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女子ノ聖域  作者: 茅原
シノ物語
81/81

美しく、強く。part2

「はぁ? なんでテメェ? ブスはスッ込んでろ!」

「いや、待て、落ち着けよ。 全然ブスじゃねえだろ」

「確かに。俺も好きなタイプかも」

 

 Tシャツ、ジーパン姿の茶髪で背の高い少年と、背はさほど高くないがガッチリとした体つきで黒いタンクトップを着た少年が、目を見交わしつつ口元に暗い笑みを浮かべる。

 

 こちらをブスと怒鳴りつけた、真っ白な帽子を前後逆に被って全身をダルダルの服で包んだ少年がチッと舌打ちをして、囲い込んでいた少女の肩を掴みつつ、こちらへも手を伸ばしてくる。


「まあ、いいか。なら――おい、オマエもちょっと来いよ。俺たちと遊ぼうぜ」

「イ、イヤです! 近寄らないでください! こんなことはやめて、早く家に帰りなさい!」

 

 声を上ずらせてしまいながら、シノは後ろへ退きつつ両手でバットを身構える。

 

 と、三人の視線が全てこちらを向いたこの隙を衝いたように、少女がダッと駆け出した。短いポニーテールを揺らしながらシノの隣を駆け抜け、こちらを振り向くこともなく風のように逃げ去っていく。

 

 少年たちはすぐさまそれを追おうとするが、シノはその前にバットを突き出す。少女が自分を置いて逃げていったと解った瞬間には『嘘でしょ?』と正直、泣きたくなったが、自然と身体が動いてしまったのだからしょうがない。


 がしかし、救出しようとしていた少女が無事逃げられて目的は達成できたのだから、自分も一緒に逃げればよいのではないか。シノは遅れてそう気がつき、慌ててこの場から逃げ出す。だが、


「きゃっ!?」

「おいおい、逃げんなよ」

 

 後ろから思いきり髪を掴まれる。真っ白な帽子を被った少年が、グイと容赦なくシノの頭を引き寄せながら、ニヤニヤと笑ってシノの顔を覗き込んでくる。シノは右手に握っていたバットを振り上げようとするが、茶髪の少年にその手を押さえつけられる。


「俺たちが遊んでんの邪魔したんだから……解ってんだろ? ちょっと一緒に来いよ」

「せっかくいい女つかまえたのに、お前のせいで逃がしちゃったんだから、責任取れよ」

 

 タンクトップの少年が、まるで自分の物のようにシノのショルダーバッグを開け、その中を漁りながら言う。


「――――」

 

 全身が痺れたように動けなくなり、声も出せない。鼻を刺すような少年たちの香水のニオイに押し潰されながら、シノはこちらを見下ろす三人の顔を何もできないまま見上げ――自らの無力さと、自らが選択した道の困難さを痛感した。

 

 自分は『天使』であろうとした。その結果が――これなのか。


 他者を助けるということは、その荷を自らに引き受けるということ。それは解っていたつもりだった。だが自分は自分が掲げる主義の響きに酔って、まだ本当の意味でそれを解ってはいなかった。現実を見ていなかった。

 

 これが『天使』の宿命なのか。このような辛さに堪え続けるということが、『天使』のやるべきことだというのか。これが『天使』であろうとしたことの結果ならば、自分はこれから一生、このような目に遭い続けなければならないのか。

 

 ――イヤだ。そんなのはイヤだ。力が……もしもわたしに、他人も、自分自身も守れる力があったなら……。


 神への祈りにも似た儚い思いを胸の裡で呟きながら、シノが少年たちに両手を掴まれ、どこかへ歩き出した瞬間だった。

 

 背後でドスンと誰かが高い所から飛び降りたような音がして、直後、シノの右を歩いていた茶髪の少年が前へと吹き飛んだ。

 

 少年の後頭部に左膝の一撃を叩き込みながら、まるで獣のような勢いでシノの視界に現れたその少年――否、光り輝く銀髪の少女は、両手両足で着地した直後に、こちらへ背を向けたまま右足をこちらへ振り上げ、目にも止まらぬ早さの後ろ回し蹴りを放つ。

 

 ショートデニムを穿いたその引き締まった足は、シノの前を歩いていたタンクトップの少年の顎を華麗に打ち上げ、少年は顎を空へ向けながらゆっくりと地面へ倒れる。

 

 銀髪の少女はしなやかな長い足を地面へ戻しつつ、まるでただ回れ右をしたように静かにこちらを向く。

 

 まるで妖精のように美しい少女だった。銀色のショートヘアやサファイアのように青い瞳はまるで絵本の世界の人物のように現実離れして美しく、そのうえ体つきはまるで外国の映画女優のようにセクシーかつスリムで、背もスラリと高い。


 これは現実だろうかとポカンとしながら、息一つ切らさぬままこちらを見つめている少女のその青い瞳を見つめていると、


「その子をお放しなさい」

 

 ビルに囲まれた狭い空間に、どこからともなく少女の声が響いた。

 

