第十一話 「初戦(はついくさ)」
(至近に10、その後ろに30、全部で82。)
周りの茂みが激しく揺れる。茂みの隙間から怪しく光る二つの赤が、黒色の毛で覆われた魔物が、姿を現した。魔物たちは自分達の同類の姿態を眺めると、それを行った咎人を探し出す。しかし彼らは理解できないだろう。ここに住まう者達の命運は、ある最強の気まぐれによって切り裂かれてしまうのだから。
(..............この俺の気まぐれにな!!)
弓人は今、先ほど殺した魔物の横に伏せている。ここにいる10の魔物の内半分には完全に見えず、もう半分は地面から生えた膝程の草の中に弓人を捉えているはずだ。しかし彼らは気付けない。弓人の存在を認識することが出来ず、未だにこの惨状の犯人を捜している。彼らは予想できないのか、この絶対的理不尽な存在を。
(安心したまえ諸君。)
(すぐに君たちも“同じ”になる。)
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戦場を歩く。短い髪と服の裾を優雅に揺らし、静かに魔物の下へと至る。気配すらも覚られないと分かった弓人は草むらから立ち上がり、音も無く魔物に近づいていく。左手に刃を下にしてナイフを持ち、そして手近な魔物の脇腹を、肩の動きは緩慢に、ナイフの先は急速に、腕をしならせるように一閃する。
結果、魔物は腸とその命を大地の上に虚しくまき散らし、そして死んだ。哀れな肉塊となった仲間に横の魔物の視線が留まる。しかしそれはあまりにも遅かった。肉塊を見た者もまた、既に肉塊だった。それを見た魔物は思った。何故、肉塊の横に慣れ親しんだ、しかし“首の無い体”が立っているのだろう。
その首なしの体が力を失い、地面に倒れたころ、ある魔物が口からナイフを生やした。すぐにそのナイフは引っ込み、顎の下から荒い息と大量の体液が零れ落ちる。目の前の惨状を理解できない哀れな魔物は、不意に視界がずれた感覚に陥った。それは当たり前のことで、気付けば頭に5ヶ所の深い裂傷があった。
(これで半分。後5ポイント取ったら次のセットだ。しかしここには全部で100近いポイントがある。全て先取出来るように俺もペースを上げようではないか。)
日本にいた頃はこんな発想が出来ただろうか。この世界に来て自分でも驚くほどに順応している自覚はあるが、むしろ前の素をよく思い出せずそのギャップが今一つ把握出来ない弓人。
(まぁ、ここにいるポイントを全て取ってから考えよう。)
こうして初戦は、魔物の断末魔さえ聞こえぬ、寂しいものとなった。
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(これでこっちに向かってきたのは全部か?)
始め82点満点だったポイントは途中から150点満点に変更された。学校のテスト中にこれが起こったら確実に教室中に鉛筆が飛ぶだろう。1つ目の肉塊を中心に戦線は同心円状に拡大し、木で遮られ見えないが、上空から見れば肉塊がきれいな大輪の花を咲かせていることだろう。
(ここでの力試しは十分だろう。そろそろ戻るとするか。)
弓人から見ればただ“的”に近づき、ナイフでそれをなぞるだけの作業であった。稀に前足を振り回している個体もいたが、邪魔になるという理由でおまけと言わんばかりに後ろ足と共に切飛ばし、最後に頭を刎ねていた。後にその現場を通った人は「やけに分厚い毛皮があるな」とでも思うのだろうか。
弓人は腰の鞘にナイフを仕舞い、帝都を目指す。ずっと森の外縁で遊んでいたため既に森の終わりが見えていた。そして、夜明けはまだだが、ここにきて一つ問題があった。
(またあの警報通らなきゃならないのかな?)
そう、帝都から忍び出た(?)際の警報の事である。魔物の鼻先で遊べるほどに気配を消すのが得意な弓人でも引っかかるのだ。よほど強力なのか、仕組みから既に弓人が思いもしない技巧が施されているのか。
結局は考えても始まらないと、弓人は取り敢えずあの壁までは走る事にした。
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ガガーッ
あえて両足をそろえて地面に跡を残しながら停止する。これも弓人が一度はやってみたかったことの一つだ。これからはいつでも出来るのだが。
(さて帝都外縁の壁に到着したが............)
弓人はそのそびえ立つ壁を見上げる。
(外側は上まで30メートルだな。)
掘り下げ方によって1、2メートルの違いはあるが何より重要なのは高さ30メートルの壁を飛び越えないといけないということらしい。
(試しにこの場で垂直跳びでもしてみるか。)
スゥォン
膝を曲げて上体を丸めて体の負担にならない程に力を込めて飛び上がる。
(あ)
すると、
(建物が、見える............)
飛び上がると壁の向こうに街が見えた。
(今遠くから俺をみれば、ノミがピンピン跳んでるように見えるんだろうか。)
地球のノミは自らの体長の60倍の高さまで飛び上がると言う。20倍以上飛んでいる今ならそう見えてもおかしくはない。
(飛び越えられることは分かった。次は警報についてなんだが.........出る時は警備が来て焦ったが、入ったら屋根伝いに逃げれば特定はされないだろう。)
なまじ体が高スペックだといろんな問題をスキップ出来るから楽である。異世界もので中途半端な力などを授かってしまっていたら?と考え、ゾッとする弓人。
(バラルの宿屋はこの方向で間違いない。さっきの魔物との戦闘中でも方向感覚が狂わないとは。)
方向を確認した弓人は連続ジャンプを一旦やめ、後方に軽くステップを踏む。壁と距離がとれたら前方に一際大きく飛び上がり、そのまま壁を越えた。
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ピーー・・・・・・・・・・・・・
壁を越えた弓人はすぐさま屋根の上で静かなトップスピードを得た。警報の音が既に遠くに聞こえる。未だ止まない酒場の喧騒を飛び越え足を進める。あらゆる景色を後ろに残し、弓人は宿屋に向かった。
街に大きく横たわる大通りを何本も越えると宿屋が見えてきた。弓人は後二泊はして常識をため込まなくてはならない、と思っていた。
クッ...........トトッ.........
近くの屋根でストップして宿屋を覗く。弓人の部屋は2階だ。軽業師にように4階から順番に突起物を掴んで降りていく。2階の窓の鍵は開けたまま出てきた。窓を開けて部屋に入る。そして軽く部屋を見渡した後、ベットに腰掛け一人ごちる。
「とんだ冒険だったな。」
何も考えず、何も知らないままに森へ行って、ただ魔物を虐殺して帰ってきた。無論力試しの側面もあったが、“魔物”のキーワードに心躍らせ“冒険”してしまった事は否めない。
(それでも冒険者組合やその他の組織に加入するのはリスクがあるよな。)
弓人のこの得体の知れない体が指名手配されていないとも限らない。下手に人の集まる所へ行くと騒がれる可能性もある。
(そのリスクを抱えても冒険者組合から順番にテンプレ的旅路を始めた方が良いだろうか。)
朝になれば答えも出る。バラルと話してみてもいい。そんな無責任なことを考えながら弓人は床に就いた。




