第三十五話 「叙事詩」
「ユミヒトさん、その、気を落とさないでくださいね。」
「はい、有難う御座います。」
リーザにとってみれば衝撃の事実をもたらされた弓人は教会を後にする。あの後リーザの考える深刻さと弓人の感じるそれのギャップが大きくなり、会話が続かなくなってしまった。それをまた弓人がその事実の重さに会話はし難いのではないか、という彼女の思いと配慮により今回の会談はお開きとなった。
弓人は教会を離れて一路、支部へと向かう。目的はあの雄エルフである。
時間は昼前、空は清々しい程に青く、これからまた室内に入ることを躊躇わせる程の魔性すら秘めていそうである。弓人はそんな空を見上げながら大通りを歩く。いつも通りの喧騒に心なしかが安心する。それほどにはこの街に馴染んでいた。
弓人にしては珍しく大通りを普通に、“常識的に”歩いて進むと、お馴染み組合支部が見えてくる。扉の無い入口が弓人を待つ。
(お邪魔します。)
「あ、ユミヒトさん!」
(............。)
弓人にとっては既に“男を勘違いさせる系女子”として登録されている受付嬢がこちらに手を振る。弓人もそれに返すように手を振るが、如何せん感情がこもっていない。それに気付くか気付かずか、乗り出した身が小さくなり、振る手もまた小さくなる受付嬢。それを見た他の冒険者達が少し悲しいものを見るような目をする。
そんなことなど関係ない、というオーラをバシバシ出しながら受付へ向かう。自分が今しがた突き放した受付嬢へ囁くような声で言う。
「(ドリーに会いたい。)」
「っ!?、かしこまりました。」
すぐにカウンターの背後扉へ向かう。弓人も最近知ったことだが、この支部は普段冒険者がいる“表”と支部の職員がいる“裏”とで完全に独立しており、それぞれに階段がある。つまり今まで弓人は職員用の階段を上って最上階のドリーの執務室まで上がっていたのである。表向き未だランクの低い弓人、そのせいで表の上の階に上がっていなかったため全容を把握していなかったのである。
(ここは音でも分かり難いしな。)
そう、音の反響で建物の構造を把握できる筈の弓人であるが、何故かこの支部はそれが難しいのである。ここに初めて来た時から疑問には思っていたが、今の今までなかなか答えの出ない弓人。思い悩む彼に、このタイミングでお呼びがかかる。
「弓人さん。こちらへどうぞ。」
受付嬢に呼ばれた弓人はそのまま階段へ、これから行くはドリーの部屋。誰もいない階段を素早く駆け上がり一瞬で執務室の前へ。ノックをして中へ入る。
コンコン
「はい、どうぞ。」
ガチャ
「やぁ、ほんの昨日ぶりだね。今日はどうしたんだい?」
執務室に入るといつも通りの何の変哲もない支部長ドリーが社長椅子に座っていた。
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(はぁ、面倒臭いから単刀直入でいいか。)
「ドリー、魂というのは鍛えられるものなのか?」
支部長の扱いが日に日にぞんざいになっていく弓人。前置きの一つも無くドリーに疑問を投げつける。
「ん?ああ、そうだよ。魂は鍛えられる。そうでなければ君達冒険者や他の強者達の強さを説明できないからね。それにしてもどこでそれを。」
「どうやって鍛えるんだ?」
「.............。」
ドリーの質問には一切答えないつもりなのか弓人は間髪入れず続けて質問する。
「.....それは訓練さ。剣を振ってもいいし、槍でも、将又筋肉を鍛えてもいい。なんであったって魂の研鑚になるのさ、当然キツく、辛いものの方が効果は高いようだけどね。」
まるで見てきたように言うドリー、当然弓人はそこに突っ込んでいく。
「“高いようだ”とは?」
「ここは帝都の冒険者組合、そして僕はここの支部長だよ?当然身内の話は聞くし、日夜訓練に明け暮れている軍人さん達の話も聞く機会があるのさ。彼らは魔物を討伐しなくともその厳しい訓練で自らの魂を磨き上げているのさ。」
「なるほど。」
一旦の納得を得た弓人、しかしこの前ドリーに会った時に言われて気になったことを思い出す。
「この前ここに来た時、俺についての魔法や“その他の適正”について知りたいような事を言っていた筈、その“適正”とはなんだ?」
「その事か、よく覚えていたね。うん、いいよ。それはね、『君が持っている魂がどんな適正を持っているのか』ということだよ。」
ドリーはイタズラがばれたような表情で小さく肩を上げる。
「つまり今、俺が持っている魂が“生前”何を得意としてきたか、という事でいいか?」
「そうなるね。魔物にしても人間にしても。」
いい加減ドリーの静かな攻撃に反応しなくなってきた弓人。そんな彼は何かを考えるように言う。
「そう簡単に相手の能力を奪えるのか?」
「お、面白い所に気が付くね。うん、普通は無理だよ。当然、その魂の強さにも依るんだけど奪う事のできる“相手の人生の軌跡”はほんの僅かさ。奪う側の人にも依るけどね。」
「わかった。ありがとう。」
ここで聞くことは全て聞いたと言わんばかりに踵を返して扉へ向かう。しかし、
「やっぱり、最後に............魂の研鑚に、限界はあるのか?」
「ん?、いいや、ないよ。魂はそれ自体が無限の可能性さ。それは君が一番良く分かっていなくてはいけないんじゃないかい?」
弓人は『そうだな。』とでも言いたげな、少し情けない肯定の表情をしたまま執務室を出る。扉を閉めた後、常人どころかその手の達人さえにも聞こえるはずない小さな囁きが聞こえた。
「(持っている魂より、“君自身の器”の方が、僕は怖いよ。)」
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「終わりましたか?」
「ああ。」
素っ気ない返事をしながら素早くカウンターの横を抜ける。そのまま無言のまま支部を出た。
「(行っちゃった。.......ユミヒトさん。)」
そんな囁きも入口の向こうに置いてきぼりにして。
支部を離れた弓人は大通りを進む。
(ドリー、リーザ、歴史書。ひとまず、知りたいことは知れた。もう少しでポードルの弓も完成する。うん、さて次はやはりこの力を知り、使いこなすことだな。)
無秩序な人混みの中を、自然体で何気なく躱していく弓人。彼はすでに前方など見ていない。見るのは己の内、伝説達がその命を賭して研鑚した魂に。
(あんた方はその魂に何を秘めている、この世に何を刻んで人生とした。それを少しずつでいい、俺に教えて欲しい。)
周りの喧騒とはあまりにもかけ離れている雰囲気も弓人の隠密によって誰ひとり気付くことはない。
今、すぐそこに、“生ける叙事詩”と言うべき者が、
地面を踏みしめ、歩いて行ったことを、
誰も、知らない。




