第三十一話 「図書館へ」
「ホゥー、ホゥー」
(こっちにもフクロウ的な奴はいるのか。)
夜の帳も下りた中、今日も屋根伝いに暗躍する小さな影が一つ。
否、正体は当然弓人その人なのだが。この世界に来てから毎晩月明かりに照らされている弓人は、夜の街に淡い影を落としつつ帝都の中心部を目指す。別に城に乗り込むわけではない、今宵の獲物は“貴族街”である。これも訂正、今宵の獲物は“自身の正体”である。これから図書館に忍び込み、自分の中に息づく者達の正体を暴くのだ。
(にしても、まさかあの時走っていたのが貴族街の街壁だとは、)
そう、城からの逃走の際、やたら長いことその時は城壁だと思っていた壁の上を走っていたが、いつの間にか貴族街を隔てる街壁の上を走っていたらしい。弓人は気持ち良く走っていたため気付く余地も無かったには無かったが。
(でも、貴族街を守る壁なら分かるが、方位ごとに区切るとはこれ如何に。)
そう、この帝都の城、つまり中心部から走っていたということは壁は同心円状だけではなく、中心から外方向に延びるようにできていたらしい。それを疑問に思う弓人。しかし、
(最近疑問ばかりだ。少しは考えないようにするか。)
この世界のしくみ、自身の正体、一番分かっていなければいけない情報が欠落している弓人は他のことを隅に置く努力をする。若干神経質な人間故の努力である。
タッタッタッタッタッタ
今日も今日とて周りの風景をぐんぐん追い越していく。横をみれば遠近感を感じさせる、手前と奥の建物の動く速度の差が見て取れる。その中でじっと、そこに静かに待つ明るい月が何故か頼もしい。
(ズーッ)
そんな考え事をしていれば既に大きな壁の前。弓人はそこで懐かしい記憶を思い出す。
(そうか、ここを飛び下りてきたんだもんな。)
あらゆる障害を|跳ね除け(無視され)ここまで逃走を果たした弓人。彼の人間的な生活はここから始まったと言っても過言ではない。
(怪しげな露店の店主、宿屋の主人、冒険者、.............おまけでドリー、皆懐かしいな。)
まるで皆故人のように心の中で語り出す弓人。後半の方に完全に忘れられている人がいるが弓人は容赦なくこと慈しみから切り捨てる。
(まぁ、おふざけもここまでにして、行くか。)
............トッ
弓人はひとまず地上へ降りる。いくらこの小さな体でも壁を飛び越える跳躍をした場合、足場の建物は一溜まりもないだろう。
(今回は堀付きで高さは30メートルってとこか。こっちの長さとかの単位も感覚で覚えなきゃな。)
弓人はあらゆる状況、環境を精確にとらえることが出来るが、単位長さなど最小単位が分からないため『~程』という表現になる事がある。
(まぁ、今回も跳べるだろう。いくぞ。)
ト........トッ、トッ、トットツトッ、タッ............
....ストッ.............................ニヤリ
(よし!警報は沈黙。)
初めてこの帝都から外で出た時は思いっきり警報を鳴らしていた弓人。ならば何故今回はならなかったのか。一番外の壁にある警報が貴族街、一番警戒しなければならない街の壁に付いていないとは考えにくい。つまりは当然弓人が何か手を打ったことになるが、
(単純に気配を消すだけなら初めからそうすればよかった。)
そう、弓人は気配を出来る限り最小限に留めただけ。日に日にその御業を成長させる弓人。しかし、
(これは“成長”なのか?“勘を取り戻した”だけなのか?)
魂の存在をあれだけ近くで感じさせられたことで、自分の中に途轍もなく偉大な者達が息づいていると知った弓人。今ある力は、その存在の力を使い、体に馴染ませているものと考えた方が自然である。
(どれ、図書館らしき建物はあるのか?)
