第四十話 「同業者」
(お?あそこが東門か?)
不承不承の内に南門を出た弓人。20分も経たずに東門のすぐそばまで来てしまった。ここまで警備が巡回しているエリアを避けてきた彼は、ここでも少し大回りをするためにコースを変える。
少しすると東門が見えてきた。見た限り南門と同じような配置をしているようである。
(あの時見た地図によると、北門から伸びる街道に沿って行けば迷わないからな。この体は方向感覚が狂うことは無いが、まぁ今回は大人しく街道を行こう。)
事実、東門まで来れば後は目的の森までは穀倉地帯と草原を突っ切って行くことが出来る。しかし初回であり深夜、人外の体を持っていても人の子、まずは大人しく街道を進むことを決心した。
弓人は東門を横目に北門を目指す。その時彼の目に帝都に入っていく馬車が見えた。
(お?深夜でも中に入れるのか、外に出れるのだけでも『なんだかな』と思っていたのに、現実、経済とか流通のためには深夜帯の交通も必要なのかね。あ、流通は下位カテゴリか。)
弓人は普通に考えながら走っているが、時速に換算すると訳80キロ毎時で“走行”している際中である。地面がしっかりしているとしても不整地をこのスピードで走り、尚且つ人間の思考を持っていたらそれは恐怖以外の何ものでもないだろう。こちらの世界にこれと同じこと“だけ”は出来る人がいる可能性もあるが。
(北門に着いたら街道を一直線、その後が.........問題だな。)
そう、コルバに見せられた地図では北門からの街道を進むと川があり、その手前には要塞都市<バイス>があるのだ。
(当然、そこは川に架かる橋を管轄しているのだろうな。)
地図には橋がバイスに飲み込まれる形で描かれていた。つまりそういうことなのだろう。
(ま、別に中を突っ切ってもいいし、面倒だったら泳いで川を渡ろう。いや、跳んでもいいか。)
自分で問題提起しておきながらその体一つで解決してしまう弓人。しかし考えてみると都市の中を普通に歩いて通るという考えは浮かばなかったのだろうか。まるで“初めての出入りは不正を働かなければならない”のようなルールでもあるのだろうか。
そんな弓人の爆走は順調に続く。
砂煙一つ、残さずに。
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(あれが北門か、うん、変わらんな。)
あれから何事もなくオフロードコースを制覇した弓人は北門へ到着。それから間髪入れずに街道を走り出した。当然のことながら誰にも気が付かれていない。まだこの体になって一ヶ月と経っていないが、3週間経っていると考えれば不自然なことはない。
不自然なことはない。全くない。
弓人は月明かりだけを頼りに、訂正、暗視装置(裸眼)を使って街道を進む。流石に少ないがこの時間でも人通りがあることに少しだけ驚いた。そして、今回は街道から10メートル程の所を走っているが、道を通っている人は弓人が通り過ぎた瞬間に突風を感じ、『なんだ風か。』というありきたりな反応しかしてこない。
強靭な肉体に反して寂しさに耐性の無い弓人は5人に1人は肩を叩いて通り過ぎる。それでも、そのあまりに丁寧なタッチに『気のせいか』とか『お前なんかした?』など、自分達以外の存在を疑う人が出ない。
結局弓人の寂しさは加速していったのである。
しかしここへきて、そんな彼にも幸運が訪れる。ここから5キロ離れた丘の少し向こうに焚き木が見えたのである。始め『(街道のど真ん中で?)』とも考えたが、構わず突き進んだ。
4分後。
(うわ、あれは。)
弓人は焚き木のすぐ近く、草原の中に姿勢を低くしてそれを見ていた。そこには、
「おいっ、今日はどんだけだ。」
「ああっ?全然っ、豪遊には足りねぇぜ。」
「そりゃぁおめぇが馬車を一つ取り逃がしたからだろうがっ。」
「んだとっコラっ、てめぇがあそこでしくじってなければ今頃わっ」
「俺の所為だとっ?ぶっ殺されてぇたか!?」
「おいっ!」
今宵、弓人の異世界図鑑に新たな一ページが加わった。その名も
『盗賊』である。
そのある意味“同業者”の出現に複雑な気分になる弓人。特に理由も無いが、
使えそうな物を奪う事にした。
タンッ..........
