こちらでも同じものかと内心辟易する弓人。
「だから、あの迷宮には行かない方がいい。」
「ああ、忠告感謝する。」
「行かないとは言わないんだね。」
「どうせ顔でバレる。」
「はぁ、気を付けて行って来てね。」
「この宿屋を有名にするまでは頑張るよ。」
フラグになりそうな事をさらっと言った弓人はそのまま出口へ。そして、目的の迷宮へ歩み出した。
弓と短剣、魔法のポーチを持ち、24本の矢を引っ提げた怪物。
彼は往く。
その武器の大半が無力で、
そして自らと同じく強大な者に出会うとも知らずに。