 その声を合図にしたように、銀髪の少女はまるで役目を終えた執事のように脇へと退く。と、その後ろから、一人の少女がコツ、コツ……とヒールを鳴らして歩いてくる。

 

 どうやら外国人らしい、やや小柄な少女である。

 

 影の中にいてさえ煌びやかに輝く、綺麗に巻かれて胸の前へ垂らされた金髪と、貴族の館からやって来たような白と黒のゴシックワンピースのスカートを揺らしながら、少女は白い日傘の下から冷たい笑みをこちらへ――一人残された少年へ向ける。


 少年は怯えたようにシノの左手首を強く握り締めながら、


「な、なんだオマエら!? 誰だよ!? ああ!?」

「聞こえないの? その手を放してあげなさいと言っているの。それとも、お猿さんだから言葉が解らないのかしら」

「だ、誰が――」

 

 と、少年がシノの腕を放し、握り拳を作りながら金髪の少女へ踏み出した直後、脇へ退いていた銀髪の少女が動いた。低い姿勢を取りながら雷のような速度で少年の前へと潜り込みつつ、右の拳を少年の腹に打ち込み、うっと前屈みになった少年の顔面に向けて左膝を突き上げる。


「…………」


 後ろへ大の字になって倒れた少年を見下ろしながら、シノはあまりにも一瞬の、その上あまりにも容赦のない銀髪の少女の攻撃に唖然とする。

 

 唖然としたまま、突如現れた少女二人を見ていると、たたたと小走りをして、一人の少女が金髪の少女の隣に現れた。先程シノを置いてここから逃げていった、水色のワンピースを着た少女である。少女は、ショートポニーテールの頭を深々と下げる。


「あの、ありがとうございました。わたし……あなたのおかげで助かりました」

「は、はあ……」

「わたくしからもお礼を言わせていただくわ」

 

 と、金髪の少女が日傘を下ろしながらにこりと柔和に微笑する。


「わたくしのクラスメイトを守ってくださって、ありがとう。あなたの勇気ある行動に、わたくしは心の底から感謝いたしますわ」

「い、いえ、こちらこそ……」

「悪かったね。もう少し早く助けてあげればよかったのだけど……あそこまで忍び込むのに、少し時間がかかってしまったんだ」

 

 そう言って、銀髪の少女がシノから見て左手にあるビルのほうを仰ぎ見る。その視線を追うと、二階にある小さな窓が開いていて、どうやら少女はあそこから飛び降りて助けに来てくれたらしかった。


「初めて見る顔だけど……君、もしかして菫山の生徒?」

 

 と、銀髪の少女が不意に尋ねてくる。え? とシノが驚くと、


「いや、なんとなくそう思ったというか……同じ学校の人が襲われているのを見て、それでこんな無茶なことまでして助けようとしてくれたのかなと思ったのだけど……違ったかな」

「いえ、わたしは、えーと……もう少ししたら……」

「『もう少し』? ということは、あなたは転入生ということかしら?」

「はい、まあ……」

 

 なぜこんなことを訊いてくるのだろう、そう訝りながらシノが頷くと、金髪の少女はぱぁっとその顔に明るい笑みを咲かせて、


「まあ……! あなた、いま何年生?」

「一年生ですが……?」

「やっぱり、なんとなくそうだと思ったわ。あなたとは、何か、こう……不思議な縁があるという感じがするのだもの。ねえ、ユキ」

「はい、椿(つばき)様」


 ユキ、椿――互いをそう親しく呼び合いながら微笑み合う、少女たちのそんな温かい笑みを見ていると、恐怖のあまりフリーズしていたシノの頭がようやく再起動を始めた。


「ひょっとして、あなた方も菫山の一年生……なのですか?」

「ええ、そうよ。あ、遅れましたわね。わたくしは宮首(みやくび)椿、こちらはわたくしの友人のユキ・ラモリエール。よろしくね、えーと……」

「希司シノです。こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します……」

「シノ――ね。ふふっ、わたくし、あなたのことがとても気に入ったわ。きっとわたくしたちはいい友人になれるし、あなたは菫山で今よりずっと美しく、強くなれる。このわたくしが保障してさしあげるわ」

「強く……?」

「強くなりんたいだろう? 自分の思う正しいことを行うために、守りたいものを守るために」

 

 と、ユキがタンクトップの少年の傍に転がっていたシノの財布を拾い上げ、シノに手渡す。


「大丈夫。椿様が仰っているんだ。間違いない、君は菫山で原石から宝石に生まれ変わる。そして私たちはお互いを高め合う、よき友になるだろう」

 

 その澄んだ優しい瞳と、好奇心旺盛な子猫のような椿の黒瞳を前に呆然としてから、シノは口元を引き結び、強く頷く。


「はい、よろしくお願いします。わたし……強くなります。守りたいものを守るために、絶対に、強くなります」

 

 この瞬間、目の前で重い扉が開く音を、シノは確かに聞いた気がしたのだった。

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