地面を蹴り、走り出した弓人、目指すは焚き木を“通過”するコース。
ブウォンッ
「「!?、なんだ!?」」
「おい!、火が消えたぞ。!」
突然訪れた暗闇に驚く盗賊達。月明かりがあっても焚き木を囲んで話していたため突然の明度の変化に目が対応できない。
それを狙った弓人はすぐさま次の行動へ。盗賊の一人から一瞬で剣を奪うと、鞘から抜き、“剣”を捨てた。その鞘を片手に持ち、盗賊達の下へ、混乱する一人の横を通り過ぎた瞬間首筋に、
ガンッ
ここで『ドスッ』とか『ゴズッ』という音が出れば鞘を使って盗賊を殴った若しくは突いたことが想像できただろう。しかし鞘を持つのが弓人の時点でそこは諦めなければならない。
ガンッ、ガンッ、「アンッ」、ガンッ
まだまだ調子に乗りたいお年頃の弓人、一人だけ別の重要な器官を強殴した彼は最後の一人の下へ。
「うぐえっ」
ドサッ
腹を一突きされた盗賊は聞いている方が気分の悪くなる様な断末魔を上げてその場に倒れた。
(成敗........こんなのが同族であってたまるか。)
正義は勝った、と言わんばかりに胸を張る弓人。内心では彼らに対しての文句しか言っていないが。
全員気絶させたところで粗探しを始める。体が小さいため、重さは何ともないが持ち運び難い物は端から拾わない。小さな巾着袋やアクセサリー、暗器などを重点的に探す。
結果、子供の手にも小さな仕込みナイフ7つ、赤く透明な液体の入った小瓶4つ、中で小さな光が瞬いている首にかけるアクセサリー1つ、これらを持っていくことにした。弓人は自分の巾着袋に小瓶を入れる前に一言、
(もしかして、ポーションの類か?色も体力(HP)を回復しそうな色をしてるし。)
そのままその小瓶を入れる。そして無言のままその場を立ち去った。当然盗賊達は深い眠りの中である。誰ひとり死んではいないが。
(縛ってもいいが、まぁ正体不明の存在に精々恐怖して、足でも洗ってくれ。)
弓人は正義を持っていても、別に“正義の味方”ではない。街道で誰が襲われようが彼には関係無いのである。
(お人好しは多分こっちでは悪手だ。いや最悪だと言っていい。前よりも命が軽い世界ではそれこそ命取りになりかねない。)
特に弓人はこちらの世界で命の軽さを体験した訳では無いが一度街を出れば魔物や先のような盗賊に出くわす状況から考えてもその予想は間違ってはいないだろう。
弓人は既に先の焚き木の位置から遠く離れている。この月明かりでも暗視装置を付けていなければ人間が動いていると認識できない程に。しかしここまで来ても街道を歩いている人に出くわす。あの盗賊が目を覚ます前に通過できるかは弓人の知るところではない。
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(おお、正に要塞だな。)
あれから30分、弓人は旅人にイタズラをしながらここまで走った。そして今、目の前には要塞の名に恥じない壁を備えた都市<バイス>があった。
(とりあえず大人しく門までいってみるか。)
とてとてと子供の足で門まで近づく。顔は隠してある。もしその手の達人であればその子供の体幹、体重移動の精密さに驚いただろうが、幸か不幸かこの門には一般の人間が鎧を着た警備の者しかいないようだ。
「ん?子供か?こんな時間に。おい誰かあそこの子を連れてきてくれ。」
門の前には照明の魔道具が設置されており、警備が早い段階で弓人の存在に気が付く。現実は弓人が隠密を切り、存在をわざわざアピールしている為であったが。
警備の一人の指示で他の警備が弓人へ駆け寄る。完全に子供に対する姿勢だ。近づいてきた警備が弓人に声をかける。
「えーっと君、どこからきたの?」
この時弓人は冒険者組合の組合証を見せ、穏便に通ることができるのは予想していた。しかし、
「あの、この時間、向こうの橋は渡れますか。」
そう、門を通って中に入れてもこの時間に橋が通れるとは限らない。そこ弓人はまず聞いてみることにしたのである。
「え?ああ、この時間はだめだよ。朝の7時にならないと...........あれ?」
目の前の子どもが一瞬で姿を消した事に戸惑う警備。
“朝の7時”の言葉を発した瞬間、そこに弓人の姿は無かった。




