第四十六話 「結局は」
(結局どちらも引き受けてしまった。)
あの後コルバの執務室からなんとか脱出した弓人。あの“口を使った対人戦”なら城からの脱出の方が簡単だったのではないか?と思えてさえくる。
その弓人であるが、今冒険者組合に向かって走っている。当然、ドリーに会うため、アポイントメントを取っていないことは軽く無視して。
今回は地上を人の波を縫って走った。誰にも視られることなく。
数分後。
「あ!、ユミヒトさん!」
いつもの受付嬢の声が聞こえる。そんな弓人は支部の入り口である。
(あれ?あいつ俺の認識範囲が大きくなってないか?........いや、気のせいだよ、な。)
初めは支部に入って十数歩の所で気づかれていたが、今日は入った瞬間、否入る直前にはスタンバイしていた様な気がする。
弓人はそんな新たな“敵”に対して無表情で問う。
「(ドリーはいるか?)」
「(こく)」
受付嬢は頷きだけを返した。そしてすぐさま後ろの通路から階段に走り、
「ああ、いらっしゃい。」
「支部っ(長........)」
彼女の先、一階の階段にはドリーが立っていた。
「君、こういう時のマニュアルは忘れたのかい?」
「え?あ、ああ!、申し訳ありません。」
「うん、まぁいいよ。次から気を付けてくれれば。」
「........はい。」
この会話を聞いて察しの悪い弓人ではない。
(俺みたいな部類の組合員、若しくは緊急事態が起きたらそれを知らせる魔道具がカウンターの裏にでもあるのか?ん?しかし他の受付嬢が押したにしてはドリーのお迎えが早すぎる。)
「(行こうか。)」
そんな疑問を頭で考えていた弓人に、口の動きで伝えるドリー。弓人はそれについていく。
バタンッ
「さぁ、掛けて。今日は何の話かな?」
何気なく話すドリー。しかし、
「冒険者稼業を休業したい。」
「...........え?」
「だから冒険者「ちょ、ちょっと待ってくれ。」」
弓人の言葉を遮るドリー。弓人から警戒された以来の焦り様である。
「理由を聞かせてくれるかな?」
「ああ、少し帝都から離れる。」
弓人は本気で休業する事は考えていない。なぜなら魔術学園は週休3日(平日5日、休日3日)が与えられているからだ。しかし何故休業を持ち出したか、それは一々帝都の戻るのが面倒故に、ここでこの話を持ち出し、ランクアップか、ノルマの軽減を取り計らってもらおうという算段であるからだ。
しかし、軽い混乱の中にあるドリーはそれを察する事が出来ない。
「な、何か不満でもあったかな?この支部にいる冒険者は皆高ランクで口が堅い。君の事も広まっていない筈だ。わかるだろ?この前低ランクのガキが君に絡もうとした時も、止めたのが僕がそれと無く君に目を掛けて欲しいを頼んだ冒険者達。それに「いや」」
ドリーの懇願するような物言いを逆に哀れに思った弓人は言う。
「ああ、誤解を生んだ様だな、すまない。実はこの支部から去るつもりは全くないんだ。ただこれから遠くに居を構えるつもりだから。頻繁には顔を出せない。だから休業と言ってみたんだが。」
「は、はは......ふぅ。全く、驚かさないで欲しいね。」
「ああ、すまない。」
「つまり回数のノルマを達成できなくなる可能性があるって事だね?」
「そういう事になる。」
「そうかぁ........。」
ドリーは一拍置く、そして、
「ユミヒト君、僕が上に送る君の受領依頼の情報を誤魔化している事は理解しているよね?」
「ああ、助かっている。」
そう、弓人は本来受けていない筈の依頼の報酬を受け取っている。それはドリーが他の冒険者の達成依頼として処理したり、数の多い種類の依頼にその情報を紛れ込ませたりして、数を誤魔化しているから出来る事だ。つまりは、
「うん、つまり今回も誤魔化さなければいけないね。」
「そうだな。」
「ん~、そこでね、」
ドリーは顔の前で手を組み、そして、
