第四十四話 「開帳」
.........___ .........___ .........___ .........___ .........___
(正にこう、スィーって感じだよな。あんまりやった事ないけどアイススケートより快適かも。)
然も当たり前の様に水面を滑って行く弓人。ここは要塞都市<バイス>横の川。本来は文字通りの要塞が守りし大橋を渡らなければ、その濁流でこの川を渡る事は出来ない。舟を渡せば不可能では無いが、すぐさま要塞の見張り台に気付かれる事だろう。やはり、それを生身で渡る弓人には関係の無い話であるが。
.........___ .........___ .........___ .........___トットットットッ
対岸へ渡り終えた弓人。要塞都市に向けて一礼、そして、
(次はお邪魔すると思うんで、それじゃ。)
足は既に帝都の方向へ。こういった挨拶の場合、かなりの高確率で戻ってこない事はあまりにも有名であり、それを知らない訳では無い弓人はやはり残酷だった。
捨てられるどころか最後まで無視された要塞を尻目に、弓人は走りながら考える。
(今回はどのくらいの報酬がもらえるんだろうか。ポードルの仕込みボウガンの件もあるし、何しろグヘッ......知識のある奴隷も買わなければならないし。)
今回の依頼で採取した『ピルンの草』はまだ製法も効能も公開されていない謎の薬の原料になるらしい。しかもその薬は強力で即効性があり、この依頼は商会を持つコルバにさらに違う依頼主が存在すると言う。そして胡散臭い冒険者である弓人にその採取を頼む時点で通常とは違った報酬が出る事は想像に難くない。
(まぁ、それは帝都に着いてからにしよう。あ~明るくなってきたけど見張りとかにバレないよな。)
行きは良い良い 帰りは怖い、と弓人は意味も分からず口ずさむ。帝都まで残り130キロメートル、馬車が主流のこの世界、弓人は徒歩で向かう。尤も、それが一番速い移動手段ではあるのだが。
////////////////////////////////////////
「せーい。」
「グガッ」
結局、出る時よりも少し帝都を大回りした弓人。それは当然あの魔女の庭にも近いルートを通るという事で、弓人に気が付いてはいなかった魔物が、『進行方向にいた』というただそれだけの理由でその無慈悲な蹴りの犠牲になっていた。
そんな弓人は既の南門をその視界に収め、人通りの多くなる時間帯に備え減速の段階に入っていた。そして、この時間になると帝都周りの街道には徒歩の集団や馬車、謎の生物に乗った旅人風の者まで多種多様な人間が行き交い、それを見た弓人はその異世界情緒に歓喜するのである。
20分後。
「よし、通れ。」
最近よく使用する南門のゲート潜り、帝都の中へ入る。既に日は上り、大通りは活気づいていた。
「今日の明け方仕入れた野菜だよ!ほら見ていって!」
「これは西方の宝飾商から直接仕入れた一品だ!他を通してないからこの価格!ほら買って買って!」
「おおいそこの人!貴方にぴったりな商品があるんだなぁ。それがこれ!履くと身長の高く見える.........」
(うん、これでこそ異世界だな。暗いスラムとか、浮浪者が屯してるとか、そういった世界?国?がスタートラインじゃなくて良かったぁ。)
弓人はこの類の喧騒が大好きである。客を集めようとする露店、それを揶揄する通行人、冷やかす街の人々。気が付けば、彼らの明るい日常を眺めることはこの世界に来てからの楽しみの一つになっていた。
(モンスターの種類とか、迷宮が無い事には不満はあるが、しばらくこの帝都を離れる必要も感じないな。)
大通りのど真ん中、弓人は人々の合間を縫って先に進む。無粋な屋根走りはせず、ゆっくりと。
(コルバのところは夜.....にしようかな。忙しそうだし。まぁゆっくりと恰好つける時間を欲しいからな。)
一番の目的はそうなのである。しかし今回の依頼の背景を思い出して弓人は考える。
(でも、早ければ早い程良いのか、この依頼は。それなら、)
シュッ
弓人は無粋な移動手段に移行する。まだ一世代目だが伝統の技、屋根走りに。
大通りを下に見て弓人は走る。隠密の能力は日増しに向上し、今では行動に迷いが無い。
////////////////////////////////////////
「ああ、この書類は組合にまわしてくれ。それもだ。それじゃ頼むよ。」
初めて侵入した時と同じ構図になる屋根の上。弓人は閉じられた窓からコルバの声を拾う。前回は気にも留めなかった弓人だが、ここは珍しくガラスの窓が設置されている。
(流石は商会の執務室、さぁ依頼の金をよこせ。)
ガラス窓があるというだけで、その余裕から金をせびり始めた弓人。やはりこの男の本質は悪人なのだろうか。
(......冗談はさておき、ん~まいったな、メモでも投げ入れようと思ったんだけど。...........いや普通にノックするか。)
先程会話していた人物がいなくなったのを見計らって弓人は屋根の縁を掴み、窓に近づく。
コン、コン
「!?、ん?なんです.........(ああ、冒険者様、しばしお待ちを)」
最後の方は声を出さずに口の動きだけで伝えてきたコルバ。読唇術は会得していない筈の弓人にも判り易い丁寧な動きであった。
そのコルバは机にある設置するタイプの、よくテレビ会議などで使うマイク・スピーカの様なものでどこかへ連絡を取る。
「ああ私だ。これから良いと言うまで誰も執務室に上げないでくれ。ああ、宜しく頼むよ。」
そう言ってコルバは席を立ち、弓人のいる窓の方へ、そのまま窓の鍵を開けた。
