第二話 「洞窟前の難所」
ひとまず祭壇から離れた弓人は、先程の見回りらしき人物の足音が離れてから入口の方に近づいていった。
(よし足音はどんどん遠くなるな。200メートルってとこか)
人気が無くなってから洞窟に入る。そのやたら高性能な感覚のせいで、周りのあらゆる状況が手に取るように判るのだ。弓人はそんな感覚と共にずっと疑問に思っていた事を呟く。
(それにしても目線も明らか下がってるし、自分の体とは思わない方がいいな)
行けども行けども洞窟の壁。自分の体についても気になるが、それと共にここは何処なのだろうとも考える。
(人を乗せる祭壇?があったのだから、っていうか私自身乗っていたのだから儀式は呪いをするための場所なのは間違いないが.......)
やはり疑問は尽きない。それらを一旦頭から切り離した弓人はただひたすら洞窟を歩いて行く。
およそ20分後。
(ん?人の匂いが強くなってきた)
洞窟を1.5キロメートルほど進むと人の気配が強くなってきた。随分と長い洞窟であった。
(先程の空間の神聖さを露程感じさせない洞窟ももうすぐ終わりか。)
(......ん?あれ?今更だが、灯りも無いのにどうやってここまで来たんだっけ?)
先程の見回りらしき人物は松明を持って祭壇の空間まで来た。弓人は何を道標にここまで来たのだろう。
(自分自身。耳で見ているのか目で聞いているのか、その他の感覚を使っているのか、そのへん全然わからんぞ。)
そう、今弓人には洞窟がどんな形で、どこが足の躓きやすい場所で、どこに危ない突起があるのかが手に取る様に分かる。しかし、弓人自身どうやってそれらを把握しているのかは曖昧だ。
こうして実際役立つ感覚も使ってみると強力で、弓人は何かうすら寒いものを感じるのであった。
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そんな事を考えていう内に気が付けば出口である。
(人の気配が多い。7人か。)
さて、ここからが正念場である。ここを見つからずにどうやって突破するか。ここは洞窟と人工的な建物との境目。洞窟の入り口は、その境目から少し離れたところにある。大きな鉄格子の檻から向こうは完全に人工の床だ。檻のこちら側に3人、向こう側に4人の見張りが立っている。
(さて、どうやって突破したものか。)
しばらく思案する。しかし元純正培養の現代人弓人にはこんな状況の解決策などすぐに思いつく筈もなく.........
(普通に出してくれと頼む?いやいや、ここ絶対入っちゃいけない場所だし.........そんな事したら確実に、)
確実にお縄になるだろう。しかしここで一生祭壇暮らしというのも弓人にとって避けたい事だ。
(ん?でもなんかいける気がしてきた。そう、気がしてきた。どこからこんな自信が湧いてくるんだ?誰か教えてくれ!!)
(........・........・・......____・・___.......)
(ハッ なんだこれ!? 敵の視線?天井?他にも.......これが打開策、だと?.........こんなの絶対に見つかるわ!!)
今しがた弓人が自分で思いついた、否、ありもしない経験から導き出された解決策。どうにも自分で考えた様に感じるのが逆に不気味な感覚を彼に与える。
(明らかに天啓的な何かだったんだが........)
これから突破すべき難所を見やる。
(はぁ........やるしか........ないよな。)
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見張りは7人。弓人は全ての人間の状況を完全に把握する。多分この体にのみ許された能力だろう。全ての目線が洞窟の入り口から離れる機会は極めて少ない。それは当然の事、彼らはこの入り口を守っているのだから。
(しかし緊張は.........しないな。まるで、もっと難しい状況に何度も遭遇してきたようだ。)
全ての目線が離れるのを待つ。この体はやたら我慢強く出来ているようだ。生き物全般に言えるが、動静の静、そう、静が苦手だ。動かないことほど辛いものはない。所謂スナイパーは標的をひたすら動かず、静かに待ち続けるようだが、弓人はその標的が来るまで音楽を聴きながら肩でリズムをとり、漫画でも読んでいることだろう。
その内『標的?ああ、さっき怪しげな取引が終わってどっか行ったよ。』みたいになるのは確実である。.........
つまりただの軍法会議ものである。
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極めて精確な体感時間で3時間と4分後
(よしっ、今だ!!)