「少し、大きな依頼をこなして貰いたいんだよ。」
(........え?、どうしてそうなる。)
弓人が首を傾げているとドリーが続ける。
「丁度“迷宮”から帰って来たグループがいてね。得物の取り分を話合うとかで達成届を出していないんだ。彼らなら口も堅いし、自分達の報酬も増えるから文句も無いだろうしね。」
「(え?迷宮?)なんの話だ?」
「ああ、ごめんよ。ランクが高くなると“迷宮”で仕事が出来るのは知っているね。」
「ああ。」
「迷宮というのは宝の山さ。常に一定量の魔物で満たされ、それを狩る事で生計を立てている者も多い。そして君にはその者達のグループに“低ランク冒険者”として参加して欲しいんだ。」
「ええと、増々分からないんだが。」
良い感じに混乱してきた弓人。先程の仕返しだろうか。
「冒険者組合の迷宮に関する制度に低ランク冒険者を手伝い、若しくは教育の名目で連れて行けるものがあるんだ。それに君を登録する。この登録は使い捨てにされない為の安全装置でもあるんだけどね。それは兎も角、君の参加するグループはここ10年、頻繁に迷宮に潜っているベテラン揃いなんだ。しかも迷宮から遠いこの支部を拠点にしている。これからも続ける事は彼らからも聞いているしね。そこで、“君がその一員として働き、素材を獲得した”事にする。そうすれば君は定期的に依頼をこなしている事になるだろうからね。」
「ふぅん。」
「まぁ彼らも好んで不正をしたい訳では無いよね。露見でもした時には僕も彼らも破滅さ。だからこその追加報酬、君が潜って持ってきた素材を彼らに分配するからね。それでないとつり合いが取れないよ。まぁ一番に、君の組合証に迷宮に入った証拠を残しておく事が必要なんだけどね。」
「(俺は破滅しないのか、)あくまでも俺をこの支部に留めておきたいんだな。」
「当たり前じゃないか。君を手放すなんてとんでもないよ。」
「はぁ。」
「やってくれるね。」
「ああ、俺の比較的“平凡”な冒険者生活が守られるならな。」
不承不承と弓人はドリーの依頼を受けることにした。しかし、
(あれ?俺はなんで、“平凡な冒険者”でいようとしたんだっけ?)
登録してから今まで一介の冒険者として活動してきた弓人がその根幹を取り戻す疑問を脳裏に描く。
(ああ、いきなりランクアップして有名になったり、面倒事に巻き込まれて周りの人と普通の交流が出来なくなる事を恐れていたのか。.........そうだな。後者は、とても怖い。)
活気溢れる大通りの人々、異世界情緒を漂わせる街道の旅人、そういったものに豪く心動かされる弓人。それを“同じ目線”で楽しめない状況は何としても避けたいのである。
そう、結局はここに起因する。弓人は異世界の住民の目線でこの世界を楽しみたい。それだけなのである。
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「...........どうしたのかな?」
「ん?ああ、すまない。」
弓人が一人で納得を得ていると、ドリーが現実世界に引き戻した。
「少し考え事をしていた。」
「ふぅん、まぁいいよ。取り敢えず依頼は受けてくれるんだしね。早速だけど組合証を出して。」
弓人が組合証を渡すと、ドリーは一階のカウンターで見た物より小さい装置の中に差し込み何かを打ち込んだ。そして10秒程で出てきた組合証を弓人に返す。
「登録は終わったよ。拠点を移す前に一回は潜ってね。じゃあ、頑張って。僕にはそれしか言えないんだ。」
「ああ、精々頑張る。」
そう言って弓人はドリーの部屋を後にした。
今回、ドリーの呟きは聞こえてこない。感じたのは“視線”。閉めた扉を貫く様な視線が
弓人を射貫いていた。
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(ふぅ、結局迷宮に潜るのは変わらないか。)
