第三話 「城・深部を抜けて」
弓人は今、天井の梁に掴まっていた。否、梁を抱きかかえて張り付いていた。
そんな弓人は、早くここを離れたいがどうしたものかと思案する。あの7人はあからさまに周りを警戒し出し、何度も視線が弓人を通りそうになった。
(いや、実際何度も通った気がするのだが。でも一向に気付かれ......ないよな?)
たまにこちらを向く眼球を良く見てみる。すると.........
(微妙に焦点?視点?がこちらに定まっていない?)
そう、何度かこちらを見ていても、弓人自体を見ていないようだ。見えない何かに阻害されているのか? と疑問は尽きない。
(とりあえず天井を移動してここを出よう。幸いこの天井、梁が多くて掴み所が多くある。いい天井だ。)
ついに天井について評価を始めた弓人。体の変化どころかそれが脳にも影響し始めたのか、常人には分からないセンスを発動させたようだ。
シュッ スッ、シュッ スッ、シュッシュッ スッ
弓人は天井の梁や出っ張りを巧みに使い、素早く移動する。まるで植物のツタを使って移動するジャングルの野生児である。弓人は素手だけで移動しているが。
(洞窟からずいぶん離れた。でも天井から降りる気にはならないな。)
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しばらく天井を移動すると上へと続く階段が見えてきた。洞窟から離れて、ここまで進んできたが、この通路はとても広く豪華な造りであった。
(昇りか、ここはやはり地下なのか?)
人の気配が無いのを確認して天井から降りる。実に5時間ぶりの地面である。
(まてよ、さっきの洞窟の見張り達は私が天井に張り付く間を見計らってた時間から考えて8時間はあそこで見張ってたのか? ええと..........ご苦労様です。)
それはそうだ。弓人という大怪盗(?)を逃がした時点で仕事は失敗しているのだからこんなにも無駄な苦労は無い。しかも侵入していることも考えると2度取り逃がしているとも言える。あの隊長、本当にピンチである。
(しかし、階段の先には何があるのやら。
いや、感覚が鋭すぎて大聖堂のような大きな空間ってことが分かっている。すまんね。)
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扉の無い入口を抜けると人気のない大聖堂だった。しかし扉がないとは。本来ここに来る人間は洞窟の前までは行けるのだろうか。
(まぁ考えても仕方ない。大聖堂から出よう。)
巨大なで下品ではないシャンデリア、高位の者が立つのであろうキャットウォーク、祭壇、大聖堂はこれまたインターネットでも見たことがないような綺麗なもので、豪華さよりもあの祭壇のあった神殿のような厳かな雰囲気を醸し出していた。
壁沿いに移動して出入口までやってくると.........
「今日は御出で下さり誠↑↑に有難う御座います。」
なんか相手を必要以上に持ち上げる胡散臭い声が耳に入ってきた。弓人が不快に感じていると、
突如、扉が開かれた。
スッ
「いや、今日は公務だからな。それよりも毎月来ているだろう。」
(また天井に隠れちゃった。)
今度は大聖堂の吹き抜けの二階にあたる所謂キャットウォークの裏に張り付いた。別に大量に並べてある長椅子の下に隠れても良かったのだが。
大物と小物のペアは2人で弓人が出てきた洞窟へとつづく階段を下りていく。弓人はその隙に大聖堂から出たは出たが...
(広っ)
とても廊下とは思えない程に何もないただだだっ広い通路。柱は大理石なのか精巧な彫刻が施されていていつまでも見ていられるほどに美しい。弓人はそれらに見惚れないように廊下の端を進む。
しばらく大人しく進んでいると、とても遠く、向こうの方にある出入口から人の気配がした。そしてその気配は確実にこちらへと近づいて来た。
弓人はすかさず柱に隠れて様子を見る。
コッコッコッコッコッコッ
(めい、ど?え?メイド!?..............うぉおおおお、メイィドだぁあああ!!)
目をこれでもかと見開き、その瞳でその人物を追う弓人。そう、歩いてきたのはメイド姿の少女だった。十代前半?に戻された弓人くらいの身長だ。
(生きてるメイドなんて初めてみたぞ。興奮を隠せないゾ俺。)
非常に悔やみつつメイドを見送り先を急ぐ。向こうは風の通りと匂いから察するに外のようである。
(久しぶりに太陽を拝むぞー。)
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廊下を抜けた先は美しい庭園だった。廊下からそのまま直線で伸びているこの通路は壁が片方取り払われ、そこには広い庭園があった。
(どれくらい金をかければこうなるんだ?)
まったくひねくれたものである。弓人は庭園を褒める前に、掛かったであろう“金額”を褒めていた。本当はこんな性格ではないはずなのだが。本当に。
(あっ、太陽だ。この美しい庭園を見ていて忘れていた。...........すまん。)
ぞんざいな扱いを受けて哀れな太陽に謝罪した加害者弓人は、その光景を眺めながら見るもの全てに興味を向ける。我がままな事に日本庭園ではないことに少し不満があったが、美しい草花と水の清らかなせせらぎが聞こえてくる、その風景に心奪われながら無防備に廊下を進んでいく。
(それにしてもきれいな中庭の庭園だ。花あり、木あり、小川あり、その横におしゃれで大きな石あり、その上に少女............あり。
あ、え?............あ、あれ?)
「...............。」
「...............。」
パッ..............スッ
素早く柱に隠れる。しかし圧倒的露見!!
(まずい、見られた、見られたな!!)
まさかの初被弾があんな子供とは。不肖弓人、まさに不覚である。あの少女、庭園に溶け込んでいて全くわからなかったのである。
(俺よりもよっぽど隠密してるな!!)
あの少女に投げかけるように心の内で叫ぶ。
「???」
少女はその不確実で霧のような存在に驚き、いきなり掻き消えたことで周囲をキョロキョロ見渡している。完全に弓人を見失ったようだ。
(ふう、すぐに隠れたし、庭園もとても広いせいでこちらの容姿を細かく見られたわけではないだろう。)
タンッ
仕方なくまた天井に張り付く。
(チクショーメ、せっかく半分外に出られたのに。)
しかし弓人はこの時気づいていなかった。この少女の存在が後々思った以上に厄介なものになっていく事に。
「??.........誰か、いるのですか?」
(え?、いいえ、いません。)