第四十五話 「魔術学園のすゝめ」
――Side:???――
「(流石に、もう、飽いた。)」
ゴオオオオオオオオオオ
ゴポッ、ゴポッ
ここは灼熱の地。地上より遥か20,000 メートルの地下。この空間は常にドロドロに溶けた溶岩の発する死の熱気が立ち込め、ここでその死の中を生きる者はいない。
ただ1つ、その命を除いては。
その者は絶え間無く、そして今までも永遠に繰り返されてきた喪失感を、ここに呟く。
「(人間は、まだ、この地を、)」
その者は縦に割れた瞳孔で自らの根城を見渡す。何も無い。溶岩と、それに蓋をする様に鎮座する、自らの肉体。
そう、ここには何も無い。ここには“生”が無い。
自分以外の生が無い。
「(我は、何の、ために、)」
悠久の時の中を、その“生”達のために消費してきた。
「(全ては、無駄?)」
しかし、その“生”達は、自らに牙を剝いてきた。
「(それなら、何の、ために、)」
悠久の時、繰り返されてきた問に、答えを与える者はいない。
否、その者は、この世界にはいなかった。
否、その者は、世界を超えてやって来た。
そう、彼の者は、ここへ来る。
全ての災厄と“劇的”を打ち壊しに。
彼は来る。
悠久の時を、その一時で終焉まで導くため。
彼は来る。
弓を携え、この世の全てを射貫かんとする、その者。
彼は来る。
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ズシンッ
「こちらが今回の報酬になりま........いいえ、給料ですね。3,000,000カッシュとなります。」
「ああ、確かに昨日の日給は頂いた。」
二人の雰囲気は明るい。今回の巾着袋、もとい給料袋も前回同様重い。
「次は何をしたらいい?」
「おお、もうその気ですな。ん~折角良い雰囲気になれたのですが、貴方程の手練れに頼む様な事は。.........あ、」
「何かあるのか?」
「い、いえ、ユミヒトさんに頼む様な事では、」
「言ってみるのは無料じゃないか。俺はもうここの専属なんだ。何でも言えるだろう。」
「ん~........では、無料の提案だけ、」
弓人は言いあぐねていたコルバを見る。そして、
「これから私の娘が通う魔術学園に、従者として付き添って頂きたい。」
「ほう.........え?」
「つまり6年間、娘の護衛をして頂きたい。」
「お........うん、なるほど。」
「ど、どうでしょうか。」
弓人は、偉そうに組んでいた足も頬をついていた手も、力の抜けたように瓦解していた。
(娘って“あの”お嬢様か?........あの時は華麗に逃げたつもりだったが、世界は俺に追いついてきた様だ。)
内心頭を抱えたいが首元を抱えて、然も考えている様に誤魔化す弓人。
「それはすぐか?」
「いえ、来年であります。」
「ええと、来年というと。」
「およそ“5中周期後”になります。」
「そうか、(え?どのくらい?)」
「...............ああ、200日程で御座います。」
「そう、だったな。(中周期を一月として40日か。)」
しばし考え込む弓人。
(それくらいなら、俺の面のがどれだけ安全かも判るな。うん、魔法の事も知りたいし、行ってもいいか。)
弓人はコルバの方を見る。見られたコルバは姿勢を正す。
「ああ、確約はまだ出来ないが今のところは受け入れよう。.......あれ?専属なのにこんな感じでいいのか?」
「え?あ、ま、まあ他の商会の専属とは少し.......いや大きく異なりますので。」
「あ~、すまないな。」
「いえ。」
自分の素性について再度考えていた弓人はここである事を思い出す。それはこの世界に来てからすぐの、何とも不幸な出会いで、
「一つ聞きたい。」
「なんでしょう。」
「俺の外見は珍しいか?」
「?、え、ええ、その黒髪は少ないというよりは......ほとんどいらっしゃらないですね。」
「そうか。」
弓人自身、一ヶ月近く帝都で活動していてそれを確かめなかった訳では無い。しかし、それこそ髪、肌の色、見える時は瞳の色まで、あらゆる人を観察してきた。結果、黒髪、金の瞳はいなかった訳だが帝都全てを見た訳でも、ましてや大陸全土を調べた訳でもない。そこで遠くの街とも交流がありそうなコルバに聞いてみたのだが、
「この瞳も、か?」
「似た色は見たことがありますが.......ここまで綺麗なものは......」
「.......分かった。」
後ろ頭を搔き、窓の方を見る弓人。分かっていた事であっても人と交流していく上で、自分の持っているハンデに思いを巡らせる。
それからほんの数分、自分自身の中で整理がついたのか、もう一度コルバの方を見て話を再開させる。
「魔術学園に通うのはいいとして、護衛は四六時中か?」
「?、いいえ、休日は自由ですし「それは他の家の従者もか?」..........それも、いいえ、で御座います。」
「..........いいのか?」
「........ええ、ユミヒトさんにはそれ以外の場面で活躍もして頂きたいですし、」
「そうか。でも、いいのか?そんなに高待遇で。俺の力を買ってくれるのは嬉しいが、ここまでくると申し訳なくなってくるぞ。」
「何を仰います。私を帝都最大の商会の長にして頂けるのでしょう?これくらい安いものです。」
「なんだかな。.........ん?平日だけ学園に付き添うとして、そちらのお嬢様にメリットはあるのか?」
当たり前の疑問を口にする弓人。何故なら聞けば聞くほど、依頼の内容から目的が分からなくなってきたからである。