コルバの依頼、そしてドリーからも迷宮に潜るように言われた弓人。ただ、それを幸運ととって良いものか甚だ疑問ではあるが。
(まぁ、潜ればいいのか........あれ?これって一人の潜るんだよな?ランク制限があるって事は当然迷宮の前には検問があるだろうし........はぁ、いつも通り忍び込むかぁ。)
結局はこうなってしまうのである。既に弓人の本職は“弓”ではなく“忍”の様な気がしてならない。
(今すぐって訳では無いが、とりあえず潜って様子見もありだな。さっきの話だと深く潜る程難易度が上がっていくみたいだし、浅い所から徐々に試してみてもいいかもな。)
ドリーの話から迷宮の攻略を考える弓人。僅かだが期待と興奮が混じっているのは気のせいだろうか。
(それもこれも、武器を揃えてからだ。よし。)
そう、弓人は今ポードルのいる武具屋に来ているのだ。そして今回尋ねるのはポードルではなく、
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
弓人が“剣”の陳列棚を見ていると、一人の男が訪ねてきた。その男は筋骨隆々な体をポードルがしているものよりもさらに厚いエプロンで隠し、髪をタオルで巻いた、鋭い顎鬚の似合う、『お兄さん』という感じの人であった。しかし、その物腰は柔らかく丁寧で、
「当店ではお客様御一人御一人に適した武具を販売しております。お客様の安全を考えますとそれ以外の武具は販売することが出来かねます。」
「あ、ああ。今はポードルの世話になっている。」
「おお、そうで御座いましたか。これは大変失礼致しました。私もまだまだ修行が足りない様で。」
「(修行?)それより、今日は短剣を見に来た。これから少し難しい所に行くんだ。見繕ってくれ。」
「承知致しました。ご予算は如何なさいますか?」
「5,000,000カッシュで頼む。」
「それでは失礼しまして。」
その男は弓人の見ていた陳列棚を見て、しばし考える。たまに弓人の方をチラと見ながら、短剣を探していく。10分程経ってその男は弓人をテーブルのある所へ招き、三振りの短剣を弓人の前に並べた。
「お客様にご提示出来るのはこの3点になります。どうぞお試しになって下さい。」
弓人はそれぞれの短剣を順番に振るう。どれも派手な装飾が施されている訳ではなく、外見で大きな違いは無い。しかしそのどれもが、職人の手によって作られた事を主張する様に鋭く、重く、光っていた。
「これが一番しっくりくる。」
全て振り終えた弓人は1つの短剣を示す。すると男はほんの少しだけ目を見開き、
「左様で御座いますか。流石で御座います。」
「ん?」
「この短剣はこの3点の中でも一番性能が良く、また、お高くもなっております。僭越ながら、何故それをお選びになったか御教え頂けますでしょうか。」
「?、いや、さっきも言ったがこれが一番しっくりきたんだ。本当にそれだけだ。」
「なんと。貴方は弓だけではなく、剣の心もお解りになるのですか?」
「???」
「素晴らしい。ああ、失礼致しました。つまり何が言いたいかと申しますと、私、お客様に剣を是非とも売りたく、いいえ、使って頂きたく思います。それも強烈に。」
「そ、そうか。それは良かった。(え?、なんかこれ、前にもあったぞ。しかも今回はここに至るまでが激しく短い!)」
ポードルに仕込みクロスボウの構想を渡した時の事は、その新しい発想から彼が興奮した、と説明することが出来る。しかし、今回は初対面でまだ商品を一品も購入すらしていない。この事態に弓人は思う。
(もしかして、職人に好かれる体質なのか?...........男......ない!絶対ない!)
さらに心のそのまた奥で|(あってたまるか!)と嘆く弓人。男の期待と熱の籠った視線を受けながら、その短剣を購入するのだった。