「お疲れ様です。ささ、どうぞどうぞ。」
「ああ、邪魔する。」
弓人を招き入れた後、コルバは窓を閉め、鍵を掛けた。そして自分の机に戻らず、今回はその前にある応接用の対面式のソファーに座る。
「ささ、貴方もどうぞ。」
机を挟み、弓人もそのソファーに腰掛ける。その柔らかさにまたセールスを受けるのではないかと少し警戒もしたが。
「冒険者様、それで、収穫の方は?」
「ああ、これだ。」
弓人はそう言って魔法のポーチを出す。初めは隠す事も考えたが、これから持ちつ持たれつの関係になっていそうである事、そしてわざわざ通報して弓人という人材を逃がす事はないだろうという予想から遠慮なくそれを出した。
「おお、これは魔法のポーチですかな?ああ入手先は聞かないでおきましょう。それでこの中に?」
「(名前、合ってたな。)ああ、後これは森で拾った物だ。別に誰かから奪った物ではない。」
「い、いえ。決してそういう意味では。」
「まぁ、それは別にいいんだが。」
微妙な空気なってしまった両者。それに慌ててかコルバが言う。
「そ、それはさておき、どのくらい採れたか御見せ頂けますかな?」
黙り込む弓人。それに対してコルバは
「その.......もしかして。」
「いや。そうじゃないんだ。ピルンの草は確かに採れた。」
「それでは、」
弓人は一拍置いて、
「取り出し方が、分からないんだ。」
「............。」
拍子抜けと一抹の驚きの混じったような、分類不可能な顔をコルバはつくっていた。
////////////////////////////////////////
「そ、それではそのポーチを御貸し頂けますか?」
「ああ。」
弓人は魔法のポーチを渡す。
「これはですね、本当は貴方様が行った方が取り出し易いのですが、こうやって手を入れて取り出したい物を頭で思うんです。その時微量でいいですが魔力を込めなければなりません。するとその入れた時に頭が感じていた魔力と同じ、種類の魔力といいましょうか、それを纏う物が出てくる訳です。」
コルバはポーチの中に手を入れる。
「いいですか。ん、よし。」
手を引き抜くとそこには確かに『ピルンの草』が握られていた。
「おお。」
「本当にご存じなかったようですな。ええと、貴方もやってみますか?」
弓人は渡されたポーチに手を入れる。自分で入れた時の事を思い浮かべ、そして、
モサァァ
「おおおおお。」
「あ、やりすぎた。」
そこには、テーブルの上に収まらず、床まで散乱したピルンの草が。
「こんなに........流石です!これだけあれば私が一番でしょう。よくこれだけ集めて下さいました。いやぁ、なんと感謝申し上げて良いやら。」
(ん?たまに魔物の巣を見つけるくらいで、そこまで危険でも無かったし、群生地もあったから別にこれくらいは........)
「やはり貴方に目を付けて正解でした。お分かりだと思いますが貴方へのあの報酬と依頼は、あの時の救出のお礼を除けば青田買いの意味もあったのですよ。」
「(まぁ、正体不明のお子様冒険者だからな。)ああ、それは承知している。」
「有難う御座います。そして私共の商会は貴方の様な冒険者を雇うのは初めてでして、」
「そう、なのか。」
「いえいえ、言葉が足りませんでした。組合を通して冒険者を雇った事は今まで何度もあります。しかし組合を通さず直接契約で依頼をさせて頂いたのは今回が初めてで御座います。」
何故か声が小さくなっていくコルバ。それを疑問に思った弓人は言う。
「商会が直接依頼をするのは珍しい事なのか?」
「いいえ、それがそうでは無いのです。私共の商会は運良くここまで大きくなった新興の商会なのです。他の大きな商会は専属の冒険者やメッセンジャーを雇っているのが普通でして、」
「なるほどね。」
段々声が小さくなり、何かを切り出してきそうな雰囲気を醸し出すコルバ。それに対して既に当たりを付けていた弓人は、
「俺を専属として雇いたいのか?」
「っ........ええ、その通りで御座います。」
「何故、そこまで緊張する?」
「今回の依頼をこのような形で成功させた貴方です。どこへ行っても私共ではご用意する事の出来ない高待遇で迎えられるでしょう。」
「そういうことか。」
コルバは力なくソファーへ沈み、手を顔の前で組み、両手の親指を回している。弓人はそれを見て考える。確かにここより力のある商会は帝都にいくらでもあるだろう。しかし彼は“縁”を大切にする人間である。異世界に来て初めて裏取引した相手。そして何より、
「この商会はここまで急激に成長してきた訳だ。そういう認識でいいか?」
「ええ。」
「その成長はここで止まるのか?」
「いえ!そんなの事はあり得ません!我が商会は帝都の商会全てを傘下に入れるまでその歩みを止める事はありません!.........あ、」
「ははっ、ならばそれこそ問題無い。ここで雇われていれば“良い思い”をさせて貰えるのだから。な、コルバ。」
名前を呼ばれ、はっとするコルバ。脳裏に帝都でその名を知らない者がいなくなったこの商会の姿が過る。
「ユミヒトさん。.....有難う御座います。貴方は本当に恐ろしく、そして最高の御方だ。」
「ああ、この商会が高みに上るまで、手となり、足となり、働かせて頂くよ。」
「宜しく、お願い致します!」
「こちらこそ。」
ガシッ
二人は音が出る程の握手を交わした。
後世、この会談の内容が明かされる事は無いが、それでもそれがこの商会を大陸最強にまで押し上げた事は、商会を率いる一族に代々口伝されていく事になる。