「まず1点、娘の護衛。これは別に外敵から守って欲しい訳では御座いません。魔術学園は強固な魔法で守られております。」
(魔法......ああ、魔法とその学術で魔術か。)
「あそこは貴族達も通う学(うげっ).....園、どうされました?」
「いや、すまない、続けてくれ。」
「はい、お守り頂きたいのはそういった貴族や商売敵の子供からなのです。実際、守るといっても“従者がいる”という事の方が重要ではあるのですが。」
「俺みたいな小さいのでも大丈夫か。」
「たしかに、それは考えました。しかしそれは腕の立つ者で専属、そして信用出来る人でないといけませんので。」
「信用ねぇ。」
「はい、そして2点目は、ユミヒトさんについてですよ。」
「え?俺?」
「ええ、貴方は我が商会の専属冒険者です。つまり貴方の魔法技術の向上は我々にも有益なのです。」
「ああ、そうだな。」
「そこで便宜上、娘の従者として学園に入学願を出し、その技術の向上を目指して頂ければ、私共は言う事は御座いません。」
「ううん............ん?2つだけか?」
「はい、何か疑問でも?」
「2つだけ、」
「何を仰いますか。娘を貴族共から守る強力な護衛と、貴方の才能を伸ばす事が出来るのですから、こんなに割の良い投資は御座いません。学園は生徒さえその気であれば、その才能を伸ばしてくれます。そんな投資とも言えない安全な投資で貴方の力を増す事が出来るのですよ。もう少し自らの価値についてもお考えになってみては?」
「は、はぁ。(あれ?最後怒られた?)」
コルバの熱弁に、弓人は力なく返事をした。
「それに、世話にはこちらから女中をつけます。当然、最低限腕の立つ者を。」
「そうか。それなら良いんだ。」
弓人の疑問は一応の解決をみた様である。
「まぁ、そんな感じなら、思ったより自由は貰えるみたいだな。..............あ。」
「どうかされましたか?」
「い、いや、なんでもない。」
ここへきてコルバという、ほんの少し気の許せる相手ができたからだろうか。今日の弓人の感情はとても表に出やすい。
(組合の依頼、どうしよう。まだ低ランクだから回数のノルマが........)
そう、低ランクの冒険者は依頼の難易度が低い代わりに一定期間内の依頼達成数のノルマが高いのである。それを思い出した弓人はソファーの肘掛に項垂れる。そして、
(よし、最悪、やめよう。ドリーが俺を手放す訳ないが、)
面倒臭いものはやめる。ひどい決意である。ドリーが弓人を組合に留めるために何か脅しをかけてくるのではないか、という事が頭に無かった訳ではないが。
(脅しきたら、その時はその時だ。初めは学園に通うメリットでも言って説得して、それでも駄目ならもう一度説得するまでだ。)
それを脅迫と呼ぶ事を弓人は知らない。知っていても知らない。そんな事を考えていると、遠くの組合の一室で大きな身震いの音が聞こえた様な気がする。
「今日の話はこんなところか?」
「ええ、はい、そうで御座いますね。」
「別にこのまま次の依頼でもいいぞ。」
「ええと、本当に今のところは、」
執拗に依頼を要求する弓人。それには訳があった。
(やはりもっといい武具が欲しいな。飛び道具もそうだが、あのポードルのいる武具屋は他にも職人がいると思うし。)
あのとき弓人が弓のブースを見ていたからこそ弓職人ポードルが出てきたのである。他にも剣や盾、全身の防具なども陳列されていた。それに加えて日によって増減するが、店の奥にはまだ人の気配が5つはあったのである。つまりこれからの依頼のためにあの高級店で武具を揃えたい弓人にはお金が必要なのである。
金の亡者と化した弓人はコルバに畳み掛ける。そしてとてつもなく余計な事を........
「何でもいいぞ。もう一度森へ行って来いでも、それを焼き払ってこいでも、迷宮を攻略してこいでも「それです!」.......え?」
コルバが机に手を置き、身を乗り出す。
「それですよ!!ユミヒトさん!!」
「え?あ、はい。」
「迷宮!そうだ、なんでこれに気付かなかったんだ。」
「といいますと?」
余りのコルバの剣幕に思わず敬語になってしまった弓人。コルバはその事に気が付く事無く続ける。
「“あそこ”は地下深くまで続く迷宮、しかし、浅い所から徐々に難易度が上がる親切設計!!何者かの意思が介在したとしか思えない彼の迷宮は冒険者が力試しを、そして倒した魔物から素材を採るのには最適なのです!!」
すでに心でも、物理的にも押されている弓人。何とか話に入っていこうとするが、
「つまり「ユミヒトさんは強大な力を御持ちだ!しかしそれが他者と比べてどの程度か分かっていらっしゃらない様に感じます!そうなんですよね!!」...........え、あ、そうです。」
「そ・こ・で!迷宮ですよ、迷宮!実はユミヒトさん、“あそこ”の迷宮さ最近どうも様子がおかしいらしくてですね、まだ浅い層でも当たり前に死人が出るようになったんですよ。つまり!今、あの迷宮で採れる素材は高騰している訳です!当然、深い層で採れる物はもう、はははっ」
(なんか話が飛躍しているヶ所があるが、多分事実なんだろう。)
話の途中で遂に笑い始めたコルバ。弓人はソファーに押し付けられる様な謎の圧力を感じながら様子を見ていた。
「はぁ、はぁ、.......ふう。失礼致しました。ふう、何が言いたいかと申しますとユミヒトさんに迷宮へと潜って頂きたいのです。」
「あ、はい。」
気が抜けたところを華麗なシュートを決められ、あっさりと承諾する弓人であった。