弓人は目にもとまらぬダッシュで洞窟の入り口を抜け、音も無く上に跳躍した。檻のこちら側は自然の洞窟である。つまり天井も凸凹していて掴むところも多い。
スッ.........
なんとか天井に取りついた。だれも弓人に気が付いてはいない。今は見張りの真上。さて、次の問題、大問題だ。
(いつ檻を開けてくれるのだろう?)
弓人は鉄格子に一番近い見張りを睨む。
(ずっと天井にとりついていろと?握力が保つのか?)
今弓人は両手で天井の突起を掴み、足の裏を他に突起に押し付けて体をその天井に貼り付けている状態だ。握力や脚の筋肉がいつまで保つか分からず、冷や汗が.........否、出ない。
やはりこの体、便利である。
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正確な体感時間で4時間34分後
「よし!交代の時間だ。あがる前に全員警備レポートを書いておくように。」
見張り7人の内1人が上官だった様で、部下に交代を告げた。洞窟側の見張りの1人が鍵を手に檻に近づく。
(どうする?どうするっ?流石にあそこは抜けられないぞ。見張りが通る檻の入り口に一緒に通るのか?いや、無理だろう。)
しかし頭がまた何かを訴えている。
(・.・........・__・・・_・_____....:・・)
(うっそだろ!?それこそ、そんなこと出来るか!!)
檻の人工物側の見張りは天井の一部を剥がして檻を通してそれを投げて、落下音で向こうを向かせる。洞窟側であるこちらの見張りは、洞窟に近い2人にだけギリギリ聞こえるように洞窟側に天井を剥がして投げ、最後の檻を開けている1人は小突いてよろめきながら後ろを振り向かせ、後ろの見張りが『仲間の誰かがやったのか?』と疑っている内にその死角から檻を抜ける。
頭?が訴えているのは一般人からしたら戯言にすら聞こえない。本当に出来るのか?という当然の疑問が弓人の頭を支配する。
(はぁ、やるしかないんだよな。でなきゃ、ここで冒険終わりだしな...........あれ?冒険?いつから冒険することになったんだ?)
遂に自分の思考にすら疑問を持ち始めた弓人。
(とりあえずこの難所を突破しなければ。ん?なんだ!?この体から溢れ出る“脅迫的”な使命感は。)
考えてる間にも見張りの1人が鍵を開けた。我に返った弓人はすかさず片手で洞窟の天井を少し剥がして、石ころ状になったものを檻の向こうに投げる。
コンッ、コロロ
「「「なんだ?」」」
「ん?何かあったか?」
(よし!4人ともあちらを向いたぞ。それにして3人共同じ反応とは仲が良いな!)
「よし、次!」と言わんばかりに もう一つ石ころをつくって洞窟の奥の方に投げる。
コォーーーン...ォォォォン.....
その小さな音は洞窟で反響する。
「ん?」
「なんだ?」
(お前らはあんまり仲が良くないな。........ああっ、今はそんな事はどうでもいい。)
天井を掴んでいる手を支点に体を天井から離す。振り子のように体を振って、往復はせずにそのまま手を放して斜めに落下。音も無く今鍵を開けた見張りの頭上の鉄格子に取りつく。足を格子にからめて体を上下反転させ、上半身で見張りに近づく。
ゴスッ
「痛っ!なんだ?」
見張りが振り返った。体を少し上方へ戻して視界に入らないようにして見張りが少し洞窟側に寄ったのを見計らって次は鉄格子の出入口の縁を掴んで足を体によせる。丸くなった体は手を支点に入口を振り子のように通り抜ける。体と足を伸ばして人工物側から格子を挟んでそのままの勢いで背筋も使い体を起こす。背中に来た格子を掴んで腹筋を使って足を振り上げ、格子に足の裏が付いたら手を放して天井まで跳躍した。
スッ
「おい、今のは?」
「洞窟の方で.......」
「石ころ?」
下は混乱しているようだ。うまく天井に張り付いた弓人は少し安堵する。
(ここまで来れたが、俺の体は本当にどうなってるんだ? また“俺”でてるし。まぁ、いいか。ふぅ、第一関門は突破だ。いやここで関門は終わりがいいのだが。)
混乱する見張り達を見やり呟く。
(終わり.........だよな?)