第三十三話 「白昼の犯行」
パ.........タン
「(お邪魔しました。)」
律儀に別れの挨拶をする弓人。生まれて初めての家屋侵入の被害者に対するものである。悪い事をするとドキドキしてしまうくらいには好奇心の強い弓人であったが、今回ばかりは自分のルーツの発見もあり、冷静な頭での退出であった。
天窓を完全に閉め、弓人が歪めたヶ所以外は指さし確認をして、ここへ来た時を同じ状況にした弓人。一段落つき、周りの景色を見渡す。ここは貴族街、そこまで長く本を読み深けていたわけではなかったが、図書館へ入る時と比べて周りの家々の灯りが減っていた。
360度周囲をなめるように眺めた弓人は自分が来た道を戻る。道と言っても屋根を跳び回る非正規ルートではあるのだが。
タッ........... タタッ........... タッ............ タッ..............
帝都の夜、月明かりの下は跳びやすい、そう感じた頃には貴族街の街壁の前であった。弓人は高い壁を一瞥した後、地面に降りて、
トンッ.....タンッ、タンッ、タンッ.......... タンッ......
短い助走の後壁の上へ跳び上がった。前方には一般人の住まう街、後方には貴族の住む街、その境界に弓人は立つ。
(また、ここには来る気がするな。主に何かに巻き込まれて。)
調べものは概ね終わった。詳しい事は分からなかったが弓人自身が見た魂の記憶と、それが指し示す情報は取得できた。それでもまたこの街に脚を踏み入れる気がしてならないのであったが。
(まぁ、今日のところはこの辺で。それでは。)
静かな街から跳び出した一つの小さな影が、夜の喧騒冷めやらぬ喧しい人々の街へと消えていった。
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朝。
「おはよう。今日も依頼かい?」
「ああ、そんなところだ。」
弓人はバラルといつもの挨拶を交わして宿屋を出る。朝食は既に摂り、依頼をこなす準備は万端である。しかし当の弓人は、
(今日は先にやらなきゃいけないことがある。依頼はその後だ。)
弓人が今向かっている場所は組合支部ではない。それではどこか。
(魂について一番詳しそうな人物、修道女のリーザ。彼女にいろいろ聞かなくては。)
そう、昨日貴族街の図書館に忍び込んで自分の魂について少し分かった弓人。しかし、如何せんその魂について何も知らないのである。唯一支部長ドリーから“生き物が死ぬと、その魂は放出され、それを殺めた者のところに集まる”ことを聞いたくらいでそれ以外の事は何も知らないのである。
タッ..........タタタッ.........タタッ...............
弓人は大通りの混雑をまるで嘘のようにすり抜けていく。それを不審に思う人は一人もおらず、弓人の隠密は今日も好調である。
(もう、大通りをスキップしても誰にも気づかれない自信はあるな。)
魂のルーツを知ったからか、また一段と隠密のスキルを上げた弓人。このままアサシンがフードを置いて裸足で逃げ出す程の暗殺者になる気でいるのか。しかしこの男、暗殺以外にも“健全な”青少年故の能力の使い方を考えていた..........
(でもなぁ、これだけの力、“ただ覗く”だけではつまらん。)
ああ、彼に住まう伝説の魂達が泣いている。中には呪詛を吐いている者もいるであろう。
(まぁとにかく、今は魂の事だ。ドリーの話が全ての筈がない。なぜだろうとても早く聞きたいぞ。)
己の中の怨嗟と呪詛を軽く蹴とばし、弓人は自分でも分からない衝動に駆られつつも、リーザの待つ教会へと急ぐ。
(待っていろ、今すぐに行く。)
アポを取っていないため、待っている筈がないのだが。弓人はこういった何かを掴めそうな時、ここぞという時に限って頭がおかしくなるのである。脳内彼女とか作らなければいいが。
そんなくだらないことを考えていても弓人の驚異的な歩きは続き、ついに教会へ到着した。
コンコン
..........................................
(あれ?定休日かな?)
ラーメン屋と勘違いしているアホの弓人。諦めずにその一杯のため拳を振るう。
ゴンゴンッ
.........................................
(..........................。)
大通りの喧騒も嘘のような静けさ。弓人は無言のまま。常人であればそこで引き返し、「今日は休みなのか。だったら明日来よう。」という一般常識に則った行動に移行するのだが、本日異常人の弓人は一味違った。荘厳な雰囲気の教会を一瞥した弓人は正面の入り口から離れ、横から入れる奥の庭へ。
........ッ..... ッ..... ッ..... ッ..... ッ.....
足音が異常に小さいのは気のせいだろうか。否、まるでそこに誰もいないかの様な極めて薄い存在感で不審者弓人は庭を進む。目指すは窓、この教会はガラスの窓を使っているのだが、それは防犯や万が一の戦のためか2階以上にしか窓がついていない。1階は採光のためのすりの入ったガラスに鉄格子がはまっていて当然中は見ることはできない。弓人ならばエルボーで軽々破壊できるのだが。
(あれだ。)
ビカーッという表現が似合っている鋭く怪しい眼光をその目に携えた弓人。その光は2階のある一室に向かっていた。
(あそこなら侵入してもいきなり誰かにエンカウントすることも無いだろう。)
弓人の視線の先には、“窓としては小さくその階のものとしては高い位置につけられた”窓。小さな窓、つまり倉庫だとでも思ったのだろうか。弓人は既に助走の姿勢に入っている。いつもならいらない高さ、大げさな動作で窓へ向けて発進する。
円弧すら描かないものすごい速度の跳躍を決めた弓人。
しかし彼は気付くべきであった。“小さく、上の方についている”窓とはどのような役割を果たすものかを。
ビターーーンッ
壁に張り付くといった表現が正しい状況になった弓人。顔は窓に張り付いている。するとその視線の先には....................
モワモワ................
「「..................................。」」
この場にあるのは2つの双眸。
「えっ?」
「え゛っ?」
女性の美声と弓人の汚声が混じり合う。両者の視線が完全に一致した時、
「きゃあああああああ!」
「うわあああああああ!」
白い靄が晴れたその先、白昼の変態の視線の先には、
タオルを体に巻いただけの、しっとり系修道女リーザの姿があった。




