第二十九話 「僕は 私は 俺は 某は」
―――そこはただ“白”だった。全ての方向へ、どこまでも遠く。視点は定まるけれども体の感覚がない。ただ白に染められた空間。“空間”という名を与えてもいいのか甚だ疑問な程に広い“場所”。俺はそんな場所の中心に立っていた。そう、“中心”ということだけは理解できた。―――
弓人はただの“存在”になっていた。姿形は無く、ただそこにいるだけ。そんなまるで救いの無い状況に恐怖は抱いていない。安堵さえしそうな、そんな場所。
何も考えもせずそこに在った弓人は、ふと足元と思しき方向に視線を向ける。すると色や影は無くとも“地面”という存在が眼前に迫って来た。
目を瞑るという動作さえ存在しないが、咄嗟に見ることを放棄し、しかし少しすると風景が戻ってきた。
そこには、8つの椅子。否、8つはここから見える椅子。ここよりも彼方遠くにまだまだ多の椅子が在ることが分かる。そんな椅子達は、まるで自分こそ“存在”であるようにそこに鎮座している。
弓人は思う。これが“存在”否、“魂”なんだと。誰かに教えられたわけではない。分かる、それだけが分かる。
少しずつ自分が戻ってきた弓人はここに来る直前の事を思い出す。
(なるほど、これが証明出来ずとも信じてしまう、ということか。)
ドリーの話した魂の存在。今いるこの世界こそがそうなのだろう。弓人はこちらの世界に来てから短いが、その中でもこの“劇的”な事態に心が震えていた。
そんな中、椅子達が存在を主張し始める。弓人が自分の中で考察に浸っていたからであろう。流石の弓人もそれには気付いたのか。自分の存在を椅子の方へと進める。
しかし、進まない。
(う、うまくいかん。んんーー、こうか?)
すると自分が進んだ。なんと全方向に。
(あ、あれ?思ってたのと違う。)
存在を広げ始めた弓人。それはいくつかの椅子を巻き込んでいき............
ザザ――――ザッ―――――ッ―――
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「僕 強 賊」
「 しかし な ほど」
「私 は 全 .............. 魔 !!! 」
「その通り」
「お こそ ! 極 」
「違うね」
「 創れ い “” ない」
「ははは」
「 全 然某 下 」
「傲慢だ」
「全て叩き切ってやる。」
「君になら出来るさ」
「ユ.............さ.......」
「なぜ」
「........ヒト.....」
「全ては我のため」
「ユミヒトさん!!!!!」
―――――――――ハッ!?
「ユミヒトさ「ああ、聞こえてる。」」
「ふぅ、危なかったです。申し訳ありません。」
弓人の目にこちらをずっと呼び続けていたらしいドリーと呪いをかけていた修道女が映る。呼び続けていたのが男であったことに何か思うところがあるわけではない.........わけではない。
「ユミヒトさん、お体の調子は?頭痛などはありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「本当良かったです。まさか魂がこちらに来るのではなくユミヒトさんの意識が深層に向かうとは思いませんでした。」
(なるほど。だからあの光景か。)
弓人は自分の視線が地面なる所に落ちていったことを思い出す。そこで見たもののことも。
「落ちていったら椅子が置いてあった。あれが魂か?」
「椅子?ですか......なるほど。ユミヒトさんにはそう見えたのですね。」
「ああ。」
「その認識で正しいと思います。ここで魂に近づいた人々は皆何か一つの“もの”を魂として見るそうです。しかしそれはとても曖昧で、靄がかかっていたり、ぼやけているのですはずなのですがユミヒトさんはどのようなものを?」
「(正直に言うか.........)とてもはっきりとした椅子だった。それも近くにあるものはとても豪華なものだったと記憶している。」
「!?そ、そうで御座いますか。」
弓人の正直な回答に驚きを隠せていない修道女。ここは有耶無耶に出来ない、と弓人は聞く。
「はっきりと、これだけそれぞれの個性を持っているのはどういうことなんだ?」
「それは.........」
言い澱む修道女。
「それは、その魂の力が途轍もなく強大だからだと............。」
「........そうか。」
想像していた通りの答えが返って来たことに安堵する弓人。これでこの力の謎にも一歩近づいた。
「他に何か見ませんでしたか?」
「?何故そのようなことを聞く。」
「い、いえ。後学のために.........」
「ああ、すまんが、見ていない。」
「そう、ですか。」
ここでドリーの眉がピクリと動く。弓人にだけ見せつけるように。
(いやらしい奴だ。)
「それではこれで終了となります。お疲れ様でした。少し休んでいかれますか?」
「いや、大丈夫だ。」
「それではお送り致します。」
弓人は起き上がり靴を履く。部屋から出て、来た道を戻る一行。礼拝堂を通り過ぎ入口へ着く。
「ああ、そうだ名前を聞いていなかったな。」
「!?あ、そ、そうで御座いました。私ここで修道女をやっておりますリーザと申します。末永く宜しくお願い致します。」
「(!?)あ、ああ、冒険者ユミヒトだ。宜しく。」
「また来ますね。それでは。」
そういって二人は教会を後にした。
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「いや~途中驚いたよ。リーザちゃんが焦った顔して「ユミヒトさんがいない!」って言うんだから。“いない”の意味が初め分からなくてね。“現世にいない”という答えだとは思わなかったよ。」
「それ俺は笑えないんだが。」
「はは、僕は笑えるよ。君も帰って来たんだから笑えるでしょ?」
「...........。」
どこか納得のいかない弓人と笑顔のドリー。小さい子供と大きいがフードを深く被った、なんとも怪しい二人組は冒険者支部へ向かう。しかし弓人は.........
「この辺で図書館はないか?」
「え?あるよ。」
「どこに?」
「ああ、それは貴族街さ。」
(うわ、面倒くさそう。)
「でもね、あそこは当然貴族か高位の、それもランクB、少なくともランクCでお抱えでないと入れないよ。」
(だと思ったよ。)
ここにきてテンプレファンタジーを味わう弓人。図書館の存在は有り難かったが、まさか閉じられた地域、貴族街にあるとは。街はテンプレでそこに図書館が放り込まれている現実に頭を抱えて.........即開き直った弓人。なぜなら.........
(忍び込めばいいじゃないか!)
だ、そうである。
「じゃあこれで俺は。」
「え?ああ。また支部でね。」
そう言ってドリーから離れる弓人。そのままバラルの宿屋に向かう。
(それにしても.........やばいな。あの錚々たる面々は極めてやばい。)
そう、あの時弓人が見たものは他にもあった。当然あの時修道女に隠した声の事もそうであるが、
(あのイメージ。魂が嘘をつかないとしたら、この中にあるものは..........)
弓人は自らの体を見る。普通なら喜ぶべきことであるのに、そのあまりにも強力な魂達に戦慄を覚えていた。それは.........
(俺の中には“伝説達”の魂が息づいている。)
異世界に来て二週間足らず。早くも自らの強さの秘密に一歩、迫る弓人であった。