弓人は貴族街を見渡す。暗視の目を使わずとも道には街頭が灯り、ガラスを使った窓からは室内の光が漏れ出ている。耳を澄ませば家族の談笑、若い者の笑い声、ナニかをしている声............が聞こえる。
(耳が良いのも考えものだ。..............はぁ、どうやって探すか。)
聴いたところで図書館は返事をしない。ならばどうやって探すのか。それは弓人の犬並みの、否、犬さえも超越した、
(嗅覚、匂いで探すか。)
弓人は犬のように鼻を鳴らす。郷に入っては郷に従え、何か違う気もするが犬の真似をしていると不思議と周囲の匂いが“判る”ようになってくる。そして、
(ん、インクの匂い。この強さは当たりかな。)
そう、ドリーの部屋でもしていたインクの匂い。インクのケースではなく周りの本からも香っていた匂いを弓人は嗅ぎ逃していなかった。それと似た類の匂いを嗅ぎつけた弓人は体をそちらへ向ける。
(あれは........住宅地とは少し違う........公園?の横にあるのか。)
公共の場をしっかりと設けるところにやはり貴族街だ、という感想を浮かべる弓人。
(まあいい、行くか。)
弓人は躊躇わず、貴族街に足を踏み入れた。
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タッ........... タッ.......................... タッ........................ タッ........
ここは帝都の貴族街。ここよりも外縁のように雑多に建物が建っている筈も無く、弓人お得意の屋根走りは少し形を変える結果となった。
タッ........... タタッ........... タッ........................ タッ..............
(街の中を普通に歩くのと、間隔の広い屋根伝いに跳ぶのと、どっちがいいのやら。)
そう、弓人は屋根から屋根へ、常に飛び移って移動している。傍から見ればやはりピンピン跳ねるノミのようだ。
(あと少し。)
目印にしていた公園らしき広場が見えてきた。もちろんこんな時間に誰かいるわけではないが。弓人は広場には下りずに図書館に一番近い建物まで回り込むように跳ねる。
6建程跳んでついに図書館へ到達する。窓を見れば既に建物の中は暗く、入り口は閉ざされている。
(さてどうやって入ろうか。)
思案しながらぐるりと建物の上を移動する。どこか突破口がないか探していると。
(っ!、やはりあった。天窓が........すごいな、すりがはいってる。)
本に直射日光を当てない為であろうか、天窓のガラスにはすりが入っていた。今回重要なのはそこではなく、
(うん、隙間がある。これなら。)
天窓は開くようにできていて、開く側のフレームに少しだけ、ほんの少しだけ隙間ができていた。この時『なぜ図書館なのに天窓が空くんだろう?』という疑問を少しでも弓人がもって入れば少し状況が変わっていたかもしれないが...........
それはさておき、この後この隙間から針金などで鍵をどうにかしようと考えていた諸君、本当に申し訳ない。弓人に定石や常識(?)は通用しないのである。
フンッ
弓人は隙間に指を入れ、フレームの一部分を歪ませた。そこから指を入れ、引っ掛ける部分を外す。以外に現代的な鍵であった。
トッ.........。
開けた天窓から中に侵入した弓人。そこは図書館というよりは、
(部屋?本棚はあるが、部屋だな。)
弓人は周囲の気配を探る。あの城でのお姫様遭遇戦のような事態はもう懲り懲りだからである。
(いない、な。いない。)
幸いにして館内は無人らしく、弓人は蔵書のエリアを探す。部屋と思しきここには扉が複数あり、その中でも一番重厚な扉をみつけた。内側の鍵を開け、いざ次のエリアへ、気分は完全にマッピングである。
ガ........チャ........
開けるとそこは廊下であった。音の反響から突き当りに階段があるのが分かる。薄暗い中を進んで行く弓人。階段を降りまた一つ扉を開けると。
(おおー)
そこには前の世界と寸分違わぬ、図書館があった。




